No.68




今しがた売店で買った雑誌でも読みながら自分のデスクで昼食をとろうと思っていたが、目的地を変えた。

職長2人の並ぶベンチの後ろを通過し、建物に入る。
エレベーター横の自販機でアイスティーとコーヒーを買い、そのままエレベーターに乗る。
最上階で降りてから、階段でさらに上階を目指した。

嫌な記憶を思い出しながら踊り場を通過し、階段を全て登りきった。
扉が思ったより重く、ノブを回した手に力を込めた。
ギィ……と大げさな程大きな音が鳴り、地上より強い風が顔の正面から吹き付けた。
瞬間目を瞑り、吹き付ける風に逆らうように息を吐きながら目を開ける。
扉の音で気づいたのか、屋上の主の様に立っていた彼は柵に腕を掛けたままこちらを振り向いていた。


「……どうした。」


少し意外だ。というような顔で声を掛けてきた彼にほんの少しの笑顔を返す。


「下から見えたから。」

「……ああ。」


聞いたものの大して興味がなかった、と言うように私の答えに生返事で顔の位置を元に戻した。
パウリーが柵に腕を掛けて立っている横に、柵を背にして座った。
パウリーの反対側に手に持っていた紙袋を置くと、その中からさっき買った飲み物を2本出した。


「ん。」


パウリーの視界に入るようにコーヒーを頭上に持ち上げる。


「おう、サンキュ。」


頭上に持ち上げていた手から重さが消えると、脇に置いたパン屋の紙袋を開いた。
隣でカシュ、と封が開けられる音がする。
一人で食べるにはずいぶん沢山パンが入った紙袋から胡桃とチーズが混ざったものを選んで取り出した。
今朝、昼食の他におやつか明日の朝食にでもしようと思い、あれこれ買ってきたのだ。
食べなければ冷凍でもしておけばいい。
そのうち私かルッチが食べるだろう。


「ご飯食べた?」

「食ってねえ。」

「食べないの?ちゃんと食べたほうがいいよ。」


お互い、相手は見ずに会話をする。


「金ねえし。」

「えっ。この前私に奢ったから?」


返ってきた言葉に思わず声の主を見上げる。
私の問いに彼もこちらに目線を寄越した。


「そういうわけじゃねえよ。あー、いつものアレだ。」


最後は面倒くさそうに言い、私の渡したコーヒーをぐいと煽る。
いつものアレは追及せず、まだいくつかパンが入っている紙袋をぐいと持ち上げる。


「パン食べて。朝、パン屋に寄ったら焼き立てだったからつい沢山買っちゃったんだよね。」

「いらねえ。」

「そう仰らず。」

「別に腹へってねえんだよ。」

「消費できない私を助けると思って。」


つれない答えを返す彼にずいずい、と袋を突きつける。
座れ、というように彼のボトムの裾を摘まんで数回軽く引っ張ると、しばらくの無言の後、立っていた体が座り込み私と同じように柵に背をつけた。
紙袋を覗くとあと4つパンが入っていたので、胡坐を掻いた彼の足の上にパンを全部出して乗せる。


「おい、お前の分あんのかよ。」

「ある。」


渡したパンの多さに少し驚いたようで、咎めるように掛けられた問いに手元にあった胡桃パンを持ち上げて見せる。
まだ何か言いたいようだったが、諦めたように膝の上のパンをひとつ袋から出して齧り始めた。


「全部食っちまったぞ。」


私がひとつのパンを食べ終わるよりずいぶん早く4つのパンを食べ終わった彼は開き直ったような声を上げた。
普段の食事量から考えて、まだ物足りないだろうけど、何も食べないよりはマシだろう。


「今更返せとは言わないよ。」


彼の言葉にくつくつと笑いながら答える。
私の答えに口角を上げて少し笑った彼は、一口コーヒーを飲み、コンと音をさせて缶を床に置いた。


「あれから、おっかねえ女に絡まれてねえのか?」

「あー。」


ハハハと乾いた笑い声を上げる。


「まぁ、何事もないよ。」

「そうか。」


苦笑しながら返す私に、少し安堵を滲ませて彼が返す。
その後、お互い無言になり、私はパンを全て食べ終え、アイスティーを一口飲んだ。
パウリーと自分の食べたパンの空き袋を無造作に集めて紙袋に突っ込み、また一口缶に口を付ける。
お互い無言の中、風の音がやけに大きく聞こえた。
パウリーが葉巻を咥える気配がし、カチッカチッと数回ライターの音がしてから、風に白い煙と甘い葉巻の匂いが混じる。
びゅう、と一際大きく風が吹いたときに、ごみの入った紙袋の口を折りながら、小さく呟いてみた。


「一人で風に当たってた理由、言いたかったら言ってみる?聞かれたくないのなら聞いてないから。」


自分でも、言っている事がまるで無茶苦茶な事は自覚していた。
答えが返って来ても来なくても別に良かった。
なんなら、私の声は風の音にかき消されていても良かった。

しかし、ずいぶんの間を置いて、答えなのか独り言なのか判別のつかない呟きが聞こえた。


「今度は、本気……なんだろうな……。」


何が、とは聞かなかった。

誰が、とも聞かなかった。


肩ごしに後ろを振り返り中庭を見下ろすと、ベンチから立ち上がったカクが座ったままのダリアと少しの会話を交わし歩き出すところだった。
ダリアは座ったまま見送った後、空になった弁当箱を手早く手提げ袋に片付け、立ち上がってカクの歩いた方向とは逆に歩き出す。
目線を戻し、軽くなった紙袋を手に持って立ち上がり、パンパンとお尻を払う。


「行くね。」


彼の呟きには返事をしないまま、声を掛けた。
私の言葉にも返事は無い。
彼を見下ろすと、ゴーグルに抑えられている金髪が目に入った。
綺麗な金色に手のひらを乗せる。
ピクリと僅かに彼の頭が動いたが振り払われる事はなかった。
撫でる事はせず、硬い髪から少し体温が伝わってきたところで、手を離して歩き始めた。
重い扉に手を掛け、力を込めて引っ張る。
ギィ……と相変わらず大げさな音を立てて開いた扉に体を滑り込ませた。


「パウリーも早く行ったほうがいいよ。」


扉を閉める前に声を掛ける。

今度は「おう。」と返事が聞こえた。


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