No.06




腕にブルーのラインが入った白いワンピースを着て、肩にタオルを掛けたまま、大きな肉を頬張っていた。
私の向かい側で、クザンも同じものを食べている。

料理が出来る間に、お風呂の用意をしてくれて、女子宿直室の備品から新しい下着やワンピースも借りてくれた。
クザンの部屋はすごい。
執務室だけかと思いきや、大きなバスルームと、大きなベッドが置いてある仮眠室。簡単なキッチンまで付いている。


「クザンて、ここに住んでるの?」

「いや?ちゃんと家がある。」

「そうなんだ。でも、なにもかも揃っててここで生活できちゃう感じだよね。」

「まあな。帰るの面倒なときは泊まることもある。」

「……そっちがメインじゃないんだ。」

「ここに居たら仕事させられるじゃん。だからナツちゃん、引越し先決まるまで好きに使っていいよ。」


クザンの何気ない最後の言葉に、肉を受け入れようとしていた口を開けたまま止まってしまった。
そうだ。
私は、この世界に家がない。
いつまでもここに居るわけにいかない。
どこかに引っ越さなければならないんだ。


「クザン……鳩にはいつ会える?」

「ん?あー……飼い主次第だな。明日連絡とってみる。」

「ん。ありがと。」

「……でも、会っても戻れないと思うがな……。」


気の毒そうに小さな声で呟いたクザンの声は聞かないフリをした。
私が家に帰る一縷の望みは今の所あの白鳩しかないのだ。
できれば、本格的に引越ししてこの世界に住みつく前に、帰れるものなら帰りたい。
急に無くなった食欲さえも誤魔化す様に、わざと大きな口を開け、フォークの肉片を頬張った。

−−

首に冷たいものを感じて目を開けた。
目の前には、青色のベッドシーツ。
頭の上に気配を感じて首を上げると、ベッドのヘッドボードの向こうにクザンが立ち、立てた人差し指をこちらに向けていた。


「おはようさん。ナツちゃん。」

「……なんで私のこと指差してるの……。」

「あ、いや、なんでもない。」

「突付いた?」

「なんだ。分かってるんじゃない。」

「……冷え性ね。クザン。」

「あー、うん。ちょっとばかしな。さあ、もう起きなさい。」


ちょっとっていう冷たさじゃなかった。
まるで氷を当てられたみたいな……。
手の中に氷を隠し持っていたのかな……?
ベッドルームを出て行く大きな後姿を見ながら首を捻った。


「ナツちゃん。土日ならお目当ての人物に会えるみたいよ。」

「マジで。今何曜日?」

「金曜。」

「明日じゃん。どこで会えるの?……熱っっ。」

「近くの島。……どれ、おじさんに貸してみなさい。ふーふーしてあげるから。」

「はあ?いいよ!子供じゃないんだから!!」

「いいからいいから。」


少し熱すぎたコーヒーに、思わず呟くと、クザンにカップを取り上げられてしまった。
ふーふーて……。
この人、私をどれだけ子供扱いする気なのかしら。
少し呆れてクザンを見る。
私の視線はお構いなしに、カップの中身に向け、ふぅふぅと唇を突き出し息を吹きかけている。
「はい。」と2・3回息を吹きかけられたカップを返された。


「ねえ……私、もう、24なんだけど。」

「あ、そうなの?若く見えるね。」

「ふーふーて……20年ぶりくらいじゃないかしら……。」


大体2・3回息を吹きかけただけじゃ、そんなに冷めないでしょうに……。
今度はゆっくりカップに口を付け少しだけ口に含んだ。
そして、また素早くカップから顔を離し、顔をしかめてカップの中身を見つめる。


「ん?まだ熱かったか……?」

「クザン……なんでアイスコーヒーになってるの?」

「あららら……やりすぎたか。ごめん、もう一回淹れるよ。」


クザンは立ち上がり、電気ケトルのスイッチをパチンと入れた。


「いや、そうじゃなくてさ。さっきまで熱々だったんだよ?」

「うん。だって、俺、氷結人間だから。」

「……は?」


顔をしかめたまま首を捻ると、クザンは目の前の電気ケトルから上がっている蒸気に息を吹きかけた。
シュンシュンと白く上っていた蒸気が、キラキラと輝きだしミニキッチンのカウンターに舞い落ちる。


「……雪?」

「氷。」


……なにこれ、マジック?
目の前で起きた出来事が信じられずこめかみを押さえた。


「世の中には不思議なことが沢山あるのよ。ナツちゃんがこの世界に来たのと同じようにね。」


コポコポとドリッパーにお湯を注ぎながらクザンが話す。


「この世界には悪魔の実ってのがあってな。それを食うと海に嫌われる代わりに特殊な能力を得ることができる。」

「……悪魔の実……?」

「俺が食ったのはヒエヒエの実。さっきのはその能力だ。」


キテレツなのは人間だけじゃないらしい。
私の常識が通用しない、まるでここは不思議の国。


「ナツちゃんがこの世界で生活するには、しばらくここの社会を勉強してもらわなきゃだな。」


……帰れなかったらね。私はまだ希望は捨ててないんだから。
口には出さずに、クザンから、温かいコーヒーカップを受け取った。


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