No.71




もう、二度と、誰かを交えてルッチと飲みになんか行くもんか。

二人きりなら、何てこと無いのに、やっぱり私はアホなんだなぁ。
特にアルコールが入ると、余計な事をポロッと言ってしまう。
上手い事立ち回れれば良いんだけど、顔に出てしまうのが特にいけない。
一人反省会を開催しながら、ルッチと共に、アパートメントのエレベーターに乗る。
こんな時、同じ場所に帰らなきゃいけないってのもキツイ。

チラ、と入り口横の壁に寄りかかるルッチに視線を送る。
ほんの少しチラ見しただけなのに、彼もこちらを横目で見て視線がぶつかる。
ああ。気まずい事この上ない。


「ずいぶんと、仲良しのご様子じゃないか?」


冷たい瞳は変わらず、口角を片方だけ吊り上げてルッチが口を開いた。
彼の言葉には答えずに視線を逸らす。


「俺が、お前の保護者の知り合いだって?」


エレベーターが目的の階に着き、壁際の彼を通り過ぎて先にエレベーターを降りる。


「お前が一番親しくしているのはカリファだと思っていたが、どうやら思い違いをしていたようだ。」


彼の足音と言葉が背後から私を追いかける。
構わず、玄関前にたどり着き、鍵を取り出しロックを解除した。


「次に奴に話して聞かせる事柄はなんだ?」


玄関の扉を開ける。


「ここに来る前にいた場所はエニエスロビーだって事か?」


玄関横のライトのスイッチをパチパチと押す。


「それとも保護者が大将、青キジという事か?」


ジャケットを脱ぎながら明かりの点いた廊下を歩き、リビングへ向かう。


「いや、違うな。青キジに拾われた場所が、無人島だったって事……いや……。」


ソファーの上に、バッグを置き、後ろを振り向いた。
ルッチが優雅な手つきで頭上からシルクハットを外し、それを胸元に当てた。


「ああ、そうか。」


そして、帽子を持っていない方の手の平で私を示し、笑顔で少し首を傾げ私を見つめる。


「お前がニホン人だという事だな。」


−バサッ

私が投げたジャケットが彼のお腹の辺りに当たって彼の足元に落ちた。
わざとらしい笑顔を湛えていた彼の顔がヒュッといつもの無表情に変わる。


「いい加減にして下さい。私がそんな事言わないと分かってて何故そこまで絡むんですか?」


手に持ったシルクハットをソファに投げ、足元の私のジャケットを無造作に足で蹴り避けた彼は、つかつかと私の目の前までやってきた。
そして、両手で私の肩を掴み、無表情の顔を近づける。


「お前が、自覚がないからだ。自分が、そして任務に来ているメンバーがどれだけの特殊な状況に置かれているか分かっていないだろ。」

「……分かって、ます。」

「いや、お前は分かっていない。この口が俺たちの今までの3年近くの仕事を無にする可能性だってあるんだ。」


言いながら、片手で私の両頬を強く握る。
痛みで顔を振り、彼の手から逃れようとするが、私の少しの抵抗など意味を成さず、頬に食い込む指に力が入る。
痛みによる生理的な涙が目から落ちる。
それを見て、ルッチがようやく私の頬から手を離し、その手で私の目尻を拭った。


「ルッチ、さん。」


押された頬が、口の中で歯に当たったようで、口の中に鉄の匂いがした。
私が彼の名を呼ぶと、肩を強く掴んでいた手も離され、彼と私の間に僅かにスペースが生まれた。
少し安心して、彼の胸の辺りを見つめて言葉を続ける。


「ごめんなさい。確かに私に認識の甘さがあった事は否定できません。これからは今まで以上に話す内容に気をつけますし……、」


視線をあげ、彼の目を見る。


「やっぱり、近々、引っ越します。」


−ガンッ!!

肩と背中に強い痛みが走り、自分に何が起こっているのかすぐには理解できなかった。
いつの間にか、自分が壁を背にして立っていて、私の顔を挟むように壁に腕をついたルッチに閉じ込められていた。
そこでようやく、目の前の恐ろしい表情の彼に、壁に押し付けられたのだと理解する。
不安な気持ちを抱いたまま、彼を見上げていると、私を見下ろしていた彼の顔と肩から腕に掛けてブワリと一瞬豹柄が浮かぶ。


「そんな事、俺が許すと思っているのか。」


地を這うような低い声を紡いだ彼に、ここでやっと恐怖を抱いた。


「だいたい、お前がパウリーなんか……と……」


は……?何でそこでパウリーが出てくるの?
言葉が止まり、顔を覗き込むと、険しい顔をしていた彼の顔が少し緩み、瞳に動揺が浮かんでいる。
私の恐怖も少し和らぐ。

???

わけが分からず、そのまま彼の顔を見つめていると、私と視線を合わせた彼は再び眉を顰め、片手をまだ鈍く痛む私の右頬に当てた。
そして、私の肩口に形の良い額を乗せ、長い溜息を吐く。
私の鼻腔をアルコールの匂いが掠った。

なるほど、酔っていらっしゃる訳ですね。
そう認識した瞬間、彼に感じていた恐怖メーターはゼロに下がる。
彼の背中に腕をのばして、宥めるようにポンポンと優しく叩く。
彼は今日、ビール何杯飲んだっけ?
そういえば数え切れないほどだ、と考えながら私の肩から顔を上げた彼の顔を覗き込む。


「まぁ、とにかく座ってください。今、酔い覚ましにお茶でもお淹れしますので。」


毒気が抜かれたように、素直にソファへ向かう彼の背中を確認し、放り投げられていたシルクハットを手に取る。
玄関脇のフックにそれを掛け、腕を捲くりながらお湯を沸かしにキッチンへ向かった。


[*prev] [next#]

ALICE+