No.74-side:CP9
「カリファ、今日残業ある?」
「え?……っと、今日は無いと思うわ。」
急に目の前に現れた友人に少々面喰らいながらも、素早く社長のスケジュールを思い出し返す。
私の返事に、彼女はホッとしたような表情を見せた。
「じゃあ、今日ご飯食べて帰ろ。ってか明日休みだし、今日カリファん家泊めて!」
と、早口で言い、またすぐに姿を消した。
「えっ!え、ナツ?!ちょっと!」
あわてて、彼女が曲がった廊下の角まで走るが、既に彼女は事務室へ向かうエレベーターに乗った後だった。
「どうしたって、言うのよ。」
……まさか。
呟いてから、ピン。と思いついた最悪の理由。
あの男、ついに手を出したか。
これだけは無いと思いたいけど、思いついてしまったら、他に理由がみつからない。
ああ、だから言わんこっちゃない。
あの男、どうやって痛い目に合わせてやろう。
私の友人を傷つけてただで済むと思ってもらっては困る。
事と場合によってはどんな手を使っても、CPに居られなくしてやってもいい。
ただ、ガレーラではまだしも、政府内ではあいつのほうが私より力が上なのが癪だ。
いや、とりあえず目の前の彼女をあいつから遠ざけるのが先決だ。
社長のものとは分けてある自分のスケジュール帳に“ウォーターセブン不動産”と素早く書き入れた。
−−
「ごはん、どうする?」
待ち合わせた玄関受付前で、私の顔を見たナツが問いかける。
それに笑顔を返しながら、少し考えて返す。
「そうねえ。いつもブルーノの店じゃなんだし、他の店に行ってみる?」
「そうだね。」
「じゃあ、ワインの飲めるバールにしない?」
「いいね。」
私の提案にナツがすぐさま同意し、馴染みにしているもう一軒の酒場へ向かった。
扉を押すと、カランカランとドアベルが高い音を立て私たちの来店を知らせる。
店内へ足を踏み入れると「いらっしゃい」と店主の声が掛かり、店内の客の目が一瞬こちらへ向いてすぐ離れる。
店の中は仕事帰りに一杯飲みに来た人たちで既に粗方埋まっていた。
店内ををぐるりと見渡し、かろうじて空いていた席へ向かう。
テーブルの上のメニューや壁に掛けられた黒板を眺め、シェア出来る幾つかの料理を思い描く。
「うーん……マッシュルームとタコのアヒージョ……かな。」
「いいわね。あ、ニンジンのサラダとチョリソ。」
「うんうん、あと生ハムとチーズは欲しい。」
「あ、私はレバーパテ。豆の煮込みはどうする?」
空腹に抗うことなく欲望のままに、次々と料理が決まっていく。
ナツがワインのメニューを開き、そろそろオーダーを掛けようかという雰囲気になる。
「レバーパテじゃなくて、生ハムを頼むならパンコントマテにしたらどうだっポー?」
急に割り込んできた声に驚き、顔を向けた。
ナツも勢いよく声の主を振り返り、テーブルの上にドリンクメニューがパタンと音を立てて落ちた。
よく見ると隣のテーブルの何人かは我が社の船大工達で、最も近い席にこれから話題にしようと考えていた人物が座っていたらしい。
「いいじゃないですか。レバーパテ。」
私が言い返すよりも先に口を開いたのはナツだった。
「ポッポー。お前、レバー食えないだろう。」
「いいんです。カリファが食べたいんだから、頼んだっていいでしょ。」
「フン、ルッチが親切に言ってやったってのに、まあ、好きにすれば良いっポー。」
「大体、こっちは女2人で楽しく飲もうとしているんだから割り込んでこないでください。」
「そうよ、ルッチ、セクハラよ。」
椅子を僅かに寄せ、体を曲げて此方を向いていた男を二人で睨み付けると、彼はフンと鼻を鳴らし、大工達の群れに戻っていく。
驚いた。まさかあいつが居るとは。店の選択を誤ったようだ。
これでは家に着くまで彼女に一番聞きたいことを聞けないではないか。
小さくため息を吐き、なんだかレバーパテもパンコントマテも頼む気が失せた私たちは、もういっそがっつり行こうと、改めてメニューを開き、パエリアを選び始めた。
あちあちと言いながらタコを食べる彼女を前に、ワインを口にしながら横目で隣のテーブルに座る黒いシルクハットの後姿を見る。
「カリファ、ほら、早く食べないとコレ冷めるよ。」
「ああ、うん。」
生返事で料理に手を伸ばさない私に気づき、ナツがバゲットにアヒージョのオイルを浸す手を止めた。
私の目線を追い、その先の人物を視界に入れた彼女は、手に持ったバゲットを自分の皿に置き、苦笑を浮かべながら指についたオイルを舐める。
それをナフキンで拭い、ワイングラスを持ちながらぽつりと呟く。
「カリファが、思っているような事は、無いよ。」
「私が何を思っているかわかるの?」
「んー……セクハラな事?」
「……。」
彼女はグラスを唇につけながら、目線を宙に彷徨わせ少々考えるそぶりを見せてから答えた。
それに対して、彼女の答えを否定も肯定もしない。
ナツは食事の手を止めてしまって、所在なさそうにワイングラスを揺らしてみたり香りを嗅いだりしていた。
ああ、私が食べる手を止めてしまったのか。
「まあ、いいわ。奴のことは。ほら、冷めちゃうんでしょ。早く食べましょ。」
「うん!」
ぐつぐつと泡立っていたのがすっかり静かになったオイルから大きなマッシュルームを救いだす。
それに安心したように笑った彼女は皿のバゲットを口に放り込んでから勢いよくワイングラスを煽った。
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