No.78
「……あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
ひどい胸焼けだ。
異常に喉が渇いている。
声を出したら、尚更喉の奥がチリチリと焼け付く感じがした。
自分の体がこんな事態になったのは何故か、ぼんやりした頭で一生懸命考えてみる。
えっと、カリファと飲みに行って……お店の隣の席にルッチさんが居た事にびっくりして、
でも、なんかちょっと嬉しくて?嬉しいと思った自分に動揺して……、
ご飯が美味しくて……ワインを……えっと、何杯飲んだ……?
その後……その後……、
……記憶が……えっと?
でも、ここは、多分カリファの家で……間違いないんだよね?
いかにもカリファらしい女性的な白い部屋の天井をしばらくぼんやりと見つめる。
今、何時なんだろう。
僅かに顔を動かして目だけで部屋の中を見渡すが、目に付くところに時計を見つけることはできなかった。
今日は、休みなので会社の心配はないが、今が起きるのに相応しい時間なのかが少し気になっていた。
むくり、と半身起こすと、ぐわんと脳みそを揺らされたような衝撃が襲う。
頭の天辺に鉛でも仕込まれたかのように重い頭は、ズキンズキンとリズミカルに痛む。
体中、最悪だが、とにかく水が飲みたい。
ひやりとする床に足を下ろし、グラグラする頭を揺らさないように歩く。
扉を開けると、そこはやはり見慣れたカリファの家で、キッチンの方で人が動く気配がした。
丁度いい。お水を貰ってこよう。
キッチンを覗くと、白いガウンを着たままのカリファが包丁を使っている所だった。
「カリファ。」
「あら、ナツ。おはよう。起きて大丈夫?」
「……うん。昨日は……飲みすぎちゃって、ごめん。迷惑かけたよね……。」
「いいのよ。あ、お水飲む?」
「うん、ごめん、頂戴。」
カリファが野菜を切っていた手を止め、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出し、グラスへ注いでくれた。
受け取って飲むと、ムカムカしていた食道と胃が少しスッキリとする。
アルコールで体が軽く脱水症状になっていたのだろう、水分を流し込んだだけで幾分か体調もマシになった気がした。
お礼を言ってグラスを返し、リビングへ向かう。
リビングの時計に目をやると、丁度9時くらいで、早い時間ではないが思ったより遅いわけではなかったことに少し安心した。
カリファにテレビでもラジオでも好きにしてて良いと言われたが、音の出る機械を動かす気にもなれずソファへ座る。
レトロなアンテナを天辺に乗せた丸いブラウン管のテレビをみて、この世界へ来てからテレビを見る習慣がなくなっていた事に気づいた。
かなり大きい家具調のラジオやアナログなレコードを聴く用の蓄音機はあるから、ルッチはおそらくインテリアに合わないという理由でテレビを置かないのだろうが、私の部屋に置くなら問題ないだろう。
私の部屋にアンテナは通っているのだろうか?カリファみたいにテレビに直接アンテナ乗せればいいのかな。
テレビ、欲しいかもしれない。
部屋のインテリアに合わせた、パールホワイトの可愛いテレビを見ながら色々思案する。
カチャカチャと食器の触れ合う音に部屋の入り口へ目を向けると、すぐにカリファがトレイを持って部屋に入ってきた。
「スープ食べれる?無理なら野菜ジュースとかオレンジとかもあるんだけど。」
「食べるー。温かいスープ嬉しい。」
「よかった。」
カリファが私の答えを聞いて笑顔を浮かべる。
彼女の作ってくれたスープはチキンと野菜ときのこのシンプルなスープで、優しい味が荒れた胃に染み渡るようだった。
「おいしい。」
呟くと、同じようにスープマグをスプーンでかき回していたカリファが笑顔を返してくれた。
シルクのホームウエアの上に白いジャガードのガウンを羽織り、簡単に髪をまとめただけのスッピンのカリファは、いつも纏わせているピリっとした空気が一切なく、その抜けた雰囲気はどこか心地よかった。
「なんか、カリファと居ると和むわ。」
「そう?私もナツといるとそんな感じ。」
思わず口をついて出た言葉に、彼女がうふふと笑いながら答える。
私の何気ない言葉が嬉しかったのかにこにこと笑う彼女にこちらも思わず笑みが零れる。
「わたし、カリファに相談したい事があった気がするんだけど、何言ったらいいかわかんなくなっちゃった。」
少しおどけながら言うと「わかってる。」とカリファが数度頷いた。
「気の済むまで居ていいからね。」
「……ん?」
にこにこと続いた言葉に、何の話か分からず混乱する。
思わず聞き返すと、ほんの少しカリファの顔が引き締まる。
「喧嘩したんでしょう?ルッチと。ルッチは喧嘩って言っていたけど、あなたにはそうじゃなかったんじゃない?」
「……ルッチさんがそう言ってたの?」
「やっぱり、昨日の話聞こえてなかったのね。」
カリファの質問を質問で返すと、彼女の眉が困ったように下がり口元に苦笑が浮かべられた。
やっぱりって、私はそんなにひどい泥酔振りだったのだろうか。
それに、昨日の話というのは……一体なんの話をしたのだろう……。
喧嘩というのは、私が怒られたアレの事だろうか。
「あのね、恥ずかしくて言い難いんだけど、私、昨日の結構早い段階までの記憶しかないのよ……。ルッチさんと、何の話をしたの?」
「……別に?」
恐る恐る聞くと、カリファは表情を変えることなく肩を竦める。
「ルッチが大したことない話が原因であなたと口喧嘩をした。って言ってただけよ。
……でも、あなたがあの男と喧嘩なんてするはずないじゃない?ジャブラじゃあるまいし。どうせ、向こうが一方的にあなたを追い詰めたんだろうな。って思って。」
「あー……。」
すごいな。カリファは。
お見通しな友人にすっかり感服して言葉も出ない。
「何にせよ、私を頼ってくれて嬉しいわ。すぐに不動産屋から物件情報を集めるし、落ち着くまではさっきの客間も好きに使って頂戴。」
「え、カリファ。」
「あ、あいつに会いたくなければ会わずに荷物を運び出す方法を考えましょう。とりあえず、まずはブルーノに……、」
「カリファ、私あの家出るつもりないよ?」
「え?」
今度はカリファが私の言葉に驚く番で、一瞬にして顔色を曇らせる。
先程と変わらずスッピンでいつもより幼いカリファの顔なのにに、それだけでまるで仕事中の彼女のような緊張感が走る。
なんだか申し訳なくなってくる。
既に飲み干してしまったスープマグを両手で覆って俯く。
「ごめん。ルッチさんの部屋、出るつもり……ない。」
「嫌じゃ、ないの?」
彼女は最初から私が彼の部屋に住むという事に反対だった。
それは、100%私を心配してくれてのことなのだ。
私の呟きに返ってきた言葉も、やっぱり心配した色を含んでいた。
「嫌では、ない。かな。」
嫌ではない。……でも。
「……もしかして…………好き、とか?」
すごく言いづらそうに、たっぷりの時間をかけて恐る恐る聞かれた質問を頭の中で繰り返す。
もしかして、好き?誰が?私が?誰を?ルッチを?
「…………わかんない。」
言いながら、まるで中学生のようだ。と自分が情けなくなる。
自分の気持ちもわからない。お酒で頭も痛いし胃も重い。友人に心配や迷惑ばかりかけて、なんて私はバカなんだろう。
二日酔いも手伝って、どんどん自己嫌悪に陥ってきた。
「ナツ。」
呼ばれ、見なくてもわかる、ひどく情けない顔をカリファへ向ける。
「わかんないって事は、あの男に好きだと思う部分があるの?」
そうか。カリファは、ルッチが好きじゃないんだった。
「自分でもわからない。今までの恋愛と違いすぎて……。皮肉屋で、いつも無表情だし、家の外での腹話術は今でも笑っちゃいそうになるし。
本人からは聞いたことないけど、長官はルッチさんがCP9至上最強だっていうし、怒らせたら殺されるかもなって思うし、怒らせたらどうしようとも思うし……。」
「なら!!」
「……それでも、人が言う程、彼は冷酷じゃないと思う。優しいと思う時もある。無表情でも機嫌がいい時がちゃんと分かるの。あと……彼が傍にいると、落ち着く。と、思う。」
「落ち着く?!ルッチで?!!」
カリファの驚愕したような大きな声で、急に自分の感情への自信が萎み、泣きたくなってきた。
やっぱり、変かな。
「たぶん……昨日も、嬉しかった?……のかな、私。」
「……何が?」
声が張れないのは、自信のなさの表れだ。
「………………ルッチさんが、お店に居たのが。」
目の前のカリファが、口を開けたままフリーズした。
数分呆然とした視線に耐えていると、ようやく動き出したカリファが止めていた息を吐ききるように言った。
「あなた……それって。……ていうか、本当に分からないの?」
私より、数段大人びた年下の女性は、流石に呆れたような表情を見せた。
その後、さっさと空になったスープマグを片付けてしまい、彼女には分かっているらしい事を教えてくれることはなかった。
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