No.83




「え?裏町?」


外に出ると、迷いなく北へ向かって歩きはじめたルッチに何処へ行くのかと問えば、そのような答えが返ってきた。

裏町と言えば、この島に来た時にルッチだけでなく、カリファやカクやダリアやパウリーにまでも、近づいてはいけないと教えられた場所だ。

なんでも、比較的治安の良いウォーターセブンの中でも唯一治安が良くない場所だという。
裏町では子供に対しても油断できないらしく、10歳にして300回以上は補導されているマイケルとホイケルという有名なワルガキが居て、
うっかり裏町に入り込んだ弱そうな人間は片っ端から彼らにカツアゲされているらしい。
お前のようなやつは格好のカモだとも付け加えられた。

そんな話を聞いていたから、私は裏町には足を踏み入れたことは無い。
情報誌に「発見!裏町グルメ!」などという特集が組まれていても他の島の話題位に読み飛ばしていた。


「裏町って、危ない場所なんじゃ……。」

「俺をなんだと思っているんだっポー。」

「ルッチさんて裏町でも有名なんですか?」

「……。」


何だと思っているかって、そりゃCP9でガレーラの職長さんだ。
その情報を持っている私はもちろん彼が強いことを知っているけれど、情報を持たない人が一見細身の彼を見て襲ってこないとも限らないじゃないか。
そんな事を思って、彼の知名度を改めて問えば、呆れたような視線が返ってきただけだった。

……まあ、いいか。数千道力ある人が付いていたら仮にカツアゲはされても危ない目には遭わないだろう。
最初に言われたボディガードっていうのもあながち冗談ではないかもしれない。
あきらめて、あまり彼から離れないように歩いて行くと、そのうちに日当たりのあまり良くない路地に入っていく。

ここが裏町か、と少し身構えていると、ルッチは黒い石畳の細い路地に曲がり、古い小さなお店の前で立ち止まった。
ドアの小窓から中を覗くと、その店は古い家具や額縁が所狭しと乱雑に置かれていて、骨董の人形や彫刻が異様な雰囲気を醸し出していた。


「クルッポー。じいさん、居たか。」


暗い路地の中にあるのに電気も付けていないその店に躊躇なく入って行ったルッチは、闇のように見える店の奥に向かって声を掛けた。
店のドアの鍵は開いていたものの、開店中とは思えない様子に少し不安になる。
しかし、ルッチの呼びかけが届いたのか奥からゴソリゴソリと誰かがこちらにゆっくり移動してくる気配がした。


「……ああ、お前さんか。」


煤汚れた作業服を纏った高齢の男性が、暗い中から姿を現した。
店主らしきその姿が確認できると、ルッチが店内をぐるりと見渡す。


「あまり高さが無いキャビネットを探しているっポー。」

「なんだい。まだ家具を増やすのか。……そこの壁際に並んでるから勝手に見ろ。」


面倒そうに店内の一角を指し示した店主は、そこらへんにあった売り物と思われるアンティークの椅子にどさりと座った。
ルッチは指し示された方へ歩み寄り、見るからに重そうな大きなソファーを軽々と押しのけて、その奥へと入っていく。
彼の入って行った所はかなり狭そうなので、付いて行かずに入口の近くに立ったまま待っていた。
椅子に座った店主が物珍しそうに私をじろじろと眺めているのが分かったので、微笑み返した方が良いか思い口角を引き上げてみたが、苦笑いになった。


「お前さんは……。」


静かな声で店主が私に声を掛けた。


「あの、ガレーラの大工のこれかい。」


節くれ立ってあまり真っ直ぐに伸びない小指を見せられ、苦笑が深くなる。


「いいえ、残念ながら。」

「くっく、そうかい。」


私が緩く首を振ると、店主は短く肩を揺らした。
そして、ニヤリと笑って私を見上げる。


「しかし脈はありそうじゃないか。あいつが女を連れて歩くなんて珍しい。」

「さぁ。どうでしょうか。」


やっぱり、そうかな?そうかな?そう思う?
相手が見知らぬお爺さんではなく女友達だったら、テンション高く食って掛かっていただろう。
しかし初対面の古家具屋の店主を前に、浮き立つ心を押さえて静かに微笑んだ。


「クルッポー。何をしている、お前もこっちで見ろ。」


ごたごたと乱雑に置かれた家具の奥でルッチの声が聞こえた。
椅子に座った店主が、ニヤリと笑みを深くし「早く行け」と言うように、シッシと手を払った。


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