No.85
「へ?テレビですか?」
「そうだっポー。」
「えっと、あるにはありますけど、うちではあんまり出る商品じゃないので……。」
声を掛けた店員に連れて行かれたのは、沢山のオーディオ機器が並ぶ売り場の一番奥。
ブラウン管が2台、薄型が3台しか置いていない、かなり小さな売り場だった。
品揃え……わる……。
こんなに少なくては比較のしようもないし、選びようがない。
他の店もあたった方が良い、とルッチを見上げる。
「クルッポー。このテレビをくれ。」
「ええ!即決?!いいんですか?これ31万ベリーもしますよ!」
「他の店を見ても品揃えは同じかこれ以下だっポー。」
「……そうなんですか?」
ルッチが選んだのはその場で一番高価なテレビ。
彼の即決に店員も驚いていた。
「こちらで……良いんですよね?」と3回位確認され、更に不安が煽られる。
「良いんですか?ルッチさん!」
思わず彼に詰め寄ると、呆れたような不機嫌そうな何とも言えない表情をされた。
彼は私に言葉を返すことなく、店員を向く。
「それで構わないっポー。」
「では、お会計をあちらで。あ、受信用映像電伝虫はお持ちですか?」
「ポッポー。集合住宅用の電伝虫で受信できるっポー。」
「そうですか。そこから電波ですか。ケーブルですか。」
「ケーブルだっポー。壁にコンセントが付いている。」
「わかりました。では専用アダプタを付けておきます。」
家具屋同様、私抜きでどんどん売買契約が進んでいく。
ルッチが支払いを済ませ、あまり大きくないからと配達を断った彼がテレビの箱を受け取ると、電気屋の店員がホゥ……と小さく溜息を吐く。
「いいですねえ。流石ガレーラの職長さんだ。私みたいに電気屋で働いていてもテレビはなかなか手が出ませんよ。」
嫌味なく、素直に羨ましいと言った風に呟かれた店員の言葉に少なからず驚く。
この世界ではテレビは贅沢品だったのか。
日本では当たり前のように家にテレビがあったし、カリファの家にもあったからこれが普通だと思っていたが、もしかしたら非常識な高級品を欲しがったんじゃないだろうか、私。
帰り道、嵩張る段ボール箱を、さして重そうでもなく片手で軽々持って運ぶ彼に声をかけた。
「ルッチさん。……ごめんなさい。そんな高価なものとは知らなくて。やっぱり私に半分ださせてください。」
私が気まぐれに言い出したばっかりに……と申し訳なく心苦しく思っていると、彼がちらりと目線を寄越す。
「お前が言い出さなくてもそのうち買っていた。」
口は動かないが、いつもの腹話術でない声に驚き、彼を見上げる。
「それに、本当にお前は俺を何だと思っているんだ、バカヤロウ。俺は一般社員並の給料しか貰っていないお前とは違って、職長クラスの給料と加えて政府からCP9としての給料も貰っている。金に困っていない。」
そ、そうか。考えてみれば……。
カリファの家も一人で住むには豪華で、秘書というのはそんなにお給料が良いのかと思っていたが、政府からの給料もあるんだ。そりゃ羽振りも良いはずだ。
いやしかし、それとこれとは話が別だ。
再度同じ事を言うために彼に向かって口を開きかける。
「クルッポー。それより腹が減った。朝食が遅かったからすっかり昼飯を食い逃したっポー。」
ルッチが、私に先を言わせないように、腹話術の声に戻って話をする。
お金の話はこれで終わり、という事か。
諦めて、小さく息を吐いてから笑って彼を見上げる。
「じゃあ、今日の夕食は少し早めにしましょう。今日はわたし、作りますよ。」
「お前が?食えるものを作れるのか?ポッポー?」
胡散臭そうな顔で見下ろす彼に、まかせてください!と胸を張る。
「簡単なものならそれなりに。日本での一人暮らし舐めないでください。」
どうだか、と言うようにハットリが肩を竦める。
そうと決まればメニューを考えなくては。
几帳面な彼のことだ。肉野菜はそれなりに揃っているだろう。
なにか街中に献立のヒントになるものはないか。
隣を歩く彼に置いていかれないように気をつけながらキョロキョロと街中を見渡す。
ふと、一件の店が目に入る。
一瞬で目を逸らしたが、その一瞬の間に目に入ったものに驚き、再度視線を戻し、眼を凝らす。
……あれは……。
「ル……ルッチさん。」
思わず立ち止まってしまった私に気付いた彼は、少し先に行ったところで立ち止まった。
「あの店、なんですか?」
「あの店?……何って、見ての通りスーパーだっポー。」
「嘘。」
店から目線を逸らさず話す私に怪訝そうな顔をして、彼がこちらに近づく。
「クルッポー。嘘ってなんだ。エスニック系のスーパーだっポー。」
「エスニック?」
「ポッポー、ワノクニとかアラバスタとか。」
「倭の国?!」
倭の国ってつまり日本じゃないか!
この世界にそんな国があるのか!
「お前、一体どうしたんだっポー?」
「ルッチさん!私、あの店で買い物して帰ります!!」
訳が分からないといった顔をしている彼の目を真っ直ぐ見つめ、強く宣言する。
私の勢いに押されるように、1歩引いた彼の肩でハットリがおずおずと頷く。
「まあ、それは構わないっポー。じゃあ、俺は先に帰る。」
「はい!じゃあ、また後で!夕飯楽しみにしててください!」
ルッチは首を捻ってから家へ向かって歩きだし、私はスーパーの中へ走って向かった。
−−
あるんじゃないか、あるんじゃないか!米が!味噌が!醤油が!!
ルッチは基本イタリアンしか作らないし、エニエスロビーでもマリンフォードでも和食なんか食べた事がなかった。
海軍の背中の「正義」やジャブラの「狼」、職長さん達のタトゥーの「船」などマーク的なもの以外漢字や日本語を見たことなかったから、当然食生活も含め生活スタイル全般外国っぽいものばかりなんだと思っていた。
そういうものと思って諦めていたから、今までなんとも思わなかったが、やっぱり食べれるなら和食は食べたいものなのだ。
醤油、味噌を真っ先にカゴに入れ、歓喜する。
酒、味醂を見つけ、狂喜する。
3kgの小さい米袋を左手に抱え、調味料ですっかり重くなったカゴを右手にぶら下げる。
梅干や海苔を見つけた時には上り詰めた興奮を吐き出す事も出来ずに、若干頭がクラクラした。
乾物の売り場で、失神しないように深呼吸を繰り返していると、右手が急に軽くなる。
右側の重石を失くし、ぐらりと左に重心が傾くと、すぐに肩を支えられた。
「あ、ありがとうございます。」
なんとか転ぶのを持ちこたえ、御礼を言ってカゴを取り上げた人物を見ると、帰ったはずのルッチがカゴの中身を一つ一つ手に取り眺めていた。
居ないはずの彼の存在に素直に驚く。
「ルッチさん、どうしたんですか?」
「こんな事だろうと思って荷物を置いて戻って来たんだっポー。」
「え?こんなに早く?」
「クルッポー、剃を使えばこんなものだ。」
なるほど。それなら、確かに早いはずだ。
しかし彼は、荷物を持ちに戻ってくれたのだろうか。
心配してくれたのかな。
なんだか凄く嬉しい。
「お前にこんな調味料が使えるのかっポー?」
味醂をマジマジと見つめながら、ルッチが口を開く。
「はい、だって和食ですもん。」
「ワ食?」
私の言葉を繰り返し、首を傾げる彼に大きく頷く。
そして、手に取った鰹節と干し椎茸のパックを彼が持つカゴに笑顔でドサリと入れた。
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