No.86-side:LUCCI




家に帰ると玄関扉の前に、キャビネットがポツンと置かれていた。


流石に手で持って帰るわけにも行かなかったから配達を頼んだのだが、あの爺さんに俺たちが帰る時間に合わせて持ってくる気遣いなど出来るわけなく、まあ、想定内の事だ。

それなのに、この女はそれを見て驚きやたらと憤っていて、聞けばニホンではありえないことなのだそうだ。
配達時在宅でなかったら必ず配達員は荷物を持ち帰り、再配達する旨の不在票というものが郵便ポストに入っているものらしい。
小さな小包ならまだしも、こんなむき出しのキャビネット誰も盗っていくとは思えないのだが。
とにかく非常識だと怒る女とキャビネットをを家の中に入れ、彼女を食材と一緒にキッチンへ押し込んでから、玄関先でキャビネットを綺麗に磨きリビングに運び入れた。


「ルッチさん、お醤油とか味醂とか乾物とか、何処に置いておけばいいですか。」


カウンター越しにキッチンに居るナツから声が掛かる。
それを聞いてテレビの段ボールを開封する手を止め、キッチンへ向かう。
壁際のカップボードの下の扉をいくつか開けた。
そのうち空いていたスペースを残し、他を閉める。


「ここが空いているから入れておけ。それは俺は使わない。お前がちゃんと賞味期限内に使え。」


使い方を覚える気もない。釘を差すように言えばこいつは機嫌が良さそうな顔のまま頷いた。


「分かってます。じゃあ、月2くらいで和食を作りますね。」

「月2……。」


毎日朝晩と作っている俺にしてみたら、せめて週1くらいで作ってくれてもいいんじゃないかと思うのだが、ここで月2と言うあたりがこいつらしい。
少し可笑しくなって、薄く笑う。


「まあ、期待している。」

「えっ!はい!」


俺の言葉に少し驚き、そして嬉しそうな顔をする。
袖を捲って水道を捻り、手を洗い出した彼女の後姿を見て、キッチンを後にした。


リビングに戻り、段ボール箱から周囲を発砲スチロールで囲まれたテレビを取り出す。
囲っている発泡スチロールを取り除き、更に本体に掛かっているビニル袋を破る。
黒い縁の薄型の家電が姿を現した。

……全く、なんでこんな物が欲しいんだか。
正直部屋には似つかわしくない物だ。
俺の影を映す艶々とした黒い画面を前に、小さく溜息を吐く。

それでも、あいつがカリファが持っていて羨ましいと呟いたのを聞いて買ってやりたいと思った。

どこかの古道具屋で中古の家具調テレビを見かけたことがあったな、と思い出せば、ナツがそれならいっそ家具の中にテレビを入れ込めばいいと言う。
家電にしてみれば要領の悪い置き方なのだろうが、目を輝かせて話すこいつの顔を見たら、言うとおりにしてみようと思った。
紙にイメージ図を描けば、身を乗り出して覗き込む。

俺の顔のすぐ下に飛び出してきた頭は、カリファの家のシャンプーだろうが、いつもの物よりも甘い匂いがした。
その距離で目線が合えば、胸が高鳴る。
耳の下で髪を一つに纏めているゴムを抜き取れば、はらりと舞った髪から甘い香りが立ち上り、頭の芯がクラリとした。


部品を全て取り出し、説明書を開いて書いてある通りにテレビの背後に接続ケーブルを挿し込んでいく。

香ばしい匂いが立ち上りキッチンに目を向けると、ジュワワワという音と共にナツがフライパンを振っていた。
立ち上がり、再度キッチンへ向かう。
冷蔵庫横のシェルフの一番上に無造作に置かれたエプロンを取り上げる。
俺も普段はエプロンなど殆どしないのだが、たまに揚げ物をするときなどに使う。
こいつにはサイズが大きいだろうが、慣れない料理でこの白いシャツが汚れるより良いだろう。
背後から手を伸ばしてエプロンの紐を彼女の首に通し、腰ひもを後ろで結んでやった。


「わー、すみません。ありがとうございます。」


こちらを見ないまま礼を言われ、少し残念に思う。
こいつは基本的に、礼をや詫びを述べる時は相手の顔を見て言う奴だ。
きっとこちらを向いていたら、笑っていただろう、と思いながらリビングへ戻った。

今日は、ずっとこいつの顔を見ていた。

主に、笑った顔。
出掛ける前のわくわくした顔。
裏町の人間に会って、戸惑ったような苦笑。
ワノクニの食材を見つけた時の興奮したような笑顔。

こいつの笑顔を見ていたら、どうやってウォーターセブンに連れてこようか算段していた頃を思い出した。
ニホンからまだこの世界に来て間もない頃だ。
笑ったこいつを傍に置きたいと思ったあの頃だ。


この俺が、初めて興味を持った 他人。
好きだと、思った人間。

実際、傍に置いて関われば関わるほど、手放したくない、失いたくないという気持ちが強くなる。
同時に、こんなに執着してしまうくらいならいっそ傍になど置かなければ良かったとも思う。

エニエスロビーのあの塔に閉じ込めておけば良かった。
しかし、こいつは此処に来た。
そして、職を得て、友人を得て、生活を得た。


どんなに好きでも

こいつとの未来を、見てはいけない。


俺が、サイファーポールである限り。
この島での存在理由が諜報活動である限り。

この想いは、叶えてはいけない。


任務が終わったその時は、俺はこいつをこの島に残して速やかに引き上げなくてはいけない。


こんな事なら、
いっそ傍になど、
置かなければ良かった。


こんな事なら……


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