No.89
訪れる沈黙。
言ってしまった言ってしまった。
覆水盆に返らず。
口に出してほっとした気持ち3割。
やっちまった感7割。
しかしこれは告白の時は相手が誰でも毎回こんな感じ。
彼の顔を見るのが怖くて俯いていたが、ちょっと沈黙の時間が長くないか。
せめて何か言ってくれても……。
顔を上げて、彼を見る。
私と目が合うと、彼がはっと意識を戻したらしい顔をして、ああ彼も驚いていたのか、と納得する。
ゆらりと立ち上がった彼は、私の座るロングソファーへ移動してきた。
私の隣に座り、体をこちらに向ける。私も自然と彼の方を向く形になった。
距離感が、今朝ダイニングテーブルで隣り合って座った時を思い出す。
「もう一度、言ってくれ。」
彼が、私の顔を覗き込んで言った。
私を見つめる彼の顔は真剣なのは確かだが、何を考えているのか全く窺い知れない。
やはり2回目は恥ずかしい。
少し迷って視線を彷徨わせるが、意を決して彼に真っ直ぐ向き直った。
「私は、ルッチさんが、好きです。」
はっきりと、彼の目を見て言うと、彼はほんの少し眉を歪め、一瞬だけ目を瞑った。
そして目を開けて私を見たと同時に彼の長い腕が私の後頭部に伸びてくる。
こんな状況で(あ、ヘッドロックかけられる)と思ってしまった私を笑って欲しい。
実際に私の頭がその長い腕に勢い良く引き寄せられた先は、彼の脇ではなかったのだから。
抵抗する間もなく少々乱暴に引き寄せられ、ぶつかる衝撃を緩和するために私は両手を彼の胸に付いた。
同時に、私の唇も彼の口の中にあった。
急に近づいた彼の顔にようやく目の焦点が合うと、見えたのは形の良い鼻と薄く開いた瞳に影を作る意外にも長い睫毛。
彼の言いつけどおり何も纏めてない私の髪は後頭部を掴む彼の掌の中でくしゃりと乱れた。
吸われ、舐められ、食まれ、彼は唇や歯や舌を全部使って私の口をこじ開ける。
その頃には、ただただ目を見開いて驚いていた私も漸く状況把握が出来、目を瞑って口元に集中しはじめていた。
ゆるりと口を開くと、急くように彼の舌が入り込み、瞬間ふわりとコーヒーの香りが鼻を抜けた。
下の歯の歯列を一度なぞった彼の舌は、形を確かめるようにもう一度私の下唇を舐める。
その動きに少し焦れて私が舌を差し出すと彼のそれに素早く絡め捕られた。
口元から小さく立つ水音に心が震え、コーヒーの香りが一層強くなる。
コーヒーってこんなに甘いものだったかしら。
手の平から、彼の胸の鼓動が伝わってくる。
リズムが私のそれとリンクしていて、私の手の平の血流かとも思えてくる。
彼の柔らかく動く舌に沿わせ、彼の歯列や上顎をなぞる。
顔の角度を変え、触れる位置も変えながら彼の舌を追っていく。
舌の横のザラリとした部分を舐めとり、彼の舌根に私の舌先が届くと口内の唾液が一気に増えた。
私の頭を固定していた彼の腕が緩み、彼より少し背の低い私に合わせるように前のめりになっていた体が引いていくのを感じる。
「んん……んぅ……。」
鼻から不満の声を漏らし、彼の胸に置いていた手を彼の首の後ろに回す。
離れかけた彼の顔を追いかけるとそれに応えるように彼の顔が角度を変え、私の頭を支えていた腕で背中を抱え直した。
告白の後に、こんなキスを与えられて、私はすっかり舞い上がっていた。
いや、とろけていた。
彼の口から吐き出される息は熱く、コーヒーの香りと、たまに香る甘いアルコール。
口の中を掻き混ぜられ、喉を流れる二人分の唾液で胸までも焼けつくようだった。
頭の芯を麻痺させるようなキスに夢中になっていると、ふわ、と体が背後に傾いた。
蕩けて使い物にならない脳みそが半分覚醒する。
おっとおっと、この流れはアレだよね。
ってか、この流れでやらないほうがおかしいか。
しかし、私ばかり告白して彼から返事を貰っていない。
いや、このキスが彼なりの返事なんじゃないか?
でも、私だって女の子だ、やる前には一応言葉として貰いたい。
言葉なんてどうでもいい、さっきからキュンキュンときめく子宮が彼を求めているんだ。
頭の中で、けじめとして言質をもらえという自分と、
もういいじゃないか、流されてしまえという自分がせめぎあう。
ごちゃごちゃと考えている間に、背中を支えられソファーに横たえられた。
いつの間にか私の太腿は彼の股の間で固定されている。
頭がソファーに着く直前、唇が強く吸われ離された。
それを合図に目を開けると、体を少し起こした彼は片手を自分の後頭部にもって行き、髪の毛を括っていたゴムを抜き取った。
それは今朝まで私の髪を結っていたものだ。
彼のウェーブ掛かった長い黒髪がバラバラと落ちてきて、私の顔の両脇をカーテンのように覆った。
一瞬にして影が落ちた所に目を上げると、影の奥に豹の瞳が光る。
思わず瞳に向けて片手を伸ばすと、その瞳は閉じられ、伸ばした手に頬擦りするように顔が寄せられた。
そしてその顔が私の首元に落ちてくる。
服越しに彼の手がお腹の方から体のラインを確かめるように這い上がってくる。
首筋を吸われて舐められ、ぞわぞわとした感覚が走る。
彼の指先がふくらみを覆い、形を変える。
「ん……あ……まっ、て……。」
彼の肩に両手を置いて力を込める。
タイミング的に遅かったかもしれないと思った。
ここまで来たら待たれない事も十分にありうる。若しくは待ってという言葉さえも彼を煽る事になる。
しかし、彼は熱っぽい瞳をもてあましながらも、弱弱しく押す私の腕に合わせて体を起こした。
私もソファーに手を付いて、よいしょ、と体を起こし、彼の脚の間から自分の両足を引き抜いた。
そして彼と向かい合い、彼の瞳を見つめる。
一度スイッチの入ってしまった彼の瞳は小動物を見つめる肉食獣のようだ。
クスリ、と笑って彼の唇に親指を這わせた。
「ルッチさん、唇、荒れてる。」
「うるさい、バカヤロウ。」
言いながら少し笑うルッチの瞳から、ほんの少し熱が薄れた。
彼が荒れている部分を誤魔化すように私を見つめながら唇をべろりと舐める。
赤い舌が覗いて消えた色っぽい動作に私の理性が早くも折れかかる。
彼がニヤリと微笑み、首を少しだけ傾げて顔を寄せてきた。
「ルッチさん。」
そのキスが届く前に、口を開く。
私の呼びかけに彼の顔が元の位置に戻った。
彼の手を取り、握る。
握り返される、彼の手は、熱い。
「私は、貴方が、好きです。……ルッチさんは、どう思っていますか?」
また、andyou?
さっきみたいに、今までにない極上の返事を聞かせて欲しい。
私の問いかけに、真顔に戻ったルッチは、しばらく考えるように私を見つめたまま止まった。
そして、しばらくの間の後、いつもの薄い笑みではなく、大きく口角を引き上げ笑う。
少し体を反らせ、片腕をソファーの背もたれに乗せて、握っていた私の手を離した。
「どう、思っているかって?」
顎を上げて、笑う。
「そりゃ、大いに結構な事だと思っている。」
勝ち誇ったように、笑う。
「この任務では、俺はカクやブルーノと違いこの島の人間にもうひとつ入り込めないところがあったが、お前のような普通の女と付き合っているとなれば、より警戒心を解かれることだろう。」
あなたの瞳には
「明日からは、もう同棲も隠す事はない。公にしていこうじゃないか。」
凍りついた私の顔がちゃんと映っている?
「喜べ。お前は、今日から、俺の“恋人”だ。」
そして、その熱い大きな手で私の頬を撫でた。
頬から顎へ、鎖骨へ移動するその手を避けるように、ソファーから立ち上がる。
ソファーに座ったまま私を見上げる彼を一瞥する。
「……今日は、お先に、休みます。」
小さな声でなんとかそれだけ言い残し、早足で自室へ向かう。
バタン、といつもより大きな音を立てた扉に、自分でびっくりする。
部屋の電気をつけることまで頭が回らず、とにかく急いで鍵を閉めた。
扉に背中を預け、そのままずるずると床の上に座り込む。
ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜる。
膝を抱え、そこに顔を埋めた。
「……っ……ひ……ぃ……」
胸が、痛い。
心臓に刃をつきたてられているかのようだった。
とめどなく溢れ出る涙は、その切り付けられた心臓から流れ出る血だ。
「……あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ……………………。」
底から底から溢れ出る涙はいつまでも止まらず、両手で頭を抱え、真っ暗な部屋の中、崩れるように、床に伏せた。
こんな気持ち、
気づかなきゃ良かった……。
こんなに、胸が痛くても
こんなに、涙を流しても
こんなにも、彼が、好きだ。
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