No.92-side:GALLEY-LA




突如ワッハハハハハと豪快な笑い声が上がる。


ビクリ、と俺の一つ向こうの席に座るナツが肩を揺らしたのが分かった。
視線を逸らせば、視界に入るのは長い鼻を天井へ向け大きな口を開けている笑い声の主。
その両隣で、真面目そうなスーツの女が二人。
二人ともその笑い声に釣られてだろうか、普段の生真面目そうな表情を崩し肩を揺らしている。

ビールの入ったグラスを口元に運びながら、大笑いを続ける3人から視線を元にもどす。
ナツは、周りの喧騒などお構いなしで、ちびりちびりとアイスティーを啜っていた。
そして何故か俺とナツに挟まれて座るのは、シルクハットを被ったまま不機嫌そうにビールを飲み続ける男。


……どうしてこうなった。
テーブルを囲う顔ぶれを眺めまわし、煙を吐き出す序でに嘆息する。


そもそも、俺はこんなに大勢で飲みにくるつもりなどなかった。(当然だ!)

終業後、エントランスでナツを待っている時に、同じくダリアと待ち合わせるカクと出くわしてしまったのが先ず持って運の尽きだ。
「誰と待ち合わせしてるんじゃ。」と問われ、迂闊に待合せ相手の名前を出してしまったのもいけなかった。
こいつに話してしまえば、瞬く間にそれなら自分たちと一緒に飲もうと言い出すに決まっている事は、普段のこいつの行動パターンから十分に読めた事だった。
そして、今日に限って本来の待合せ相手のクラーク二人組がエントランスに降りてくるのが遅かったのもまずかった。
ルッチが通りがかった時にカクが嬉々として誘い、カリファが通りかかれば誘い、つまりこの男にかかれば二人きりの待合せもあっという間にこの大所帯だ。

ちなみに、俺は一言も「一緒に飲もう」と言われてないし、了承もしていない。

ダリアと並んでエントランスに降りてきたナツは、4人で並ぶ俺らを見て、一瞬表情を強張らせ立ち止まった。
やっぱり今日は断った方が良いかと、苦い気持ちで次の機会にしようと言いかけると、それより先に飛び出したカクがナツとダリアの背中に腕を回し、俺が口を挟む間もなく押し切る様に酒場まで移動してしまった。


「だから、わしは思うんじゃ、ルルが完璧にスタイリングできた時こそ……」

「あははは、カク、それは失礼よ。」

「そうよ、ぶっ無礼だわ。……っく、あはは!」


コロコロと笑い続ける3人は、最初の話題を既に見失い、どうやらルルの寝癖の話に移っているらしかった。
たまに求められる同意に俺もナツも曖昧な笑顔を返すしかない。
ルッチに至っては、最初から話に参加する気も無いようだった。

ナツは、今日はもう帰った方が良い。
普段、空気を読めと言われる俺でも、この空気は流石に分かる。
きっと酔ったナツが具合が悪そうだ、とかで連れ出すのが一番自然な気がするが、今日に限ってこいつはアルコールを一滴も飲んでいない。
そうすると他に上手い考えが全然浮かばず、全く思い通りにいかない状況にだんだん自棄になってくる。

なんで、俺がこんなに気を使わなきゃいけねえんだ。
こんなはずじゃなかったのに。
俺はただ、ナツにちょこっと酒でも飲ませて、うまいもんでも食わせて、ちょっと元気にしてから帰したかっただけなのだ。

もう知らね。
ナツが浮上できなかったらお前らのせいだ。
天井を仰ぎ、テーブルの上にぶら下がっているオレンジ色のランプに向けてフーと煙を吐き出した。


「ぃよーーーう!」


ガコン!と扉が大きな音を立てたかと思うと店内中に喧しい声が響いた。
思わず、入口に目を向ける。
カク達も話が途切れ、店内中がそちらに注視しているのがわかった。


「調子はどうだ、ブルーノ?スーパーか?!」


派手なアロハと海パンに青い髪、筋肉云々では説明しきれないくらいの、邪魔だろ、としか思えないくらいの太い腕を振りかざした男が見える。
奴らが現れた途端店中から「煩せえぞ!」「他へいけ変態!」などと野次が飛ぶ。
破廉恥な女二人を引き連れたそいつは迷わずカウンターに座り、駆け付け三本コーラを注文した。

葉巻を噛みしめながら、小さく舌打ちをする。
あーあ、俺以上に空気を読めねえのが来た。

視線を逸らして、ジャーマンポテトにフォークを突き刺す。
玉ねぎがトロトロと絡んだジャガイモとベーコンを舌の上へ迎え入れながら、やっぱり似つかわしくない赤縁の眼鏡を掛けた友人が気になる。
無意識に目を向けてみれば、彼女は今までの辛気臭い顔から一変、少し驚きを滲ませた顔で今ほど入店してきたフランキー一行を凝視していた。


「お前、あいつら知ってんのか?」


知っていても不思議ではない。裏町のフランキー一家と言えども、派手な振る舞いは有名だ。
島の人間ならば実際会ったことは無くても名前くらいは耳にしたことはあるだろう。
それでも話の一端になればと彼女に問いかける。
ずっと口を開かなかったナツが、その問いかけに一瞬視線を俺に向けた。


「うん、あのね昨日……」

「あーーっ!!」


視線を固定したまま、俺に返事を返そうとしていたナツの言葉は、彼女の視線の先に居た破廉恥女の声で遮られた。
再度カウンターへ目を向ければ、直視するのも憚られるような恰好をした女がこちらに人差し指を向けている。


「アニキアニキー!あいつだわいな!昨日会った……「ルッチの彼女!!!」」



ザワつきを取り戻していた店内は、破廉恥女が無邪気に告げた一言で、再度、水を打ったように静かになった。


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