No.93-side:CP9
店内中のほとんどの視線が、同じテーブルの二人に注がれていた。
何の発言が静寂を生んだのか気付かなかった他テーブルの客が、時折コソコソと囁くように話している声が聞こえる。
「え、と……。」
意外にも、この沈黙を破ったのはクラーク職長のダリアだった。
「あ、あれは、結局ただの噂だったのよね。」
彼女が声を上げるとようやく止まっていた時間が動きだし、徐々に注がれていた好奇な視線も逸らされた気配がした。
どうやら、私たちのテーブルとカウンター以外は各々状況を自己完結したらしく、自分たちの世界へ戻ったようであった。
「そ、そうじゃそうじゃ!適当な事を言うんじゃないわい!!」
カクが、すぐにダリアの言葉に同調する。
二人の言葉を受けたフランキー一家の女の子がムキになって立ち上がった。
「適当なんかじゃないわいな!アタイらは本人たちから聞いたんだわいな!」
「だとよ。俺はおめェらの誰と誰が付き合ってようがどうでもいいが、コイツらを嘘つき呼ばわりすんのはいただけねえぜ。」
年中海パンの変態が渋い顔をし、立てた親指で横の部下を指し示す。
指された彼女は「アニキ!」と感激したような顔をした。
本人たちから……?
まさか、そんなはずはない。
だって、ナツはほんの一昨日まで私の部屋に泊まっていて。
まさに、彼への気持ちに整理がつかず悩んでいたのだ。
たった、1日でそんな、はず……。
騒ぎ続けるカウンターの3人から、恐る恐る話の当事者へ視線を移す。
脇に白い鳩を侍らしたルッチは、まるで他人事であるかのように、無関心そうに飄々と料理を突いている。
彼の不自然に空間を空けた隣の席には、困ったような苦いような顔をしたナツが下ろした髪の毛と頬杖をついた手の平で顔の大半を隠し、目線を下げて誰とも視線が合わないようにしていた。
彼女の合わない視線に、動揺する。
どういう状況であろうと、常に無表情を貫き飄々としているルッチはどうでもいい。
問題はナツだ。普段の彼女であれば、私の視線に気付けば笑って、若しくは少し困ったように、事実を述べるはずだ。「やだなあ、付き合ってなんかないよ。」と。
「どういう、こと?」
ナツを見つめながら、問いかけるが、相変わらず視線の合わない彼女からの返答は無い。
仕方なくその横でマイペースにビールを煽る男に目を向け代返を求めると、私の視線に気付いた彼が僅かに眉を上げた。
「どういう、って、何がだっポー。」
彼の肩の上の鳩が、声に合わせて肩を竦める。
「何がって、あの彼女が言った事に決まっているでしょう。」
言いながら自分の声が少々責めるような声色になっている事に気付く。
相対しているのはルッチでも同時にナツに対しての問いかけでもあるから思わず語尾が弱弱しくなった。
肩越しにカウンターを指さしながら言うと、ルッチが横目でチラリとナツを見た。
ハットリが翼を胸の前で組み、溜息を吐いた。
そして、翼をゆるりと広げ、天井を仰いでからこちらを見る。
「クルッポー。どうもこうもない。ルッチとこいつが付き合ってて何の問題があるんだっポー。」
「「「はぁ?!」」」
彼の言葉に素っ頓狂な声を上げたのは私だけではなかったようだ。
テーブルを囲むほぼ全員が発した幾重にも重なり大きく響いた声に、ルッチが僅かに煩わしそうな表情を見せた。
「マジかよ……、じゃあ何でお前……そんな。」
ナツを見つめたパウリーが、掠れた声で呟く。
痛々しいものを見るような彼の口元から、葉巻の灰がボロリと落ちた。
「なんじゃなんじゃ、ワシが知らないうちにいつそんな事になったんじゃ?ダリア知っておったか?ああ、良かった。知らないのはワシだけじゃなかったんじゃな。それはそうと、そもそもなんで付き合うことになったんじゃ?」
カクが良く回る口で矢継ぎ早に捲し立てたが、それも彼なりの動揺を表しているようだった。
「クルッポー。お前らに言う必要はない。」
「つれないのう。そんな事言わずに教えてくれんか。ワシらはナツともお前さんとも友達、じゃろ?」
一蹴したルッチの言葉に、カクが困ったような笑みを浮かべ返した。
カクの言葉にルッチが僅かに目を細め、眉を寄せる。
お前など友達じゃない、次の彼の言葉はそうであろうと予想したのは私だけではないはずだ。
しかし彼は何か思う事があったようで、緩慢な動きで手に持ったグラスをテーブルに置いた。
そして、表情を変えないナツの顔を見てから、またほんの少し眉を歪めてテーブルを見渡した。
「ポッポー……なんでって……。」
言い淀んだルッチの言葉に合わせ、ハットリの翼が迷ったように一度ふわりと浮いてまた戻った。
ルッチが再度ナツを見たのが分かった。
「こいつが……ルッチを好きと言うから、付き合う事になっただけだっポー。男女交際のよくある一歩だ、何か問題あるか。」
さらり、と彼の舌に下された言葉を頭の中で反芻する。
私が、この場にいるメンバーの誰よりも彼らのお互いの気持ちを知る第三者である自覚はある。
たしかに彼女は彼を想い、彼も彼女に対して特別な想いを寄せている事は明らかだった。
しかし、いざそういう状況になると、存外ショックで信じられない気持ちが先に立ち、「まさか」という思いが脳内をぐるぐると駆け巡る。
親友に恋人が出来た。
字面だけ見れば喜ばしい事なのかもしれない。
しかし、このテーブルには、素直に彼らに祝辞を述べる人間は一人もいなかった。
相手の男の素性を知っている私やカクはまだしも、当事者の彼女がもっと幸せそうな顔をしていれば、事情を知らないダリアとパウリーはきっと諸手を上げて喜んだかもしれない、と思う。
しかし、彼女は今朝からずっと塞ぎ込んだように言葉少なであった様子だし、今の彼女の顔を見てもまるで幸せという言葉から最も遠い所にあるように思われた。
だって私の唯一とも言える親友に出来た恋人が、あの、ルッチだと言うのだ。
あの、CP9史上最も強く冷酷な殺戮兵器 と呼ばれた、ロブ・ルッチその人だと言うのだ。
このカップルに問題がないなんてなぜ言えようか。
彼らの未来は明るいと手放しで喜ぶことなどなぜできようか。
「……ナツ。」
たまらなくなって、未だ無言のままの彼女の名を呼び、手を伸ばした。
彼女の喉元がゴクリと上下したかと思うと、伸ばした私の手が到達する前に、彼女は勢いよく顔を上げ、口を開く。
「や……っぱり、恥ずかしいね。」
私を見たその顔には困ったような笑顔が張り付いていた。
「本当は自分で言いだすのが一番だったんだろうけど……うん。皆には言わなくちゃって思ってたから。」
そして彼女は、チラリと横のルッチを覗き見てから、テーブルのハットリに視線を向け、一つ大きく呼吸をした。
「えっと、うん。ルッチ……さん、と、付き合う事に……なった。」
そして私たちを見渡して、もう一度笑顔を見せた。
その笑顔に、喉がきゅっと締め付けられた気がした。
彼女から視線を逸らすと、まるで合わせ鏡のように私と同じ表情をしているパウリーが見えた。
「よかったじゃない!ね?カク。ルッチ職長、しっかりした方だし、カッコいいし。」
少しの沈黙の後、ダリアが明るい声を上げた。
珍しく真剣な顔を見せていたカクが、ダリアの声を受けて表情を緩めた。
「そうじゃ、な。浮いた話一つ無かったルッチに付き合ってくれる女の子が居ただけで喜ばしいわい。」
「クルッポー、どういう意味だ。」
「どういう意味かなんてお前さん自身が一番良くわかっておると思うがのう。」
おどけはじめたカクに合わせて、ナツが頷いたり笑顔を見せている。
これで、良かったの?
本当に、これで、貴女は幸せなの?
ずっと私は、貴女達の同居は間違いだと確信を持って言い続けていたけど、私が間違いだったの?
なら、それなら。
じゃあ、なんで貴女の笑顔はそんなに違和感しかないの?
じゃあ、なんでずっと、……泣きそうな顔をしていたの?
さっきまでとは打って変わって笑い声を立てる彼女の様子と反比例して、なんだか私が、泣きたくなった。
喉が、苦しい。
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