No.94




私は、彼の言う“彼の恋人”になる事に決めた。


それはきっと、仮初めの、心の通わない、一方通行の、そんな恋愛になるのだろうと思う。
彼がそう決めたのなら、構わない。

……いや、嘘です。ちょっと格好つけました。
構わないのは嘘。だって少し考えれば無視できない事柄だらけなのだ。

第一に、結局は私は自分が一番可愛いから、傍に居ながら失恋した心を抱え続けるのはあまりに辛い、と思う。

第二に、私はCP9じゃない。彼が私を利用しようとするのなら、それは私に明かさずに行うべきであった。
若しくは、有償であればこれも仕事と割り切ることも出来たのかもしれない。
でも、私が愛を告げて彼が受け入れた形である以上それは求められることではないし、残念ながら私にはそこまで割り切る強さは持ち合わせていなかった。

でも、それでも、私の傍らから彼の気配を消し、視界から彼を閉めだしてしまう事など出来るはずも無い。
そんなことをする位なら、痛む胸を抱えながらも彼の傍に在りたいと思うのだ。

そして、そう自分で決めたからには、彼の言う“彼の恋人”であるという事以上の事実を私と彼以外の人間に悟らせるわけにはいかなかった。


「これね、私が作ったの。良かったら食後に食べよう?」


中庭のシンボルツリーの下、ダリアが小さめのマフィンがたくさん入った紙包みを開くと、円を描くように座り、お弁当を囲む女の子達から「わぁ!」と歓声が上がった。
とりとめの無い話を止まることなく話し続けている為、絶えず口を開いている筈なのに、それでも確実に目の前の食事を減らしていく女の子達を、ほんの少し気後れした気持ちで眺めながら自分の食事に手をつけた。

この子たちとランチを共にするようになったのはごく最近だ。
その前は、カリファが社長と外出していない時はカリファと、それ以外の時は主に屋上で昼食を摂っていた。
この島で仲良くしてくれる人が何人出来てもやっぱりカリファが一番大好きだったし、屋上に行けば気遣う必要の無い相手、パウリーが必ずそこに居た。
ルッチと付き合ったと公言した日から、2人とはまともに話す時間を持たないでいた。

−−


「ナツ、今日良かったら一緒にランチしない?」


月曜のあの気まずい飲み会を終えた次の日の午前中、書類の承認印を貰いにダリアのデスクを訪ねると声を掛けられた。
しかし、最近の彼女は専らカクとばかりランチをとっているはずだった。
でも……と少し困りながら彼女の荷物が置いてあるデスク脇のバスケットに目をやると、やはり大きなお弁当箱の包み。
私の目線で言わんとしている事が分かったのか、彼女はにっこりとほほ笑んだ。


「カクにはお弁当だけ渡せばいいから。私はナツとご飯食べたいんだけど、だめかな?」

「いや……大丈夫、もちろん、うん。」


慌てて了承の意を伝える。
お昼休みの少し前に、おそらくお弁当を届けるためだろうダリアが席を外していたのを見て、カクには申し訳ないが、内心物凄くホッとしている自分がいた。

ダリアと一緒に、いつもカクとダリアが座っている中庭のベンチに腰掛ける。
彼女は膝に黄色とすみれ色の花模様の散るピンク色のチーフを広げ、その上に四角いお弁当箱を開いた。
私は週に2・3回は利用しているお気に入りのパン屋の紙袋からパンを一つ取り出す。


「そのパン屋の紙袋、よく持ってくるわね。」

「うん、丁度出勤の時間帯に色んな種類が焼きあがるみたいでついつい寄っちゃうの。」

「わかるわ。パンの焼きたての匂いって反則よね。おすすめある?」

「そうだなー。大体ハズレ無しだけど、ソラマメとベーコンとモッツァレラが入ったパンを一番良く買うかな。」

「へえ!美味しそう。」

「ダリアのお弁当も美味しそうだね。カクも同じメニュー?」

「そうよ。サイズは向こうが5倍くらいあるけどね。」


和やかにランチライムが続く。

絶対にルッチとの事を聞かれるのだと思っていた。
特に距離が近いと自覚のある友達のカリファとパウリーには正直合わせる顔が無かった。
カリファやパウリーに詰め寄られるよりは、ダリアに興味半分にインタビューされた方がマシだと思っていた。
しかし、ダリアは決して彼女からルッチの話題を出したりはしなかった。


「……聞かないんだね。」


遂に私から切り出してしまう程に。
ダリアは口に入れていたフォークをゆっくりと抜き、静かにそれを置いた。
そして、小さく苦笑を浮かべてから私から目を逸らし、中途半端に減ったお弁当箱の中身を視線を落とす。


「聞く度胸がないだけよ……。」


そう言いながらも、私が口火を切った事で、彼女はポツリポツリと話し出した。


「どこまで聞いて良いのか図りかねてるのよ。むしろタブーじゃないかとも思ってる。だって……昨日の貴女は皆に知られてちっとも嬉しそうじゃなかったでしょ?」


話しながらフォークの先で玉子焼きを切り分けるが、それを口に運ぶことはしない。


「ルッチ職長は……難しそうな人だから、私ではわからない苦労とかもあるのでしょうね。」


すっかり細かくなってしまった玉子焼きをようやく一つ口に運び、曖昧に笑った顔をこちらに向けた。


「カリファさんやパウリー職長とあなたとの空気位、私にも読めるわ。……本当はランチに誘ったのも余計なお世話かなって思ったんだけど……。」

「そんなことない、余計なんかじゃない!……ありがとう。」


誘ってくれて。聞かないでいてくれて。
私の言葉に、彼女はほっとしたように笑い、お弁当箱のチェリーを一粒私のパンの包みの上に乗せた。


「あー!職長!ナツさんとお昼食べてる!」

「ほんとだー!!」

「なんでなんで?私たちもご一緒させてください!」


真後ろで叫ぶような声が聞こえ、振り返るとクラークの同僚たちが私たちを目敏く見つけ走り寄ってくる所だった。


「見てこれ!知ってます?売店の新作ですよ!リンゴジャム入りイチゴクリームメロンパン!!」

「はぁ?何それ?リンゴなの?イチゴなの?メロンなの?」

「ねー!突っ込みどころ満載で買うしかないでしょ?」


女の子の一人が見せてきたパンに思わず笑う。
「意外と美味しい!」と目を丸くしたその子に他の子が「何味何味?」「ひとくち頂戴!」と食いついた。
きゃあきゃあと目まぐるしく展開していく可愛らしい話を聞きながら、私とダリアはすぐに相槌役に回った。
彼女たちの賑々しさが、今の私の心を一番癒してくれていた。


−−

中庭のシンボルツリーの下のベンチで私たちは今日も姦しくお弁当を食べている。


「ナツさん!まだご飯たべてるの?早く職長のマフィン食べてみてよ!」

「そうだよ!早く食べて!超美味しいから!」

「分かった分かった、ちょっと待って。」


慌てて手元に残るサンドイッチを頬張る。
口の中に沢山入れ過ぎて、一生懸命咀嚼してもなかなか飲み込めず、水のペットボトルを煽った。
天を向いて、喉に水を流し込みながら視界に屋上の柵と青白い煙が入る。
ごくりと口の中のものを全て飲み込み、思わず視線を逸らせずにいると、柵の影からふわりと金色が舞い、彼がいつも額に付けているゴーグルが太陽を反射してチカリと光った。
慌てて視線を逸らして、女の子達の輪に意識を戻す。


可愛らしいマフィンを手に取りながら、高い場所から今も中庭を見下ろしているであろう友を想い、ほんの少し泣きそうになった。


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