No.95-side:LUCCI
「ポッポー。たったそれだけの仕事済ませるのに何時間かけてるんだっポー。」
ハットリが俺の言葉に合わせて翼を振り上げた。
「そんなんで1番ドッグによく入れたな。そこの新人よりまだ悪いじゃないか。お前もういいからあっちで木材切り出してろッポー。」
俺の言葉に少しだけショックを受けたような顔をした船大工がそれでも口応えすることなく肩を落として移動する。
少し離れた所でそいつを慰めるように数人の大工が肩を叩いているのが見えた。
ふん、と鼻を鳴らし、積み上げた木材から腰を上げ、地面に足を下ろす。
ドリルを手にし、今しがた去って行った大工が済ますことのできなかった、たったそれだけの仕事に向かった。
数分も掛からず、木釘を打ち込むための穴を正確に空け、寸分狂わぬ太さの木釘をリズミカルに打ち込む。
やはり大した時間は要らないではないかと、益々苛立ちが募り、金槌を放り投げるように地面に置いた。
どん、と音を立てて落ちた金槌をくるりと軽く回しながら拾い上げた男が目に入る。
「おいおいおい、何を苛ついておるんじゃ?」
喧しい奴の登場に頭を抱えたくなる。
奴の事は無視して、積み上げられた木材に足を掛け、また少し高い所に腰を下ろす。
俺に無視された事など構う様子のないカクは、何がそんなに面白いのか口角を釣り上げたまま俺を追いかけ、隣に座った。
「周りを見てみろ、お前さんの部下たちがビクビクしておるじゃろうが。」
「ポッポー、だったらどうした。」
「だから、何をそんなにピリピリしておるんじゃ?」
「お前に関係ないっポー。」
だから、俺の事は放っておけ。
大体こいつも職長であるからには何人もの部下が居て、そいつらを監督する責任もあるわけだ。
こんな所で油を売っていていいわけがない。
「ナツと早速喧嘩でもしたか?」
少しだけ声を潜めて尋ねられた言葉に、思わず隣の能天気顔を睨み付けた。
……喧嘩などするか。
改めて俺を苛つかせる原因を思い返す。
喧嘩になれば、どれほど良いか。
ここが仕事場でなかったら、周りに人が居なかったら、ここに積まれた木材を全て薙ぎ倒し、投げつけ、蹴りつけ、破壊の限りを尽くしてやりたいくらいだ。
そうすれば、この次々と胃の奥から湧き上がる苛立ちは多少は解消できるだろうか。
「出会ったのは随分前じゃが、付き合いたての今の時期が一番楽しいもんじゃろう?」
そう。
俺もそう思っていた。
あいつが俺を好きだとそう言った時、俺は自分で思っていた以上に舞い上がっていたのだろう。
しかし反面、冷静に衝動を抑えようとする自分が居たのも確かだった。
CP9という立場である以上、俺はこの任務が終わったらこの島を離れなくてはならない。
ガレーラカンパニー1番ドッグ職長ロブルッチは存在を消し、二度とこの島に戻る事はない。
そして彼女は俺の任務が終わっても、彼女自身が手に入れたこの島での生活を続けていかなくてはいけない。
だから、彼女から好意を告げられた時も、受け取った言葉と同じものを返すことは出来なかった。
かといって、彼女に期待を持たせないように突き放す事が出来る程俺は出来た人間ではなかったようで、狡い答えを返したのだと思う。
そう、今なら分かる。狡い答えだった。
期待など捨てないでほしい。俺を好きならその好意を諦めて欲しくない。
彼女の後先を思い遣る割には俺は結局自己中心的な人間なのだ。
聡い彼女は、俺の言葉をすぐに悟り、やはり少しショックを受けた様子ではあった。
あいつがこの世界に来てから一番深く関わっていたのが自分だという自信と、俺の根底に渦巻く愚かな願望が、彼女の言葉によってついに形を成したと、その時俺は単純に満足していた。
故に、自室に引き返す前の彼女の表情を深く考えることはしなかった。
俺の放った一言が、せっかく完成間近まで積み上げられた積み木を最後のピースを乗せる直前で薙ぎ倒していた事など当然気付く余地もなかった。
ただ、直前まで俺の腕の中にあった華奢な肩が、丸い頭が、何処までも柔らかい体が、甘い唇が、この手に入ったことに、舞い上がっていた。
俺は驕っていた。
あいつは俺を分かってくれているはずだという自信があった。
あいつには俺のCPとしての立場を出会った時から幾度となく言い聞かせてきたし、俺の気持ちも通じているはずだ、と。
俺の言葉の意図した事と、言葉を受け取った彼女の解釈がズレている可能性など思いつくはずも無かった。
しかしどうやら彼女とすれ違っているようだと気づいたのは、すぐあと、数日も経たない内だ。
仕事から帰り、ソファーの上でTVを見ていたナツの横に座り肩を抱く。
「とりあえず、お茶淹れますね。ルッチさんはどうぞ着替えてきてください。」
するりと俺の腕からすり抜けた。
声色は自然でいつも通りだったから、まあいいか。と気が削がれ、その時はそれで終わった。
次は、朝。
起きてきた彼女が、いつも通りキッチンに挨拶に来た時の事。
朝食の支度の手を止め、少し屈んで彼女の顔を覗き込む。
すると「あ、今日のスープ何ですかー。」棒読みで俺から1歩距離をとる。
ワザとらしいその行動に流石にムカっときたが、その時点では疑念が首を擡げただけだった。
確信に変わったのは、3回目。
前2回は、もしかしたら俺の要求が分かり辛かったのかもしれないと無理矢理自分を納得させ、今度は明確に意図を持って行動をしてみた。
つまり、さり気ない雰囲気とかそういうものを度外視して、多少紳士的でないかもしれないが、彼女の体をソファーの上から逃げられないように囲い込み、まぁ、無理矢理、だ。
彼女の体の横に片手を付き、もう一方の手で顎を持ち上げ覆い被さるように顔を近づける。
一瞬驚いたように見開いて俺を見つめた瞳は、すぐにふ、と柔らかく細められ、唇が重なるまであと3センチという所で俺の口は彼女の両手で塞がれた。
手で塞がれたことで口付けることが叶わなかった俺は、彼女の顎から手を放し、少々距離をとる。
口を塞がれたまま、不満を瞳に宿して彼女を見つめれば、彼女は困ったように笑った。
そして曖昧な笑顔のまま俺を押し除け、ソファーから立ち去って行った。
その後ろ姿を呆然と見送り、今しがた彼女が座っていたソファーへ腰を下ろす。
もやもやとしたものが胸に渦巻き眉間に力が籠った。
−CMの後は金曜日からからサンファルドで始まるスプリングカーニバルの見所をお伝えします!
付きっぱなしのテレビからは、能天気な音が流れ続けていた。
ずず……と腰を滑らせ、頭をカウチソファーの背もたれに預ける。
溜息と共に唸るような声が漏れた。
「あいつは……本当に俺のことを好きなのか……」
それから、俺はあいつに触れることを諦めた。
あいつが今まで通りの関係でいたいなら致し方ない。
一方通行で事に及べるものじゃない。
――……ぷはっ!
ふいに思考を遮った笑い声に、横の男を睨み付けた。
俺の視線を愉快そうに受け止めた男は、くつくつと笑いを零しながら尚も楽しそうに口を開く。
こいつの様子から、どうやら自分があの時と同じ台詞を口に出していたらしいと察した。
「まるであのロブ・ルッチとは思えない発言じゃな。」
「クルッポー、どのロブ・ルッチだ。」
おそらく真横に居たカクだけに聞こえたくらいの小さい声だったと思うが、それでも自分が無意識に地声を出していたらしい事で余計に眉間に力が籠る。
半ば投げやりにカクの言葉に返事をすれば、彼は「そうじゃなあ」と空を仰ぎ、考えるそぶりを見せた。
「“どの”ロブ・ルッチとも思えん発言じゃ。」
「……。」
「だって、それじゃあまるで、」
まるで、何だ。
どうせ碌でも無い喩であろうことは火を見るよりも明らかだが、こんなに中途半端に言葉を切られては流石に気になる。
言葉を促すように横の男の顔を眺めると、彼はニヤリとその口元に笑みを浮かべ、座っていた丸太の上に立ち上がった。
腰に手を当て、僅かに体を反らせるように空を仰ぐ彼を見上げる。
太陽を背にし俺を見下ろした男は、降りた影の中で口を半月型に形作った。
「ナツは、いいと思うぞ。……うん、流石ルッチ。良い選択じゃ。」
まるで、の後は続ける気は無いらしい。代わりに紡いだ言葉は、一体何を褒めてるのか全く見当の付かない彼女への賛辞だった。
言葉を返す気にもなれず、半ば呆れて、きらきらとした丸い瞳を見上げる。
「二度とあんな物件はないぞ。ターゲットでも、使い捨てでも、同業者でもない。言っておくがワシは今まで沢山の女の子と付き合ってきたがそんな子と出会ったことは一度もないわい。」
その言葉に瞬間、地味な女職長の存在が浮かぶ。
特別な存在を作らなかったこの男が、あの女職長と付き合うようになってからは、幾人もの女を切って彼女を傍に置いたという話は嫌でも耳に入って来たものだ。
しかし、ターゲットでも同業者でもないあの女職長は、つまるところこの男にとって結局はそういう存在だという事なのだろうか。
あの女職長には、ナツの上司という以上になんの思い入れもないが、流石に少し同情を覚えた。
タンッ、と細い足を伸びやかに広げ地面に降り立ったカクが、上着のポケットに両手を突っ込み俺を見上げる。
俺の考えていたことを知ってか知らずか、少し苦笑をその能天気な笑顔に交えた。
「まぁつまりワシが言いたいのは、仲直りのコツは、お前さんが素直になる事じゃ。彼女に多くを求めちゃいかん。ナツを……ワシの女の子達のようにはさせるつもりはないんじゃろう?」
「クルッポー、うるさい。」
ハットリが、しっしっと追い払うように翼を前後に振った。
ワハハと笑いながらスキップでもするように去って行った男の後姿を見送る。
あいつの言う“ワシの女の子達”をぼんやりと思い出した。
カクと任務地が被る度に必ず1度は目にしていた光景だ。
好きだの愛してるだの、騙しただの騙されても良いだの、本気だの嘘だのといったドロドロとした修羅場を何が楽しいのか毎回熟す見た目だけは純情そうな男を、もうこれは病気の一種かと半ば蔑むような気持ちで見ていた。
空を仰ぎ、顔に落ちる薄らとした影の正体を確かめるように、ゆっくり移動する白い雲を目で追う。
肺の空気を細く押し出すように、長い溜息が口から零れた。
素直になれなど……
そんな無責任な事は軽々しく言うもんじゃない。
今は遠くで部下たちに指示を飛ばす姿を恨みがましい気持ちで見遣る。
俺の素直な気持ちだと?
そんな事口にしたら最後、
“ワシの女の子達”になるのは…………多分俺の方だ。
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