5-3
その日は雨が降っていた。
カフェテリアでお弁当を食べた後は、雨の所為で校庭に出ることが出来ず、女の子達は固まってテレビの話とかモニカが持ってたスパンコールのリボンの話とかしている。
いつも一緒に居るアビーもその仲間に入っていて、当然私も誘われた。
「うん。でもちょっとお手洗いに行ってくる。」
「一緒に行く?」
「ううん。大丈夫。」
アビーに軽く手を振り、教室を出た。
廊下には、人があまり出ておらず、ほっと息を吐く。
晴れている日に校庭で追いかけっこをしたり、ボールで遊んだりするのは楽しかったけど、雨の日に皆で丸くなってお喋りをするのが苦手だった。
私は毎晩テレビでやっているアニメもドラマも観ていないし、ママのメイクグッズを悪戯したりもしない。
テレビゲームも持ってない、家に帰ってからの遊び相手であるシャーロックも赤ひげもお人形遊びなんかしてくれない。
つまり彼女たちの話題に付いて行くのが苦痛なのだ。
ほんの短い時間なら合わせられるけど、雨の日の休み時間なんてそんな長い間苦痛な時間を過ごすのは御免だった。
当ても無く廊下を突きあたりまで歩く。
廊下の突き当たりには階段があり、そこで足を止めた。
低学年はみんな1階に纏められているから、この階段の上はキーステージの上がる上級生のクラスだ。
ぼんやりと人気のない階段を見上げる。
誰も居ないと思っていたので、踊り場の出窓に腰掛けた人影が目に入り、ぎょっとした。
雨の叩きつける窓の手前に座るその人物は男の子で、私よりは大きいけどシャーロックよりは小さくて年はそう変わらないだろうと思われた。
「Hi」
唯でさえ薄暗い踊り場の窓からの逆光で、表情がよく見えない人影が声を発した。
誰に言っているのか分からず左右をきょろきょろと確認するが、近くには私しか居らず、やはりどうやら私に声を掛けたようだった。
「……Hi」
控え目に返事を返す。
すると、暗くなっているその人の顔がにっこり笑ったのがわかった。
笑顔を見せてくれたことにホッとして、少し図々しかなと思いながら問いかけた。
「……そっちに行ってもいい?」
「もちろん。」
返事をしながら彼の顔が僅かに傾き、出窓の縁に乗せていた両脚を下ろした。
階段を上りながら近づくと、彼の表情が徐々に見えてきた。
サラリと落ちた前髪から覗く額は丸く、顎を引いて上目遣いにこちらを見る彼の瞳はくりんと円らで目尻が少し下がっていて優しげだった。
「僕、君を知ってるよ。レセプションクラスの子だ。」
「そうよ。……あなたは1年生?」
「うん、そう。」
彼は出窓の縁の、自分が座っている隣を手で示した。
素直にその隣に腰掛ける。
彼の膝には重そうなハードカバーの本が乗っていた。
私と同じくらいの年代でこんなに厚みのある本を読む人はシャーロック以外に知らない。
私がその本を凝視しているのに気付いてか、彼がその本を少し持ち上げて言った。
「イングリッシュ・フェアリーテールズだよ。色んな童話が載ってるんだ。」
厚さは立派でもシャーロックが読む本より可愛らしい内容のようだった。
男の子って、トーマスとか恐竜とか冒険とか、そういう話を好む物だと思っていたので少し意外だった。
「童話、好きなの?」
「ああ、とてもね。」
「私も好き。」
「それはいいね。」
彼が口を大きく開けて笑顔を見せ、思わず釣られてこちらまで笑ってしまった。
彼の笑顔はとてもチャーミングだ。
「名前を聞いても?」
彼が微笑んで首を傾げたまま、聞いた。
「エレナよ。」
「エレナ……エリー?」
「うん、ママはそう呼んでる。」
少しだけ嘘を吐いた。私をエリーと呼ぶのはママでなく、ミセスホームズだ。
「あなたは?」
「僕はジェームズ。」
「ジェームズ……。」
前にTVに出ていた同じ名前の人が、略名で呼ばれていた気がする。たしか……
「ジェイミー?ジム?……それとも、ジミー?」
「何とでも。」
ジェームズが肩を竦めた。
「OK、じゃあ、ジミー?」
「うん、ママはそう呼んでる。」
彼は私の口調を真似した後、嬉しそうに笑った。
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