5-2




「……bored.(つまんない)」


私の部屋のベッドに転がったシャーロックが唸るような声を出した。

私が学校へ通うようになってから、夕飯までの数時間彼が私の家を訪れる機会が多くなった。
本当は大人が居ない家に11歳以下の子供だけで過ごすのはいけない事なんだけど、シャーロックも私もそんな事知ったことではなかった。

ギッと椅子の音を鳴らして、背後のベッドを振り返る。


「そんなこと言ったって、シャーロックは私と遊んでもすぐに飽きるじゃない。」

「君はゲームが弱すぎる。」

「アラ、それはごめんなさいね。」


くるん、と椅子を回し、机に再び向かった。
少し前にママが買ってきてくれた36色の色鉛筆とお絵かき用にしているノートが広がっている。
最近は本の挿絵で描かれていない場面の絵を描くことにはまっているのだ。
ノートの上でカリカリと色鉛筆を動かし、物語の世界に浸って行く。
茶色で描いたウサギに着せる服の色はもちろんブルーだ。


「I ’m borrrrrrrrred!」

「……。」


さっきよりも大きな声に、またも意識が戻される。
気付かなかったふりをして、少し止めた手元を再び動かし始めた。


「Grrrrrrrrrrrrrrrrrrr!退屈!だ!!」   

「ああ!もう!シャーロック!!」


ブルーの色鉛筆を机の上に放り投げ、ぐるりと目玉を回す。
先程より少々乱暴に椅子を回して振り返った。


「私にどうしろっていうの?!」

「別に。僕はただ退屈だって言ってるだけだ。」

「だからそれ、私に言ってるんでしょう?」

「僕はずーっと暇だったんだ。君が学校へ行くようになってから、日中家にママと2人きりなんだぞ。」

「赤ひげが居るじゃない。」

「人間が居ない!赤ひげは投げたボールをただ取ってくるだけだ!」

「そんな言い方ひどい!赤ひげは賢くていい子よ!」

「知ってる!」


私の枕をベッドに叩きつけながらシャーロックが起き上がった。
シャーロックは私やマイクロフトに関しては辛辣な言葉を色々言うが、赤ひげについて悪口を言う事は決してなかった。
この時はよほどの鬱憤が溜まっていたものと思われる。

仕方ないなあ、と一つ溜息を吐く。
私がプライマリースクールに進学してから、シャーロックが少し幼くなることがある。
クラスメイトが大人っぽいからそう見えるという訳ではない。
マイクロフトとそう歳が変わらないんじゃないかと思える位大人びていた彼が、最近、急に駄々をこねたり、ふて腐れたり、幼稚な要求をすることがたまにあるのだ。
それを踏まえたとしても、彼は私のクラスメイト達の何倍も大人なのだが……。


「シャーロック。」


少しお姉さんぶった声で彼の名を呼ぶ。


「少し落ち着いて?ジュース飲む。」

「ありがとう、紅茶が良い。」

「……。」


私はジュースを勧めたのだが。
しかしここで何か言うと、また拗ねはじめると思い、黙ってキッチンに立った。
踏み台をシンクの前に移動させて、ケトルに水を注ぐ。
また踏み台を移動させて、そのケトルをコンロに乗せた。
少し緊張しながらコンロに火を点ける。ママは私が一人で火を使う事をあまり良く思っていないのだ。
だから普段一人の時は殆ど全て電子レンジで温める。スープもミルクも紅茶のお湯もだ。
でも、シャーロックはあれでも一応お客さんなのでちゃんと火で沸かす。
その間に自分用に冷たいミルクをグラスに注いだ。
マグカップに沸いたお湯を入れ、ティーバッグを浸して色が付いた所で取り出し、砂糖を2杯。
ティースプーンでくるくると砂糖を溶かし混ぜ、ベッドルームのシャーロックに持って行った。


「はい、どうぞ。」

「ThankYou」


口角を一瞬吊り上げてお礼を言ったシャーロックは、すぐに無表情に顔が戻った。


「ティーバッグだ。」

「文句があるなら飲まないで。」

「……薄い。」

「……。」


彼の独り言のような文句に反応することをやめ、先程まで座っていた椅子に腰かけた。
シャーロックはベッドの上で薄いはずの紅茶を啜っている。


「今日はなにしてたの?」


しばらくの沈黙を破ったのは私だった。
シャーロックは手元を回し、琥珀色の液体を揺らす。


「標本にする蝶を採っていた。」

「ふうん。赤ひげと?」

「……そう。」

「ふうん。」


そしてまた、しばらくの沈黙が流れる。
次にその沈黙を破ったのは彼だった。


「君のママは、まだ毎日帰って来るの?」


彼の問い掛けに、思わず顔を上げ紅茶のマグを回し続けるシャーロックの顔を凝視した。


「……かえって、きてるけど。」

「そう。」

「……まだって、何?」


シャーロックが、ズズズと紅茶を啜り、顔を顰めた。


「なんでもない。……アー、言い間違えた。」

「でも今、まだって言った。」

「間違ったんだ。」


彼は私に目を合わせないまま、マグカップをサイドテーブルに置き、ベッドにゴロリと横になった。
彼の言い回しに胸にもやもやと渦巻くものを抱えながら、それ以上聞くことは出来なかった。


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