6-3
「じゃ、おじさん、ありがとう。」
「着替えたらすぐにうちに来なさい。子供は一人で居たらいけないんだから。」
「分かってる!」
「ならいい。あとでね。」
我が家の前に到着し、運転席のミスターホームズにハグをして車から降りる。
彼はそのまま車庫入れをしに2軒隣に向かった。
ホームズ家の車を見送って、玄関に向かう。
チェーンでカバンに繋がっている鍵を取り出し、玄関の鍵穴に差す。
鍵を回すが、ガチャンという期待した手ごたえを得ることは出来なかった。
不思議に思って鍵を抜き、扉のノブを回し押すと、簡単に扉が開いた。
朝、出かける時は確実に鍵を掛けた事を覚えている。
つまり、誰かが開けて中に居るという事だ。
この時の私は泥棒なんかより、ママが帰っているのかもしれないと思いつき、大急ぎで部屋の中に飛び込んだ。
「やあ。」
リビングのソファーに我が物顔で座っていたのは、我が幼馴染、ウィリアム・シャーロック・スコット・ホームズだった。
ママが居ると思って入ったのに、そこに居たのはシャーロックで、何故か裏切られた気持ちでいっぱいになった。
「Hi、ウィリアム。」
「その名で呼ぶな。シャーロックだ。」
しかも、今日はシャーロックと喧嘩をしてから三日目で、昨日と一昨日は一言も口を利いていないのだ。
私はまだ少し怒っていた。
「シャーロック・ホームズ、なんであなたがうちのリビングに居るの?玄関には鍵が掛かっていたでしょ。」
「マスターキーの場所を推理するのは簡単だった。アプローチの小人の置物の下はやめた方が良い。ありがちだから。」
「……そうする。」
じっとりと半目で睨み付けながら、彼の言う事を肯定する。
今まさに家宅侵入しているその人が言うのだから間違いないだろう。
彼が居なくなったら速やかに鍵の場所を変えようと心に決めた。
「ところで何の用?私着替えたらホームズ家に行かなきゃいけないの。おじさんと約束してるから。」
「そうか、僕に構わず行くと良い。」
「良いわけないでしょ、ここはあなたの家じゃなくて私の家。」
「君だって僕んちに来てる。」
「留守の時に訪ねたりしないわ!あなただって遊びに来るなら私が帰ってからにして!」
「へえ、そうか。」
そうだ、まともにシャーロックと話そうとしちゃいけないんだった。
だって彼ったら、私達が喧嘩をしていたことなんてすっかり頭から抜け落ちているに違いないのだから。
彼は子供とは思えない程博識で、恐ろしいほど記憶力が良いが、興味の無い事について忘れるのも早い。
それでいちいち苛立っていては、こちらの身がもたないのだ。
もう彼の事は放っておいて、着替えてこようと自分の寝室に向かった。
ドアを開けて、ベッドの上に乗っている塊をみつけ、即座にリビングへ舞い戻った。
「ちょっと!なんで私のベッドに赤ひげが乗っているの?!」
「へえ、赤ひげが?あいつも器用になったもんだ。あれじゃないか、君が玄関を開けた時一緒に家に入り込んで自分でベッドルームへ。犬にしては上出来……」
「そんなわけないでしょっ!適当な嘘つかないで!」
「あーあーじゃあ、アレだ。赤ひげが二足で立って……」
「……私の部屋で何してたの?」
「なんの話だ?」
「恍けないで。あなただって赤ひげと私の部屋に居たんでしょ?私が帰って来た気配で慌てて自分だけリビングに来たんでしょう?寝室に赤ひげを忘れて。」
「なるほど。なかなかの名推理だ。君は私立探偵になれるんじゃないか?」
「茶化さないで。」
ようやく私が怒った顔をしているのに気付いた彼が口を噤み、腕を組んで仁王立ちしている私を上目遣いで見上げた。
「考えたんだ。」
「何を?」
小さくぽつりと零したシャーロックを仁王立ちのまま見下ろす。
まるで頭に角が生えたおばさんを前にしている時のように、彼は少し背を丸めて遠慮がちに口を開いた。
「昼間は君んち誰も居ないだろ?その間僕と赤ひげに……」
「No」
「まだ話し終わってない。」
「ダメ、ラボの話はこの間断ったでしょ。」
「わかった。ラボにはしない。ただリビングと、たまに眠くなったら君のベッドを貸してくれるだけでいい。実験道具を持ち込んだり、赤ひげ以外の生き物を持ち込んだりしない。頼むよ。」
珍しくしおらしいシャーロックの姿に、思わず組んでいた腕を解いて威圧的モードを解除してしまった。
シャーロックはもう一押しと言うように祈るように両手を合わせ「Please」と可愛い声を出す。
「それならあなたの家でいいじゃない。うちに来る必要ないでしょ。」
「エレナはパパも君もいない時のママを知らないんだ。“カモンシャーロック、お庭を見てごらんなさい。珍しい鳥が来ているわ。”“シャーロック、毛糸玉を作るの、手伝って。”“シャーロック棚の上のピクルスが取りたいの、踏み台を持ってきて頂戴。”“Ohシャーロック、カレンダーが先月のままだわ。”シャーロック、シャーロック、シャーロック、シャーローック!!!」
最初は高い声を出してミセスホームズの口調を真似していた彼だったが、徐々に早口になり、最後は苛立ったように声を荒げた。
そして、勢いよく肩の横で両手の平を天に向けた。
「ホームスクーリングってなんだ?!僕の読書や研究を阻害することか?!君やマイクロフトが居た頃はこんなんじゃなかった!!」
シャーロックは天才だ。その才能は彼が嘘を吐く時にも例外なく発揮される。
人を騙すときは、本当の事を織り交ぜながら話すことが基本だという。リアリティが出るのだそうだ。
その事を知っている大人になった私なら、こんな状況になっても「No」という事が出来るだろう。
彼の捨てられた子犬のような瞳を見ても、三文芝居だと切り捨てることだって出来る。
……しかし、子供の私では見抜くことなど出来なかった。
大人になった私なら、落ち着ける避難場所が欲しいだけじゃないってピンとくるのに、子供の私はすっかり彼に絆されてしまった。
「わかった。……いいわ。」
シャーロックの目がキラリと光る。
そして直後にぱっと笑顔を見せた。
「本当に?ああ!良かった、助かるよ!エレナ、君はなんていい子なんだ!愛してる!」
シャーロックは大げさに喜びを表現し、三十秒前と180度態度を一変させた。
つい今までソファーの上で背中を丸めて小さくなっていたのに、途端に背もたれに全身を沈めリラックスし始めた彼に、溜息を噛み殺しつつも、まあいいか。と数日前の喧嘩も含め、許してしまっていた。
急になりだした電話に、びくりと反応し、しまった、と時計を見上げる。
ミスターホームズの車を降りたのは何分前だったか。
慌てて電話に駆け寄り受話器を取る。
「Hello?」
相手はやはりミスターホームズだった。
「ああ、おじさん。ごめんね、遅くなって。今シャーロックが来てて……うん。こっちに来てる。ううん、問題はないの。大丈夫。え?えーっと……お茶を飲んでいたの。そう、2人で。赤ひげ?ああうん、居るわ。オーケーそうね、分かってる。この一杯を飲んだらシャーロックとすぐに行く。はい。わかりました。……see ya.」
受話器を置きながら、優雅にソファーに腰掛けるシャーロックに恨めしげな視線を送る。
彼は軽く肩を竦ませ、首を傾げた。
「お茶ならティーバッグは止してくれ。」
「淹れないわよ、紅茶なんて。私が着替えたらすぐにホームズさんちに行くからね。」
「行けばいい。僕はあとで、」
「電話聞いてた?一緒に行くの!……赤ひげ、ここから出なさい!シャーロックの所へ行って、ほら早く!」
シャーロックがまだ何か言っているのを背中で聞きながら今度こそ着替えるために部屋に入った。
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