6-4




次の日も、学校から帰るとシャーロックは我が家に居た。
マスターキーの隠し場所も念入りに考えて変えたのだが、彼にとっては些細な変化だったに違いない。

やっぱり鍵が開いていた玄関扉を開くと、マスタールームから赤ひげが飛び出してきた。
尻尾をくるくると振り回し、私との再会の喜びを体中で表現する赤ひげに笑顔を向けて数回撫でてから、扉の開いているマスタールームへ向かう。


「シャーロック。」


ベッドの下を覗きこんでいたシャーロックがバネでも仕込まれた玩具のように跳ね上がった。
素早く私を振り返り、ワザとらしい笑みを浮かべる。


「Hi、エレナ!今日は帰りが思ったより早かったね!そうだ、お茶でもどう?僕が淹れてあげるよ。」

「ここで何してるの?」

「君は砂糖は要らないんだっけ?ミルクは?」


口角をこれでもかと引き上げて口の形がVの字になっている笑顔を睨み付ける。
私の視線と見つめあっているうちに、彼の口端がゆるゆると下がってきた。


「ねえ、シャーロック、ママのベッドルームで何してるの?」

「あー、いや?何も?あ!赤ひげとかくれんぼを!ベッドの下に!そう!」

「……シャーロック。」


流石にそんな嘘は通用しないと、ゆっくり首を振る。
彼も観念したように、肩で大きく息を吐いた。


「昨日、帰って来ただろ?君のママ。」

「うん。帰って来た。」

「気にならないか?ママの恋人。」


なんと余計な事を!
悪戯っぽい目を私に向けるシャーロックを前に頭を抱えそうになった。
彼は、ママが持ち帰って来た僅かなヒントを元に、見た事もない人間の人物像を当てるゲームをしているだけなのだ。きっと。
怒鳴りつけたい気持ちをなんとか抑えるが、自分の目が座っていくのを自覚せざるを得ない。
ふう。とひとつ大きく息を吐いた。


「それで、成果は?」

「ああ。あった。」


シャーロックが満足そうな笑顔を見せ、私の横を通り過ぎて行った。
慌てて追いかけると、彼はキッチンに入り、勝手知ったる様子でケトルをコンロに掛け、カップボードからティーポットと紅茶のティーキャディーを取り出した。


「それで?エレナ、ミルクは?」

「え?本当に淹れてくれるの?」

「そう言っただろ?ミルクは?」

「……入れて。」


さっきのは誤魔化すために口先から飛び出した嘘かと思っていたら、本当に紅茶を淹れてくれるつもりだったらしい。
しかも、私が使うティーバッグではなく、ママしか使わないティーキャディーに入った茶葉をちゃんと見つけ出していた。
ティーキャディーの蓋を空け、すう、と大きく吸い込んで香りを嗅ぎ、ティースプーンでポットに茶葉を移し始めた。

私が居ない間に家に入ったシャーロックが飄々とお茶を淹れている様子がどうしても腑に落ちず、沸々とした苛立ちがあったが、とりあえず着替えてこようとその場から離れた。
自分の部屋の扉に手を掛けた時点で「まさかこの間に逃げたりしないよな?」とキッチンを振り返るが、彼が今逃げた所でどうせホームズ家に行けば居るんだから、と思い、部屋の扉を開けた。

−−

シャーロックの淹れた紅茶をリビングのソファーに座ってゆっくり飲み下す。

私が着替えている間に彼は逃げることはせず、どうやらママの事を勝手に調べるのは、私に対して悪い事だとは然程思っていないらしい。

相手がシャーロックじゃなかったら、その時点ですぐさま家から追い出したいくらいにムカつくのだが、彼が相手だと“シャーロックだから仕方ない”というのが先に来るのである程度なら冷静でいられるのだ。
しかし、聞くべきことは聞いておきたい。


「それで、成果報告は?」


味わうようにご機嫌な顔で紅茶を飲んでいたシャーロックが、顔を上げて意外そうな顔をした。


「聞きたいのか?本当に?」

「……そんなの。」


紅茶をカップボードに置き、膝の上で拳を握った。


「そんなの、知りたくないよ。でも、シャーロックは分かったんでしょ?私のママの彼氏の事なのに、私が知らないでシャーロックが知ってるなんておかしい。」

「そうか。」


なるほど、と頷いた彼は、首だけでなく、体ごと私を向いた。


「赤毛の癖毛だ。身長は6フィート弱。喫煙はしない。君のママと同じ職場だ。年齢は30代前半。あと、……以上だ。」

「言いかけてやめないで。」

「あと、子供がひとり。」

「What?!」


今、紅茶を口に含んでいなくて本当に良かった。
コメディよろしく紅茶を水鉄砲のように吹き出していたに違いない。


「子供って……私じゃなくて?」

「君はブロンドだろ?君のママも。」

「赤毛?」

「Yes。」

「それは、ママの彼氏のものじゃないの?だって、きっと子供嫌いだろうって言ってたじゃない!」


淡々としていたシャーロックが一瞬だけ気分を害したように目を細める。
私だって彼の言葉を信じて無くて否定したわけじゃない。
彼が自信のある正しい推理しか口にしない事なんて、誰より分かってる。


「子供嫌いってのは、状況だけで推測しただけだ。物的証拠がでれば推測が覆されても仕方がない。
それにエレナ、君は知らないだろうけどね。子供と大人の髪はずいぶん違うんだよ。髪だけでなく、他の事も踏まえて考えると……おそらく3・4歳と言った所だ。」

「……ママの子ではないのね?」

「君のママがここ数年で妊婦だった事はあるか?」

「……なかった。」


シャーロックが呆れた顔をした。
よく考えてみれば、どんなにママと触れ合う機会の少ない私だってママのお腹に赤ちゃんが居れば流石に気づく。
でも、そんなことにすぐ気付かない位私は動揺していた。


「じゃあ、じゃあ……、ママは、余所で他の子のママをしているってこと?」


シャーロックは、何も答えなかった。
首を縦にも横にも振らず、表情も変えず、ただ、一口紅茶を飲んだだけだった。
わなわなと震えはじめる私を抱き寄せることもせず、次に発した言葉は「そういえば暦って興味深いと思わないか?知ってる?まず暦の始まりはエジプトからなんだけど……」
……そんなマニアックな事全然興味ない。
カレンダーなんか、キッチンに一枚貼ってあればいい。平日と休日を間違わなければそれでいい。

私の頭の中は、もっと大事な事で一杯だった。

たった二人きりの家族であるママに裏切られたら、私は一体何を信じればいいの?


シャーロックが暦についてマシンガントークを繰り広げる中、私は、静かに打ちのめされていた。


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