7-3




沈黙を破ったのは電話の音だった。
ああ、ホームズ夫妻のどちらかだと思い、電話に向かった。
外はすっかり暗いし、いつもの夕食の時間なんてとっくに過ぎているからきっと心配して掛けて来たんだろう、と。


「Hello?」

「ああ、エレナ?」


受話器から聞こえてきたのは、ミセスホームズでも、ミスターホームズでも無かった。
いや、ミスターホームズである事には違いないんだけど、私が思っているあのおじさんではない。
それよりもっと嬉しい人。


「マイクロフト?!」


シャーロックが大変な時だと言うのに、少し浮付いた声を出してしまい、すぐさま反省する。


「エレナ、まだ君がうちに来ないって事は、シャーロックはそこに居るね?」

「……うん。」


やあ久しぶりも、最近どうだい?も無く、すぐさま用件のみを告げてくるあたり相変わらずの彼らしい。
彼の問いに頷いてから、はっと気づいた。


「うちに……って、マイクロフト、帰ってきてるの?なんで?まだクリスマスじゃないのに!」

「シー、シー、エレナ、黙って。OK、いいから、そこに居て。そのままシャーロックに付いていて。」

「うん。わかった、けど。」

「すぐそっちに行く。」


マイクロフトは、自分の言いたい事だけを告げて電話を切った。
ツーツーと電子音だけ残された受話器を置き、シャーロックを振り向いた。
ぐるぐる巻きの隙間から、くるりとカールした前髪だけが見える。
私が電話でマイクロフトの名前を出していても、彼が反応し動いた様子はなかった。


「……シャーロック?」


声を掛けても、びくともせず、ブランケットの隙間からシクシクと涙で乱れた呼吸音が聞こえるだけだった。
ぐるぐる巻きのブランケットの塊と化しているシャーロックの横に腰を下ろし、どうすればいいのか分からず途方に暮れる。
小刻みに震えるブランケットの塊の肩らしき部分に頭を乗せ、背中に腕を回した。

少しの時間そうしていると、ガチャガチャと玄関の錠がまわされる音がした。
マイクロフトだと顔を上げ、入口の方向に視線を向ける。
案の定、入って来たのは制服の紺のブレザーを着たマイクロフトと、……一人の大人だった。

マイクロフトと一緒に入って来た人は、決して年寄りではないけど、20代のようにも30代のようにも40代のようにも見える年齢不詳な人だった。
スーツのジャケットは着ていなかったけど、グレーのスラックスと、白いシャツにタイを絞め、黒のベストの上に上質そうなコートを着ていた。
ひどく無表情で、愛想のかけらもなく、今まで出会ったどの大人とも雰囲気が異なっていた。
その人は私を一瞥もせず、真っ直ぐにシャーロックに近寄り、マイクロフトに目配せをした。
その目配せを合図のように、マイクロフトは私の手を取り、立たせるように優しく引っ張った。


「エレナは私とこちらへおいで。」


口元に優しく微笑みを湛え、私を見下ろすマイクロフトの目は一切笑っておらず、少しの怖さを感じた。


「……え、でも。」


マイクロフトに促されるようにゆっくり立ち上がりながらブランケットの塊のシャーロックを振り返る。
その瞬間、ブランケットの重なりからにょっと細い腕が突きだし、私の手首を掴んだ。


「いやだ……エレナ、ここに居て。」

「……シャーロック。」


ブランケットの隙間からキラリと光る瞳を向けるシャーロックの腕を、私の手から振りほどいたのは、マイクロフトだった。
シャーロックの手が再び私の手首を捕まえる前に、彼は私をソファーから引き離す。


「いやだ!No!放せ!エレナ!お願いだ!僕を置いて行かないで!」


ぐいぐいと強くマイクロフトに引っ張られながら、シャーロックを見ると、彼はパニックを起こしたようにじたばたと暴れていた。
マイクロフトと一緒に来た大人が暴れるシャーロックを抑え込んでいる。


「エレナ!エレナ!」


悲鳴のように私の名を呼ぶシャーロックに今すぐ駆け寄りたい。
強く腕を引くマイクロフトに抵抗を示すように、腕を引き返すと、彼は少しだけ歩みを止めた。


「……マイクロフト。」


懇願するような私の瞳をマイクロフトは感情の籠らない顔で見下ろし、私の腕を抱え直した。
そして、迷いなく私の自室の扉を開けて、私を中へ放り込んだ。


「まって!マイクロフト!シャーロックが!」


いつの間にか、私の頬にも涙が流れていた。
マイクロフト自身も私と一緒に中へ入り、扉を閉める。


「エレナ!!」


バタンと扉が閉まる瞬間に耳に入ったのは、やはり悲鳴のようなシャーロックの声だった。


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