9-1
つまらなそうな顔をして階段の踊り場へやってきた私を見てジミーは薄く笑いながら筒型のケースを取り出した。
差し出されたケースから一つボール状のガムを取り出し口に放る。
ジミーの口からぷう、と大きなフーセンが膨らんだ。
ストロベリー味のガムをもぐもぐと噛みながら彼の横に座る。
彼からはマイナスイオンでも出ているのだろうか。
なんだかやっとリラックスできた気がして、大きく息を吐きながら後ろの窓ガラスに背中を預けた。
学年が上がって、益々私はジミーと居る事が多くなった。
−−
どうやら私のクラスでは女の子達の間で何かのレッスンを受けることが流行っているらしく、皆次々と何かしらの習い事を始めるようになった。
スージーはバレエを始めたし、キャシーはピアノ、ジャッキーは子役の芸能事務所に入ったらしい。
皆が何か新しい事を始めるのは素直に羨ましいと思ったけど、じゃあ私は何がやりたいのかしらと考えても特に思いつかなかった。
発表会のチュチュの話しや、新しい先生が音大の素敵な若い男の人だとか、今売出し中のアイドルが出るCMのチョイ役オーディションの話だとか、最初は「へえ!」とか「素敵!」とか言いながら聞いていた話も、休み時間の度に繰り返されると3日で飽きた。
「聞いて!スイミングコーチがすっごくイケメンなの!!」
Jesus!!
なんとアビーまで流行の波に乗ったらしい。
心中苦笑しながら彼女に返す。
「へえ!イケメンって?誰に似てる?」
「誰?……うーん、そうねえー。リック・アストリーに少し似てるわ。」
アビーが私の質問に答えると、近くに居た女の子達が「キャア!」という歓声と共に私たちを取り囲んだ。
「うっそー!それって最高じゃない!」
「えー?リック・アストリーよ?彼、イケメン?」
「イケメンよ!キュートだわ!」
アビーが例えで上げた今流行の歌手の事であっという間に女の子達が盛り上がる。
背伸びをしたい私達くらいの年齢は、なんたってティーンっぽい話に憧れるのだ。
恋だとか愛だとかはまだよくわかんないけど、芸能人を含め、素敵な異性の話題はクラスメイトを惹きつけるのに鉄板なネタとなっていた。
いつの間にかリック・アストリーに似たスイミングコーチの話ではなく、リック・アストリー自身の話へと移行している。
「ネバゴナ、ギッビューアーップ!ネバゴナ、 レッチューダーン!」と彼の流行曲を誰かが歌いだし、何人かがそれに合わせて歌う。
お祖父さんがジャマイカ人だというエボニーがドラムのようにリズミカルに机を叩く。
お調子者の女の子達がMTVで見かける彼のPVのように踊りだした。
まるで即興のディスコだ。……いや、BGMの酷さからしてカラオケか。
皆に気付かれないようにそっと輪を抜け、教室から出ると一目散に階段へ走った。
−−
私の話を聞いたジミーが可笑しそうにくつくつ笑って私の頭を撫でた。
「never gonna give you up never gonna let you down〜」
「……ジミー。」
さっきまでクラス中に響き渡ってた歌を小さく歌うジミーに、貴方までやめて。とじっとり睨み付ける。
彼は私の視線に気付かない振りをして歌い続けた。
「never gonna run around and desert you」
「もう、いい。」
「ごめんごめん。」
ぷいとそっぽを向いた私の顔をジミーが笑顔で謝りながら覗きこんだ。
じっと視線だけ彼に向けて睨み付けると、彼はぷう、と大きくガムを膨らませた。
どんどん大きく膨らむフーセンガムに驚いているとパシャッと弾けるように割れ、彼の顔面に割れたガムが張り付いた。
「うえー。失敗した。」
ジミーが顔を歪めて、鼻や目の下に薄く張り付いたガムを剥がしながら口に戻す。
しばらく無言でその様子を眺めていたが、ついに堪えきれなくなった。
「……ぷっ。」
「笑うなよ。」
「だって……あはは!馬鹿みたい!」
「言ったな!」
笑う私の米神をジミーが拳で軽く小突いた。
それでも笑い続けていると、彼も釣られるように笑い始めた。
「あなたって、カッコいいって評判なのに、たまにすっごく子供みたいな事するんだから。」
「へえ?そうなの?僕カッコいいって?」
「そうよ。」
身を乗り出して聞いてくる彼に、頷いて見せた。
勉強が出来る。スポーツが出来る。女の子に優しい。こんな三拍子揃ってる男の子を女の子達が放って置くわけがなかった。
勉強やスポーツはともかく、気恥ずかしいのかなかなか紳士的になれない男の子が多い中で、小さな頃から私と過ごしていたからか、彼は女の子に優しくすることに抵抗を見せることはなかった。
学年が上がるにつれ、ませた女の子達に何度ジミーとの関係を聞かれたか知れない。
関係って……友人意外に何があるというのだ。どう見ても血の繋がりは一切感じられないだろうに。
男女の色恋沙汰なんか自分とは違う世界の話だと思っていた私は、この手の質問の意図が図りきれず、その都度困惑した。
彼の学年でも私の学年でも彼の人気は物凄い。
さっきの私のクラスでも、彼の名前を一言でも出したらあっという間にジミー・モリアーティーが話題を掻っ攫ってしまった事だろう。
この学校ではリック・アストリーでさえ、ジミー・モリアーティーの足元にも及ばないのだ。
「よし、エリー、どっちが大きく膨らますか競争しよう。」
ガムを小さなフーセンにしてジミーが提案する。
私は笑いを引き摺りながら首を横に振った。
「えー?競争?さっきみたいに割れたら嫌だわ。」
「だから、割れないギリギリまで膨らませるんだよ。いい?」
提案したゲーム内容の下らなさと、彼の真剣な表情のギャップが益々笑いを誘う。
ひくひくと腹筋を震わせながら、私は彼の誘いに乗った。
「……OK。」
「よし、1、2、3」
彼が再度フーセンを膨らまし始めるのに数瞬遅れて私もガムに空気を送る。
どんどん大きくなる二つのフーセンを寄り目になりながら見つめる。
パシッと軽い破裂音がして、またジミーの顔にフーセンが張り付いた。
再び渋い顔をしながら頬のガムを剥がす彼に、お腹がよじれる程笑う。
どんなにくだらない事でも、彼と二人なら楽しかったのだ。
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