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それから、私は夏休みに入っても、どこかぼんやりしていた。
当然である。
だって、ファーストキスをしてしまったのだ。
ファーストキスっていうのは、女の子達皆の憧れで、ティーンズ雑誌見てキャーなんて夢見ているアレだ。
10歳じゃ済ませている子はもちろん多くなく、たまにキャンプなんかで知り合った男の子と済ませちゃったオマセな子は「内緒よ」なんて言いながら自ら言いふらし、得意気に鼻を膨らませ、数日は大スターになれるのだ。
そんな、そんな、ちょっとすごい事をしてしまったのだ。私は。
しかも、女の子達に大人気の、あのジミー・モリアーティとだ。
もちろん、この事はアビーにもシャーロックにも秘密だ。
夏休み前の最後の日も、私に会いに来てくれて最後にハグを交わしたジミーの事を思い返す。
きゅうと胸が苦しくなって、顔が熱くなった気がした。
ジミーとキスをしたあの日、彼が私をスペシャルだと言ってくれているのは、私が友達として一番だと言っているのだと思っていた。
でも、あのキスだ。
もしかして、私達は初めての恋をしたのかもしれない。
本やドラマでしか見た事のない恋愛が目の前に迫った事実にドキドキする。
恋だなんてどうしよう、と高鳴る胸を抑え、……でも、もうジミーには会えないのよね。と切ない胸を抑え落ち込む。
そんな日々を過ごしていた。
「……シャーロック、暑いわ。」
「僕は平気だ。」
頬杖をついてぼうっと宙を見上げ、ジミーを想う私の隣には、くっつくように座って小難しい哲学書を読む男の子が居る。
ジミーとのキスを思い出して頬が少々赤くなった事を差し引いても、これは暑い。暑すぎる。
シャーロックが日中私にくっつきすぎなのだ。
「あなたは平気でも、私は暑いの。……なあに?これも何かの実験?」
シャーロックが、驚いたように目を見開いてまじまじと私を見た。
「君が僕と離れたくないって言ったんだろ?」
「私が?そんな事言ったかしら。」
心外だと言うように彼は眉を上げ、バタンと音を立ててハードカバーの本を閉じた。
「言った。泣いて寂しいって言ったのは君だ。だから僕が、こんなに気を使って傍に居るのに。」
今度は目を見開くのは私の番だった。
「そういう意味で言ったんじゃないわ。……それに泣いてない!」
えっと……たぶん、泣いてなかったと思うのだがどうだっただろうか。
泣き虫は自覚するところなので、最後は少し自信なく主張した。
シャーロックは、面くらった様な顔で私の主張を聞いていたが、私が言い終わると無表情のまま数秒首を傾げ、そして本を持って立ち上がった。
「それは、悪かった。僕は他の場所へ行くよ。」
「えっ!別に同じ部屋に居ても良いのよ。過剰にくっついていなければ。」
無表情だったシャーロックが眉を寄せ、ついに不快感を露わにした。
「なんなんだ?離れろと言ったり、此処に居ろ言ったり。大体最近の君は変だ。ずーっとぼんやりして、話しかけても反応がない。かと思ったら、急に胸を抑えて辛そうにしたり、微笑んでみたり、心神性の病気か?」
全くどうなっているんだ?と両手を広げて問いかけてくるシャーロックに、う、と言葉を詰まらせた。
「病気、ではない。……でも、色々あったの。考えることが。」
「ママの事か?」
低い声での問いかけに、そうではないと首を振る。
「宿題の事?」
いいえ、と首を振る。
じゃあ、なんだと促す彼に尚も首を振り続ける。
「シャーロックも、学校に行ったら色々あるでしょうから、きっとそのうちわかるわ。」
静かに呟いた私の言葉に、シャーロックがショックを受けたように固まった。
「君もそのうち分かる。」「君もいつか分かるようになればいいな。」
それは、いつも私がシャーロックに言われていた言葉だったから。
私の言葉はジミーとの大事な思い出を軽々しく誰かに話してしまいたくなかっただけだけど、それでもきっと、シャーロックの自尊心を傷つけてしまったのだろうと思う。
そっと眉を顰めた彼は、何も言わずにくるりと背を向け、部屋を出て行った。
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