11-2
「ちょっとまって、シャーロック。本当にこの道で合ってるの?」
「ロンドンの地図は全て頭の中に入ってる。」
長い足を大股に開いて歩くシャーロックの少し後ろを小走りで付いて行く。
袖を肘の少し下まで捲った白いシャツと、細めの黒いパンツ姿のシャーロックは、街ゆく人の誰よりも涼しそうな顔をしている。
私は白とショッキングピンクのタンクトップを重ね着し、ボトムは短く切ったデニムのスカート。
相変わらず、チアリーダーの休日ファッションだ。
太めのパンツスタイルが流行っている昨今で、シャーロックの細めのパンツは全然流行を追っていなかったけど、その不変な感じがすごくシャーロックらしくて私は彼のスタイルが好きだった。
「ねえまって!」
遂に、裾から覗く彼の白い手首を掴んで立ち止まった。
これ以上小走りで進み続けるのは限界だった。
「シャーロック……歩くの早いよ。」
はあはあと肩で息を整えながら、ようやく立ち止まって振り返ったシャーロックを睨み付けた。
顔が熱く火照り、額や首元に汗が伝うのを感じる。
髪をポニーテールに結ってきて良かった。
これで首回りに髪の毛があったら、汗にまみれてこれ以上に見苦しい有様になっていただろう。
やれやれといった感じで、先程よりペースを落として歩き始めたシャーロックに、ほっとする。
彼はロンドンの地図をまるっきり頭の中に入れて来たかもしれないが、私はバス停からプールまでの道のりをぼんやりとしか調べてきていないのだ。
コンパスの長さの違いは承知しているが、置いて行かれてしまっては困る。
それに折角のロンドンなのだがら周りの景色くらい見て歩きたいじゃないか。
「ねえ見て、シャーロック。あのお店素敵。」
「カウンターの花が造花だ。」
「あ、このレストラン、この間TVで紹介されてたお店よ。」
「パスタソースが缶詰だ。レストランじゃなくて缶詰メーカーを取材するべきだ。」
「……見た?今すれ違った人!モデルみたいに背が高くて凄く綺麗だった!」
「男だ。」
バスの中からそうだったが、私が指さす先をチラッと見ては余計な観察眼を発揮するのは、もはや仕方ない事だ。
いつもなら「もう、シャーロックったら!」と怒るような事でも、今日はなんだか許せてしまう。
だって今日は大人抜きでロンドンへ来ているのだ。
今朝、玄関の外まで追いかけて来たホームズ夫妻に、・早く帰る・シャーロックから離れない・知らない人に付いて行かないなど、幼児みたいな約束を何度も交わして来たのだ。
もっと脚や腕を隠した大人しい恰好で行きなさい、という彼らを振り切って来たのだ。
これで期待が膨らまない方が無理というものだ。
「ねえ、シャーロック、プールの近くに美味しいアイスクリーム屋さんがあるんだって。」
「……。」
「聞いてる?」
「これからランチに行くんだろ?」
「そうだわ!ハードロックカフェ!」
「混んでるし煩い。絶対に嫌だ。」
「なんでよ!折角1号店があるのに!」
「君の音楽の趣味、どうにかしたほうがいいぞ。」
「シャーロックみたいにクラシックを聴くとか?」
シャーロックが横目でギロリと視線を寄越した。
この頃はファストフードの店も今ほど多くないし、アメリカン料理の店もそれほど多くなかった時代だ。
ロンドンに登場してから十年以上ずーっと流行っているというそのお店に行ってみたかった。
しかも飲食店なのにBGMがロックだというし!
「ねえ、シャーロックもハンバーガー食べたいでしょ?」
「今日は、その通りの角にあるケバブの店に行く。」
「その店に行くことは決まってたの?」
「最初から決まってる。」
ぷう、と頬を膨らませるがそれ以上駄々を捏ねるのはやめた。
一応連れてきてもらっている立場だし、ここでシャーロックに譲っておいたら、あわよくば後でアイスクリームに付き合ってもらえるかもしれない。
それに、ケバブサンドも嫌いじゃないし。
シャーロックの腕を捕まえてご機嫌に自分の腕を絡ませた。
バランスを崩したように一瞬シャーロックの肩が揺れるがすぐに持ち直したようにすっと背筋が伸ばされた。
「今度来た時は、絶対ハードロックカフェに行こうね!」
「じゃあ今度はマイクロフトに連れてきてもらうと良い。」
Oh 、そりゃあ、貴方以上に絶対に無理よ。
目をぐるりと回して、肩で大きく溜息を吐いた。
アビー、幼馴染とのロンドンデートはなかなか思うようにはいかないみたいだわ。
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