QT10-2
「マイクロフト!」
暖炉の上に掛けようとしていたクリスマスカラーのベルベットを放り出して、玄関扉へ駆け寄った。
金色のリボンを結んだポインセチアの鉢とボストンバッグを抱えて室内へ入ってきたマイクロフトは、私を見てほんの少し口角を上げた。
「まったく、毎年毎年こんな事で呼び出されて。この行事はいつまで続くことやら。」
「そんな事を言わないで。クリスマスくらいいいじゃない。」
やれやれ、と首を振りながら荷物を置き、ソファーの背凭れにマフラーや雪で濡れたコートを置くマイクロフトを咎める。
彼はまるでミセスホームズのような物言いをする私に苦笑を零し肩を竦めた。
「久しぶり。会えてうれしいわ、マイクロフト。お帰りなさい。」
黒いセーター姿になったノッポの彼に抱きつくと、彼は緩やかにハグを返した。
「ああ、ただいまエレナ。背が伸びたな。健やかに成長してくれて嬉しいよ。」
思わず、ぷっと吹き出して体を離した。
「そんな事、思ってもいないくせに。」
「もちろん本心だとも。私はいつも弟妹達のことを気に掛けているんだよ。特に君は小さいから。」
「最後の一言が余計だわ。でも全体的にはとっても良いお兄さんみたいで素敵な台詞ね。」
くすくすと笑いながら先程落とした布を拾う。
暖炉の上にベルベットを掛け、白樺細工のトナカイを飾った。
「シャーロックは?」
「一昨日から帰って来ているわよ。今は部屋じゃない?」
「そうか。パパは仕事から帰って来たのか?」
「うん。電飾の調子が悪かったから今慌てて買いに行ってるの。私はその間に出来るだけ飾って置こうと思って。マイクロフト宛のクリスマスカードもあったわよ。飾る?」
「いや、貰っていく。」
赤いキャンドルをホルダーに差し込みながら彼の問いに答える。
次に箱から出したのはヒイラギのガーランドだった。
ヒイラギの人工の葉や実が絡まないように紐を伸ばして手に持ち、部屋の中をぐるりと見渡した。
これを飾るのは……
「あの壁が良いわ。」
独り言のように呟き、踏み台代わりの椅子を持って来ようとすると、手からガーランドが取り上げられた。
「私が付けよう。どこらへん?」
「その額縁の端のあたりは?」
「……ここ?こっちの方がいいんじゃないか?」
「うん、じゃあそっち。そこからその枠のところまで。」
「こうだな。」
「うん。」
ほんの少しの背伸びだけで、いとも簡単に高い位置にガーランドを飾ったマイクロフトを感心して見上げた。
背が伸びたのはきっと彼も同じだ。大学生になっても身長って伸びるのね。
ホームズ兄弟に小さい小さいと言われるが、年が彼らより若い分、まだ自分にも伸びしろがあると希望が持てる。
「ありがとう、あとは大丈夫。きっとおばさんが貴方の帰りを楽しみにしてると思うからはやくキッチンへ行って。」
「……ああ。」
私の言葉にマイクロフトはこれから始まるミセスホームズの歓迎ぶりに思いめぐらし、小さく肩を竦めて目をぐるりと回した。
彼が想像している通り、今日は夕飯までマイクロフトはキッチンから出してもらえないだろう。
一昨日はシャーロックがそうだった。
普段会えない息子を傍に置いて色んな話を聞かせたいし、聞きたいのだ。
そして、ホームズ兄弟は面倒そうにしながらもそんな母を蔑ろにしない。
「そうだな、そうしよう。」
諦めたように溜息を吐いたマイクロフトは、一度置いたボストンバッグをもう一度持ち上げ、キッチンの扉へ向かった。
「ああ、そうだ。」
そして、首だけこちらへ振り返る。
「メリークリスマス、エレナ。」
まさかマイクロフトの口から飛び出るとは思わなかった言葉に慌てて彼に振り向くが、「きゃあ!マイク!」と上がったミセスホームズの声と共にパタンとキッチンの扉が閉まる所だった。
手に持っていたジングルベルの飾りがカラン、と音を立てた。
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