12-3
幼馴染はある日いきなり王子様みたいになったりしないし、ある日いきなり私を好きになったりなんかしないし、私をレディ扱いしたりしない。
それは、夢見がちなアビーに対して私が「現実ってそんなもんよ」と何度となく言ってきた事だ。
でも、アビー。それってきっと、毎日顔を合わせている幼馴染に限るわ。
少なくとも半年も顔を合わせない幼馴染は、ある日いきなり変わっちゃう事もある。
だって、シャーロックが、なんだか別の人みたいに見えたんだもの。
顔や声は同じはずなのに、急に大人みたいに見えたんだもの。
そんな事、今まで無かった。
*
「おばさん、私今日から向こうの家で寝るわ。」
夕食後、ミセスホームズと一緒にキッチンに立ちながら彼女に告げた。
向こうの家とは、当然私の家の事である。
シャーロックが学校へ行くために家を出てから、夫婦二人だけになったホームズ家が何となく寂しくて、私はシャーロックの部屋を自室のように使い生活していた。
ミセスホームズはクロスでお皿を拭く私に驚いた表情を向けた。
「まあ、エリー。もうシャーロックと一緒に寝なくていいの?あなた達あんなに仲良しだったじゃない。」
ミセスホームズには私とシャーロックは未だに6歳や7歳くらいの小さな子供に見えているのかもしれない。
「おばさんたら……。だってもう、シャーロックの部屋のベッドは並んで寝るには小さいわ。一緒に寝たりなんてしたら私、ベッドから落ちてしまう。」
「ああ!そうね。あなた達、成長期だもの。」
つんと唇を尖らせながら話す私に、ミセスホームズがくすくすと笑った。
「ゲストルームを使っても良いのよ。」
「そんなのいいわ。2軒先に私の部屋はちゃんとあるもの。」
「……そうね。じゃあ今日からそうしなさい。誰かに送らせる?」
「いいえ、一人で大丈夫。」
「暗いからお家まで気を付けて行くのよ。」
「はい。」
彼女の手伝いを終え、リビングに戻るとそこにはもうミスターホームズしか居なかった。
彼にお休みの挨拶を交わし、玄関を出る。
夜風がサラリと肌を冷やした。
お隣のブラウンさん家の門扉の前に辿り着いた時、シャーロックのバイオリンのテープを持ってくれば良かったと思いついた。
シャーロックの安眠グッズを何一つ持ってきていない事に気付き、少し心細くなった。
しかし、今から戻って持ってくるのも、なんだか面倒くさい。明日、昼間のうちに持ってきておくことにしよう。
とぼとぼと歩を進め、私の家が見えた所で思わず立ち止まった。
無人のはずの我が家に灯りが付いている。
庭に面したリビングの窓が開いていて、白いレースカーテンが風でふわりと舞うのが見えた。
口から零れそうになる溜息を噛み殺しながら、玄関へ向かう。
無意識に早足になっていた。
「シャーロック?来てるの?」
玄関扉を開けながら、部屋の奥へ向かって呼びかける。
「イエース?」
なんとものんびりと間延びした返事が返って来た。
リビングへ入ると、2人掛けのソファーの手すりからはみ出した足が見え、背もたれの上に手が伸びて此方へ向かってヒラヒラと振った。
ソファーに寝転がっている彼を覗き込む。
「うちに何か御用?」
「別に。」
覗きこむ私を見上げながら、彼は微睡を追うようなトロンとした顔で首を振った。
「じゃあ、早めに帰ってくれる?さっさと施錠をしてしまいたいの。」
私の言葉に、シャーロックが一瞬驚いたような表情を見せ、その後小さく眉を顰めた。
「今度は何に怒ってる?本当に君は怒りっぽいな。僕は帰って来てからまだ実験もしていないし、バイオリンだって弾いていない。君が怒る事は何もないはずだろ。」
「別に、怒ってなんかいないわ。」
「怒ってる!君の態度を見ていれば僕にだってそれ位わかる。」
「怒ってない!」
「じゃあ、なぜ、」
彼に背を向けた私の手首をシャーロックが掴み、反射的に振り払ってしまった。
指先に電流が走ったかのように振り払われた手をビクリと動かしたシャーロックが、体を起こす。
信じられない物を見るように私に振り払われた自分の手の平を眺め、強張った顔で私を見上げた。
「あ、……あ、違うの、シャーロック。そんなつもりじゃなかったの。」
「……。」
「あの、ただ、びっくり、して……。」
私を見上げるシャーロックと同じ位、私も自分に驚いていた。
未だ宙に浮かんでいる彼の手にゆっくりと触れた。
彼は僅かに怯えたような表情で私を見た。
彼の奥まで見通せるような青い瞳は、いくら体が大人に近づこうとも、私の知っているイノセントな透明さをもった瞳そのままだった。
必要以上に意識していた自分が情けなくて、理不尽な態度を取ってしまった彼に申し訳なくて、その瞳を視界から隠すように、彼の頭を自分の肩に乗せた。
耳元で彼が安心したようにほっと息を吐く。
シャーロックが本日帰省して8時間。
ようやく彼とハグを交わしたのだった。
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