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「科学部は元から入っていたんだけど、最近色々なクラブ活動を試しているんだ。ポロにサッカー、ジャパニーズジュージュツ知ってる?あれは非常に興味深い。フェンシングにあとカラテ。チェスは駄目だ。全員弱すぎてお話にならない。あれなら君とやる方がまだマシだ。あ、それに、クラブじゃないけど、選択科目で狩りにだって行った。」

「狩りに?!へえー、貴族みたい。」

「実際、同級生は爵位のある貴族生まればかりだ。」


私の学校では決して経験出来ないであろう授業にの驚きの声を上げると、彼は得意気な表情を浮かべた。


「馬に乗って犬を引き連れて、ウサギを狩るんだ。ポロをやった時も思ったけど、馬に触れるのはなかなか楽しい。」

「素敵ね。シャーロックの学校はクラブが盛んなのね。」

「全寮制だから、娯楽がすくないんだよ。色んなクラブを掛け持ちしている生徒も居るって先輩に聞いた。ああ、そうだ!あと、面白かったのがダンス。……見てて。」


立ち上がったシャーロックが、ソファーから離れテレビの前に立つ。
すっと爪先立ちをしたかと思うと、その場でくるくると二回転して見せた。


「あははは!すごいのね!」


最後に両手を広げてポーズを付けた彼に拍手を送る。
シャーロックにしては珍しくおどけた様に笑ってまたソファーに座った。

大きくなるまで学校へ行ったことが無かったシャーロック。
同級生と上手く付き合えないのは相変わらずのようだけど、こんな風に学校での様子を話して聞かせてくれるのは、彼が入学してから初めての事だった。


「座ってるのもなんだか疲れたな。ベッドに行こう。」


ひとしきり話した後、そう言って立ち上がった彼が、ごく自然に当然のようにママの部屋に入ったのには驚いた。
たしかにママの部屋のベッドはダブルサイズで、二人で寝るとするなら十分だろう。
でも、私は今日から一人で寝ようと思ってこっちの家に来たのだし、それに、私は掃除や空気の入れ替えの為に入ったりはするけどママの部屋を自室のように使ったことは一度も無かった。

遠慮なく部屋に入るシャーロックを、主寝室の入り口から眺める。
彼は全ての家具に掛けてある白い布を取り払い、電池が切れたままになっている置時計を持ち上げ、少し眺めてから元の場所にすぐ置いた。

彼が、突っ立ったまま部屋に足を踏み入れない私を不思議そうに振り返る。


「……ここで寝るの?」

「Yes」

「……ここ、ママの部屋だよ。」

「Yes」

「私、ママの部屋で寝た事ないの。」

「Uh-huh、それで?」


何でもないように飄々と返すシャーロック。
口を噤んでしまった私に、彼は不思議そうに首を傾げた。


「今更、君が勝手にこの部屋を使って、君のママが怒ると思う?」

「思わない、けど。」

「この部屋どころか、この家全部君が自由に使っていいんだ。昔も、今も、これからも。」

「……そうだけど。」


歯切れの悪い私に、シャーロックは目を細めて呆れた顔をした。
私がまだママに囚われていると思っているのだろう。
確かにこの家に居ると、いつでもずっとママの帰りを待っていた頃の自分を嫌でも思い出してしまう。
でも、今ママの部屋に入り渋っている理由はそれだけではない。

12歳の私は、恋人や夫婦になった男女が他人の目に触れないところで何をするのか知識としてもう知っていた。
もちろん、それが恋人や夫婦という間柄じゃなくても、成熟した男性と女性であれば行える行為だという事も分かっていた。
私は一人っ子のようなものだからぼんやり知ってる程度でまだマシな方だ。
同級生の中でティーンズのお姉さんが居る子なんかは、頭でっかちになり過ぎて倒れてしまうのではと心配になるくらいの性知識を持っていた。

どうまかり間違ってもシャーロックとそういう関係を持つとは思えなかったけど、もう自分とシャーロックが子供とは言えない年だという事は自覚していた。
ホームズ夫妻が、何歳になっても私たち二人が当たり前のように寝床を共にするのを止めない事の方が不思議だと思っていた。


「で、部屋に入るのか入らないのかどっち?」


シャーロックが苛立った声を出す。
その声に追い立てられるように、私はママの部屋の中に足を踏み入れた。

シャーロックはベッドに近づいた私の手を引き、ベッドスプレッドの上に座らせる。
そして、電池の切れた時計をもう一度持ち上げて見せた。


「時計が動かない。」

「うん。」

「明日はうんと寝坊をしよう。」


そう言って私が座る反対側のスプリングに腰を掛けた彼の瞳はわくわくしているように見えた。


「そうだ。トランプをする?君の部屋にあったよね。」

「トランプ?」

「ジェンガでもいいよ。」

「ベッドの上で?!」


不安定なスプリングの上でやるゲームじゃないだろうと私が声を上げると、彼は「スリリングだろ。」と笑った。


「wow!この部屋にはビデオデッキがあるじゃないか!これは良い。今後は僕の家のリビングじゃなくてもビデオが見られる。デッキがあるなら、何処かにビデオテープも……あった。」


そして、ママの部屋を見渡し、勝手に彼方此方の棚を開ける。
数本出てきた映画のVHSテープを私の目の前に広げた。


「007、赤い影、ローマの休日、……ラインナップが古いな。あと、アラビアのロレンス。」

「007かローマの休日が良い。」

「じゃあ、一択だ。」


シャーロックが、古い007のビデオテープをビデオデッキに入れた。
部屋の電気を消すと、暗闇の中アクロバティックなジェームズ・ボンドを映し出す画面が浮かび上がった。

シャーロックが居る時でも一人で寝るのだという私の決意は、シャーロックによって破られた。
結局、私たちは部屋を変えただけで、今まで通り寄り添って眠ることとなったし、結局私は睡魔に勝てず007のラストを観ることが出来なかった。

カーテンの隙間から入る鋭い日差しに負けて嫌々目を覚ますと、横を向いて寝る私の脇腹には、筋肉が増えて太さと重みを増したシャーロックの腕が乗っていた。
気づかぬ間に子供特有の柔らかさがなくなった彼の手の甲にドキリと胸が鳴り、同時にモヤモヤと胃のあたりに複雑な感情が渦巻いた。
しかし、その手の主を起こそうとすると、その寝起きの悪さや寝ぼけ方は子供のころからちっとも変わらなくて、私は8歳の彼にしていたように、目覚めの小さなキスをその高い頬骨に贈るのだった。

その日の夜も、シャーロックは私と共にこの家へ来た。
彼の手によって、ママの部屋のリネンに例の香水が振りまかれたし、私が眠りの尻尾を掴むまでぼんやり本の活字を追っている横で、好き勝手に聞いたこともない曲をバイオリンで弾いていた。

次の日も、またその次も、数か月後の冬休みも、彼は夕食後私と一緒にこの家へ来て、ママの部屋で二人で眠った。
初めこそ、今日みたいにモヤモヤとしながら目覚めることが多かったけど、それもそのうち慣れた。
ママの部屋だった主寝室も、私が過ごすようになると徐々にママらしいものは排除されていき、私のものが増えた。
クローゼットの中のチェストの一番下の引き出しには、シャーロックのガウンや下着や着替えなどが当たり前のように入れられるようになった。








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