14-1




「ね、エレナ。金曜の夜、空いてる?」


ロッカーを開けて、今終った授業のテキストやノートを仕舞いこんでいると、少し離れたロッカーの扉の影からアビーが声を掛けた。

彼女は次の授業の準備より、いかに手持ちのリップクリームで唇をぽってりセクシーに見せるかという事の方が重要のようで、私に話し掛けながらも彼女の視線はロッカーの扉の内側に掛けられた鏡から離れることは無い。


「金曜?まあ、空いてるけど。何?」


宙を仰いでスケジュールを思い出しながら答えると、ようやく彼女は鏡からこちらにその大きな瞳を向けた。
そして、悪戯っ子のような光を瞳に滲ませ、口端をきゅっと釣り上げる。


「パブに行きましょうよ!」

「えっ!!」


彼女の大胆な提案に思わず声を上げた。
そして、慌てて自分のロッカーを閉め、アビーの近くによって小声で咎める。


「私達まだ14よ!」

「もちろん知ってるわ。パブに行っていいのは16歳以上っていうのもね。」


私の言葉などどこ吹く風、アビーは口笛でも吹きそうな顔でまた鏡とのにらめっこを始めた。


「じゃあ……だめよ!やめた方がいいわ!」


アビーは物わかりの悪い子供の我儘を前にしたミセスホームズみたいに、大きく肩で息を吐いて、困ったような笑みを浮かべた。


「エレナ、私達あとたった2年で16よ。考えてみて。30歳と32歳。44歳と46歳。78歳と80歳。……ね?2歳なんて誤差よ誤差。飛び切りお洒落をして、メイクをして、ヒールを履いて行くの。楽しそうじゃない?」


彼女はハナから私が断るなど毛頭思っていないのか、話しながら心をパブに飛ばして浮き浮きしている。
「でも……。」と私が歯切れ悪く言い淀むと、アビーは不思議そうな顔を向けた。


「でも私、家でパンチを飲むくらいしかお酒なんて飲んだことないし……。」


家庭によっては子供も日常的にワインやビールを飲んだりするだろうが、ホームズ家は違う。
子供がアルコールを口にするのは、クリスマスや誰かの誕生日に、ミセスホームズの特製パンチを飲むくらいだった。
とっても甘くて子供も大好きな味が特徴だ。
不安を口に出すと、アビーは「なあんだ、そんな事」と楽しげに笑う。


「十分よ。それにパブはお酒だけじゃないわ。ビールが飲めないんならサイダーでも飲んでいればいいじゃない。」

「そうかなあ。」

「そうよ!!」


やっと鏡から目を外し次の授業の荷物を持ったアビーは、ロッカーを勢い良く閉め、私の肩を組んだ。


「エレナは可愛いんだから、もっとお洒落して外に出なきゃだめ!あなたがロック好きって学校のどれくらいの人が知ってる?もっと皆に言ったらいいわ。あの秀才で物静かでお淑やかな生真面目ノールズが、まさかシドアンドナンシーの映画を観てから大昔のバンドに夢中だなんて!そのギャップ!たちまちモテるわよ?」

「そんなわけないでしょ。それに大昔って……。私の持ってるセックスピストルズのアルバムは精々私たちが生まれる少し前のものよ。」

「十分“大昔”だわ!」

「それにピストルズは映画の後しばらく聴いたくらいで流石に最近は聴いてないし。」

「ピストルズは例えよ。今何を聴いてるかなんて関係ないの。」


アビーは、通りすがるロッカーの一つを指さす。
学年も違う知らない男の子のロッカーだ。扉にニルヴァーナのステッカーが貼ってあった。


「せっかく男の子たちとの共通の話題を持っているのに生かさないのはもったいないって言ってるのよ。ガリ勉キャラも良いけど、青春は一回きりよ。うちのママがいつも言ってるわ。」


小さい頃は私よりずっと子供らしいアビーだったが、成長するにつれて彼女は私よりもうんと早く背も伸びたし、胸もお尻も大きくなった。
私がシャーロックと超難関のクロスワードパズルの本に夢中になっている間に、彼女は流行のメイクを習得していたし、私がマイクロフトに煩がられながらロンドンに連れてってと駄々を捏ねている間に、彼女は自慢の美人のママとセルフリッジズに行き、イケてるワンピースを買ってもらっていた。

気づくといつの間にか追い越されている。
成績が、ではない。人としての成長が、だ。
彼女は14にして、他のませた女の子達と同様に、もうすっかり大人の女性と並んでも遜色ない色香を放っていた。

彼女は十分16歳以上に見えるだろうが、私は無理があるんじゃないだろうか。
チラリと横切る窓に目をやると、少年のように細いヒップの自分の姿がガラスに映り込んでいた。
並んで映るアビーとの見た目の差に思わずため息が漏れそうになる。

……でも、私だってアビーみたいにイケてる経験を積めば少しは彼女みたいになれるんじゃないかしら。


「良いわ。行く。」

「そうこなくちゃ!」


彼女の提案に了承すると、アビーは私にキスでもしそうな勢いで喜んだ。


「そこで、もう一つ提案。いくら青春のためとはいえ、流石にうちのママもパブは駄目って言うわ。だからお願い!その日はエレナの家に泊めて!エレナは私の家で食事をして帰るって言っていいから!」

「……。」

「ね!!」

「……OK。」


ママに反対されるのを分かってて、なんでこの子はこういう事を思いつくのかしら。
でも、見つかって怒られても、アビーと一緒だ。
もう、どうにでもなれ。
大きく漏れた溜息と共に、彼女の提案に乗った。


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