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パブと言うから、昔ながらの料理も出す酒場っぽい店かと思ったら、アビーに連れてこられたのはナイトクラブ染みた店だった。

最初、色落ちしたシャンブレーのノースリーブシャツの腰元に結び目を作り、白いふんわりした長めのスカートを合わせたコーディネートで出かけるつもりだった。

しかし、うちに迎えに来たアビーは、私の格好を見るや挨拶もそこそこに私のクローゼットに一直線に向かい、中から黒いマイクロミニのワンピースを取り出した。
直ぐにこっちに着替えろだなんて言うものだから、そんな蓮っ葉な格好をして浮かないかしら、と心配したけどこの店なら納得だ。

私が普段行動する範囲とは違い、まさしくここは大人の為のスペースだった。
よく年端もいかないような私達の入店が断られなかったものだ。
実際、この頃は未成年が外で飲酒する事について今より随分ゆるかった。
私がもし今の時代に14歳だったとして、パブやクラブに行こうなんてしたって、鼻で笑って門前払いだろう。
下手したらキッズルームのある店を紹介されるかもしれない。そんなの屈辱だ。

青とオレンジの間接照明で彩られた店内、カウンターの端っこでオレンジジュースをちびりちびりと口にする。

私は、初めて体験する夜の雰囲気に当てられ、居心地の悪さで息を潜めながら店内を恐る恐る観察していた。
真隣りに居る人の話しか耳に入らない程の大音量で流れる音楽の中、全員が酒と店の雰囲気に酔っている。
そこはパブとはいえ、料理と酒に舌鼓を打つための店ではなく、若者が酒と音楽とダンスを楽しむための店のようであった。
事実、客の中にホームズ夫妻のような年齢の客は居ない。
殆どが20代から30代と思われる人たちだった。
食事も殆どの人はしておらず、たまに酒以外の物を口にしていても、ナッツやクリスプスのような軽いものだけだった。

オレンジジュースに刺さるストローにそっと口を付ける。
グラスに刺さっているストローは、私の知っているストローよりずっと細めの物で、どんなに強く吸っても少しずつしか口の中に入って来ない。
中のジュースも赤いブラッドオレンジと普通のオレンジジュースがグラスの中で二層になっている。
ガラスの端には薄く綺麗にカットされたオレンジが添えられ、中央にはミントの葉っぱが乗っている。
一見したらまるでカクテルのようだ。きっと誰もジュースだなんて思わないだろう。
こんなに気取ったオレンジジュースを飲むのも生まれて初めてのことだった。

水滴の付いたガラスの縁を指先でくるりと撫でる。
爪は出かける前にアビーに塗られたエナメルでピンク色に光り、初めて塗ったマスカラで視界に黒い睫がチラチラ見えるのがなんだか不思議な気分だった。
そういえばママも、ブロンドだけどアイラインとマスカラは黒かった。
大人の空間でママと同じ視界を体感していると思うと急に自分が10歳は年を取った気分になる。
漂う煙草の煙も不快に思わなくなり、目の前のオレンジジュースにもアルコールが入っているような気がしてくるから不思議だ。

グラスに落としていた視界に水泳で綺麗に焼けた細い腕が映り込み顔を上げる。
少し前にお手洗いに席を立ったアビーが戻って来たのだ。
ほっとして彼女に笑顔を向けて、驚いた。
戻ってきたアビーは一人ではなかった。


「エレナ!知ってる?同じ学校の先輩よ。フットボール部の。そこで偶然会ったの。」


そこに立っていたのは肩幅や胸板の厚い青年だった。
アビーは社交的で顔も広いし、水泳部なので運動部全般の人と何かと交流があるようだった。

私はいかにもチアリーディング部に入っていそうだと言われる軽そうな見た目のコンプレックスから、常に派手にならないように目立たないように気を使って学生生活を送って来た。
制服もアビーみたいに着崩して着ないし、学校でメイクなんてしないし、髪だって真っ直ぐのストレートだ。
おかげさまでここ最近は頭が軽い子に対するような扱いが無くなってホッとしている。
そんな私が、いかにも軟派を絵にかいたような彼など知るわけが無かった。

少し肩を竦めると、アビーの隣に居る彼はにっこり懐こそうな笑顔を向けた。


「Hi、アビーの友達?俺の事はピートって呼んで。」

「エレナよ。」


3本の指にごついシルバーリングが嵌った右手が差し出されたので、触れる程度に握り愛想笑いをした。
満足げな顔をした彼はアビーの括れた腰に手を回し、当たり前のように私とは逆側のアビーの隣を陣取った。
アビーの背中の真ん中まであるブルネットの髪はゆるく巻かれ、光沢感のあるワンピースは水泳で程よく引き締まった体にフィットし、彼女の豊かなバストやヒップと焼けた肌を魅力的に見せていた。

隣でビールを飲み始めた二人を横目で見る。
ピートはあからさまにアビーを口説き落としにかかり、アビーもそんな状況を満更でもなさそうに楽しんでいた。

あっという間に蚊帳の外になった。
確かに此処は刺激的だけど、私には早かった。慣れない雰囲気が居心地が悪くて仕方がない。
これなら家でミセスホームズ特製のニワトコソーダでも飲みながら下らないテレビでも見ていた方がマシだ。
お腹の底から湧き上がる溜息を何とか口から出る前に飲み込む。
帰りは一人、なんてことにならなければいいが。

細いストローを氷の間を縫うように回す。
氷が回転するのと同時に二層のオレンジジュースが混ざり色の境目がなくなった。


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