15-3
私とバーニーは手を取り合ったまま、ポカンと呆けた顔をしてシャーロックを見上げる。
シャーロックはそんな私たちの視線などお構いなしに、ぶんぶんと犬の様に頭を振り回し、濡れた髪の水滴をそこらへんに飛ばした。
私は高揚していた気分がシャーロックの登場で見事に谷底へ突き落され、そんな彼に怒りや、疑問や、疑問や、疑問が、わき起こって仕方なかった。
つまりテンションだだ下がりの私の頭の中は、クエスチョンマークでいっぱいだったのだ。
「……シャーロック。」
「エレナ。」
呆けたまま私が彼の名を呼ぶと、シャーロックは応えるように私の名前を呼び返す。
「えっと……なぜここに?」
「見て分からない?お風呂に入っていたんだよ。」
「そりゃ見て分かるけど、なんで今お風呂に入るの?なんでうちでお風呂に入るの?いつこの家に入ってきたの?いつから居たの?!」
あまりに呆気にとられて混乱していた思考が、彼に問いかけながら定まってくる。
そしてクエスチョンマークを口から放り出ていくと、くっきり浮かびあがってくる怒り。
私はマイクロフトさえも邪魔をしなかったバーニーとの時間に水を差されて怒っていた。
「なんでって、別にいつ入ったっていいだろ?朝から裏の森へ入ったから汚れた、だからお風呂へ入った。それに僕はこの家のバスルームが好きだろう?知らなかった?だってホラ、天窓が洒落てるから。あとは、なんだっけ、いつこの家に入ってきたか……うーん……2時間くらい前かな?君に一応声を掛けたんだけど、気づかなかったみたいだった。」
「気づかなかったみたいって……私には来客があったのよ!彼もここに居たのよ!わからなかったの?」
「もちろん、わかったけど?ねえ、エレナ。パンツ出してってば。風邪ひいちゃうよ。」
どんどん感情的になる私とは対照的に、シャーロックはどこまでもマイペースで飄々としていた。
バーニーが私の手を引き、困ったように眉を下げた。
はあああ、と長い溜息を吐いて、私は足音を荒げながらシャーロックの前を通り過ぎ、ベッドルームのクローゼットから彼の下着とショートパンツとTシャツを持ってきた。
彼の体にそれらを投げつけ、きっと睨みつける。
シャーロックはそれらをひとつひとつ拾い上げ、怪訝そうな顔をした。
「乱暴だな、なんでそんなに怒るんだ。」
彼のそんな呟きを無視して、リビングへ戻る。
「シャーロック、話は後よ。さっさとそれを着てここから出て行って。」
「なぜ、」
「なんでも!!」
「エレナ!そんな、」
不満そうなシャーロックに向けて人差し指を立てて見せ「tut tut tut tut tut …………」と舌を打つ。
むっと口を噤んだシャーロックに向けて「はやく、でて、いって」と静かに言葉を区切りながら言った。
シャーロックは、唇をゆがめ、しぶしぶといった調子で私に背を向ける。
そしてピンクのバスローブを肌蹴させて、歩きながらパンツを履きはじめた。
おっとっと、とよろめきながらパンツを履くシャーロックを見送るのも馬鹿らしく、ガクリと項垂れて、とぼとぼとバーニーの元へ戻る。
どさりとお尻をソファーへ落とすように座る。
はぁ……とため息を吐くと「ああ……」とため息に声が混じった。
「ああ……ああ……バーニー、ごめんなさい。まさか、こんな、こんな、」
マイクロフトより性質の悪い事態になるなんて……。
頭を抱え、上手く言葉を紡げない私に、バーニーは苦笑し励ますように肩を叩いた。
「まあ、びっくりしたけど、ちょっと面白かったよ。あんな風に、子供みたいに怒る君、初めて見た。」
「……そんな、ことないわ。」
「そんなことあるさ。君はいつだって年齢相応以上に落ち着いてて大人っぽいからね。彼に怒る君はまるでアビーを見ているみたいだった。」
言いながらバーニーがくっくっと笑う。
気分を害した様子が見られない彼に少し安心して顔を上げた。
「でも、自信、無くしちゃうな。」
笑っていた彼がふっと笑顔を仕舞い込んで、さみしそうな視線を向ける。
「俺、君に一番近い異性は自分なんじゃないかって変な自信持ってたからさ。今、君と彼の様子を見て、俺、なんか自惚れてたなって。」
「バーニー!そんなことないわ!シャーロックは幼馴染みなだけよ!彼は私立の学校で寮生活してるから、普段居ないの。今は、お休みでたまたま帰っていただけなの。」
バーニーが今にも繋いだ手を放してしまうような気がして悲しくなって俯く。
自分の声もだんだん小さくなっていくのが分かった。
「エレナ。」
バーニーの手のひらが、私の俯いた頬に添えられる。
少し視線を上げると、バーニーが困ったような笑顔で私を覗き込んでいた。
「ねえ、それって、俺に自惚れたままで良いよって意味であってる?」
覗き込む瞳と視線を交わらせるのが急に恥ずかしくなって、また視線を落とす。
そして、小さく頷いた。
頬に添えられていた彼の手のひらが、私の顔を上向かせ、落とした視線を上げる間もなく、私はバーニーとキスをしていた。
ちゅ、ちゅ、と音を立ててバーニーが顔の角度を変えながら私の唇を吸った。
それに応えるように彼の首筋に手を添える。
ブオーーーーーーーーン!!!
バスルームからドライヤーの音が鳴り響く。
私たちは小さく距離を取り、バーニーは眉を下げて肩を竦めた。
私は再び長いため息を吐く。
「シャーロック……。」
歯の隙間から今頃温風に吹かれながら鼻歌でも歌っているであろう幼馴染の名前を絞り出した。
呪うわ、本当に。
あと、今までは自慢だった業務用の威力の強いドライヤーも呪うことにする。
捨ててやるわ、あんな音がバカでかいドライヤーなんて!!
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