夜のほとりで一人は寂しい
12月24日、クリスマスだからといって何かをすることもなく、部屋で本を読んでいた。今年は日曜日であり、余計に世の中は浮かれているのだろうが、そんなこと俺には関係ない。少し前にこの日は都内には出ないようにと言われたこともあり、尚更出歩こうとは思わなかった。普段ならこんなことを言われる事もないが、春に名前の思い付きもあったからか、明確に来るなと言ったのだろう。何があるのか知りたいとは思わなかったが、大きなことであればその内耳に入るか五条先生から何かあるだろうと思っている。そうして何でもない日曜日が終わるのだと思っていたとき、名前から電話が掛かってきた。
「どうした」
「恵、今ヒマ?」
「……暇、だけど」
一瞬、言うのを躊躇った。なにか面倒なことに巻き込まれるのでは無いかと思ったからだ。
「じゃあ、一緒にクリスマスパーティしよう」
「なんで」
「せっかくクリスマスなのに何もしないのってつまらなくない?」
クリスマスだから特別なことをする必要も無いだろ。でもそれを名前に言ったところで止まるのものでも無い。ただ、俺が世の中で浮かれたヤツらと同じになるのが嫌なだけだった。
集合場所は近くのスーパーで、名前は上機嫌に店内を歩いている。俺は渡されたカゴを持って後をついて行くしかない。
「何を買うつもりなんだ」
「いろいろ」
惣菜コーナーで、この日に合わせて大量に揚げられたチキンとフライドポテトをピックアップして、サラダのパック詰めをカゴに入れられる。それからパックに入ったコーンポタージュとシャンメリーでカゴの重みが増す。大したことは無いが、容赦がないなとも思う。レジを通す時に、店員に微笑ましいものを見る目で見られたことは不快だった。
「ホールケーキ食べたい」
「食べきれないだろ」
「大丈夫だって」
ショーケースの前で、名前はサンタクロースが乗った定番のデコレーションケーキにすっかり心を奪われていた。4号にしたって二人で食べ切れるか怪しいし、俺はそこまで甘いものが得意な訳でもない。
「パーティなんだから食べたいもの食べなきゃ」
「そんな制約は無い」
「いいのいいの」
何を言おうと名前が諦める訳もなく、4号のクリスマスケーキを購入した。呪術師としての収入がある分、大した出費にならないが、どう考えても必要以上の買い物に思えてならない。そんなことを言えば小言が振ってくるのは見えていたので、黙って荷物持ちに徹した。
帰宅して、買った物を温めようとしていた時、炊飯器に朝炊いたままの米が残っていることに気付いた。明日食えばいいかと冷蔵庫に仕舞おうとすれば、名前がおにぎり作ろうと言いだす。
「おにぎりって言ったって、中身になるもん置いてねぇよ」
「塩むすびだっていいじゃん」
こういうのは雰囲気だよと訳の分からない理屈でおにぎりを作り始めた。その内に温めた物を皿に盛り付けて、テーブルに並べていく。名前の握ったおにぎりにサラダの盛り合わせ、コーンポタージュ、チキン、フライドポテト、飲み物は買ってきたシャンメリー。改めて見るとそれなりの品数だった。
「乾杯!メリークリスマス!」
「……メリー、クリスマス」
黙っているとじっと無言の圧をかけられたので、仕方なく言う。視線から逃げるようにテレビをつければ、今日聴きたいクリスマスソング特集をやっていた。他の局も大体クリスマスに合わせたバラエティなどであまり代わり映えはしない。名前の「これは聴いたことある」とか、「知らないけどいい曲」と鼻歌でメロディをなぞる姿をよそに夕飯を食べ進めていた。
名前にとってメインディッシュであったクリスマスケーキは、四等分して一旦一切れずつ食べることになった。綺麗に分ける自信が無いと包丁を渡される。
「今日はちゃんと包丁温めました」
「よく覚えてたな」
「一昨日のことなんだけど!」
この前、五条先生が俺の誕生日に買ってきたケーキを切り分ける時、名前がそのまま切ったために断面がぐちゃぐちゃになった。半泣きの名前に五条先生が笑いながら包丁をお湯で温めてから切ることを教えていたから、それを実行したのだろう。包丁を温めたところで実行役は俺がやるのになんでそんなに誇らしげなのか。名前が満足なら別に良いか。
「んー、甘くて美味しい」
「良かったな」
名前は幸せだと顔を綻ばせている。甘いものは嫌いでは無いが、別に得意でも無い。よくあるイチゴのショートケーキだな、というくらいでそれ以上でもそれ以下でもないのだ。ただ、もう一切れ食べようとは思わなかった。
「でも、もう一切れ食べるのはキツイかも」
絶対太ると言った名前に、まあカロリー的に過剰摂取になるだろうと思った。急いで食べ無くても、誰も食べるやつはいない。五条先生が見つけたら分からないが、何となく数日は来ない気がしていた。
「別に、明日食えばいいだろ」
「食べに来ていいの?」
今日だって半ば強引に事を決めたというのに、今更何を遠慮しているのか分からない。名前は変なところで一歩引くから、見極めが難しいとも言う。
「名前が食べなかったら捨てることになるな」
「じゃあ、明日食べに寄るね!」
わざとらしく言えば、名前は食いついてきた。後で家まで送って行った時には、絶対だからねと念押ししてくるほどで、よっぽど気に入ったんだなと感心していた。
翌日、名前は宣言通りケーキを食べに来た。わざわざ教室前で出待ちされたのは予想外だったが、どうせなら帰りがけに寄って帰ろうという考えは理にかなっている。
「クリスマス、良かったでしょ」
「どうだろうな」
「素直じゃないなあ」
別にイベントだから楽しいとか、そういうことはあまり思ったことは無い。ただ、昨日のそれは悪くなかった。
『いい子にしてた?』
『いつもと変わりません』
『ふーん……名前とプレゼント交換した?』
『しませんよ。何ですると思ってるんですか』
『なんか貰ったのかなって』
でも違うみたいだね、と電話越しに五条先生は言う。何があったなんて言うつもりはない。知られれば、からかいと生暖かい目で見られるのが分かりきっている。まだ何か聞きたそうなところを押し切って、通話を終わらせた。要件があるならまた掛けてくるし、そこまで暇な人じゃない。スマホを伏せてソファに身を預ける。そのまま目を瞑ると、まだそこに甘い香りが漂っているような気がした。
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