01

ふ、と目が覚めた。瞬きした際に見えたその顔は、朧気な記憶の中にあったものだ。それで、生まれ落ちたのだと認識する。言葉にならない泣き声にうるさいと他人事のように思った。どうせ何をしても意味がないと思考を閉じた。
何かが違うなと思ったのは、幼稚園に入れられたときだ。てっきりまた同じことを繰り返すのだと思っていたせいで、今まで会った人間が誰一人として呪いの話をひとつもしなかったことにやっと気が付いた。術式の判明する前の歳でもあったから、完全に油断していたともいう。そうなるとこの世界には呪霊どころか呪力も存在しないところで、変に記憶を持って生まれるなんて意味があるのだろうか。そして、この年齢で考え事をするのは困難だった。思考を巡らせようとすると、幼稚な脳が耐えられないとうずうずし出す。玩具を目の前に出されればそれに夢中になるのは当然のことだった。

「さとるくんがとったー!」
「うるさい」

名前も覚えていない幼児に泣かれてもこっちはスポーツカーのほうが大事なんだよ。
幼稚園からの持ちあがりで小中を終え、高校は東京に移した。傑や硝子に会うためにはそうしないと会えないと思ったからだ。東京に別宅があったこともあり、家にはわりとすんなり受け入れられた。そうして入学式に新入生代表として壇上に立った傑を見たとき、自分の勘は間違っていなかったと思うと共に、いかにも優等生を演じている姿が面白かった。

「名前には会ったのかい?」
「名前……?」
「まさか、覚えてないとは」

傑に教えられた、苗字名前という名前の女の記憶はなかった。ただ、声に出すと妙にしっくりくるので余計に混乱する。硝子のいる隣のクラスにいるのだからついでに見ていけば良いと言われるままに教室へと向かった。

「お前ら目立つんだから呼び出さないでよ」
「感動の再開を前に言う言葉か、ソレ」
「だる〜」

嫌そうな顔をする硝子に、傑が名前はと聞いた。

「いるけど、名前は覚えていないっぽい」
「それは残念。どうやら悟もさっぱりみたいでね」
「うわ、最悪じゃん」
「うるせーな……で、どいつだよ」

二人とも訳知りなのがムカつく。窓際の、と硝子に誘導されながら苗字名前を瞳に映す。その瞬間、膨大な過去の記憶が呼び起こされた。こうしてこの場所に立っているのは、あのとき絶対と宣言した相手じゃないか。なんで今まで忘れてたんだよ、と薄情な自分に嫌悪した。

「名前……」

こみ上げる感情の奔流は自分では抑えきれず、思わず手で口を覆う。どうしても手に入れることのできなかった人が、今そこに生きている。どんな姿も可愛いし、どうしようもなく好きで、恋しくてたまらない。でも名前は俺の事はまだしも、硝子のことすら覚えていないらしい。この気持ちをどこにもやれず、また内に秘めていなくてはいけないのかと思うと気が狂いそうだった。

「……?」

不意に顔を上げた名前と視線が絡む。バチッと音がしたんじゃないかと思うくらい、完璧だった。気まずそうに逸らされて、やっぱり覚えていないんだと身体が急激に冷えていく。だからといってここで諦めるなんて一つも思っちゃいない。

「硝子、紹介して」
「悟、」
「フォローはしないから」



隣のクラスという大した繋がりの無いところから、硝子を介してなんとか「友達」という所までもっていった。名前は記憶がなくても名前で、この間花が好きだということを知った。前は言って無かったよな、と硝子に言ったら、「元々好きだよ」と返された。なんだよそれ。知らなかったんだけど。
高校時代は周りにいる他の男どもを遠ざけることばかり考えて、三年間友だちのままで終わった。それでも、四人でいることや、後輩も交えて過ごす時間が何物にも代えがたくて、あの時できなかったことをやりたいと思ったんだ。

あとがき