浴室のドアは加湿のついでにいつも使用した後開けていた。シャンプーの良い香りが若干の湿気を帯びて部屋に漂う。

私のベッドの下には、ようやく日の目を浴びることになった来客用の布団が敷いてあって、そこには今日から暫くここに滞在する予定の青年が枕に頭を預けていた。
やはり随分と疲れ切っていたらしく、入浴後、寝床に入ることを勧めたらすんなりと受け入れ直ぐに眠りに落ちた。

初日と言えどあまりにもおどおどとしていて本当にこれで上手いこと生きてこれたのかと思うくらい、彩君は臆病さが前に出た青年という印象しかない。
けれどこれはまだ本来の、伸び伸びとした素を晒せない子猫の姿なのだろうか。そうだとしたら可哀想に。

これから詳しいことを話すのは明日だろうなと思いつつベッドサイドのランプを消すと、彩君が起きてしまったのかもぞりと動いた。

「……起こしてしまったかな」
「いえ、元々起きてました…えっと、その、今日はありがとうございます…」
「良いんだよ。私が勝手にした事さ。こんな突然話しかけてきた男のことを信用してくれて嬉しい。こちらこそありがとう」

私がそう言うと暗がりでよく見えないが影がゆっくりと動いたのが見えた。起き上がったのか。
眼鏡を掛けていないし、外からさす街灯の光くらいしか明かりがないので詳しい動作や表情は見えない。

「……俺、半年くらい1人で、この先どうしようってなってて」
「…半年もの間、頑張ったんだね」
「……寂しいし、辛いし、帰る家も…ないし」

彩君の声が段々と嗚咽し始める。ずっと張り詰めてきた緊張の糸が、やっと解れストレスを涙で和らげてるのだろう。
私が彼と同じくらいの時、何をしていた。彼より穏やかで危険にさらされた生活をしていなかった。
若いのになんていたわしい。いっぱいいっぱいになって泣き出す彩君は、私の庇護欲を益々掻き立てる。

そっと近寄って、頭を撫でるともっとわかりやすくしゃくり上げた。
柔らかな癖のある猫っ毛が私の手と擦れる度に、私と同じ香りがした。

「なんで、こんなに丸三音さんは、優しくしてくれるんですか」

それは私も分からなかった。
君がとても、悲しくて、迷った目をしていたからだろうか。
それとも、息をするのにも必死なくらい危うげな存在の生き物に思えたからだろうか。

少年かも、青年かも定かじゃない彼に、私は何を思って共にいることを提案したのだろう。

やさしい気持ちで眠れますように
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