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翌日。昼休みに四組を訪れた日向と影山は月島を訊ねていた。ちょうど鶫は授業が終わると同時に教科担任の手伝いに駆り出されてしまった為に其処にはおらず、二人は苦い顔をしなからもノートを持って月島に声をかければ、それで全てを察した月島は目を細める。
「……部活前後だけって話だったよね?」
「……」
「ね?」
月島もかなり嫌そうにそう追撃すると日向と影山はうっと息を詰まらせる。その条件でやっと勉強を見てもらえる約束になった訳だが、英語を教えてもらいたかった吉田先生がいなかったのだと日向が事情を話すも、営業時間内に出直してきて下さーいと月島は取り合わずヘッドホンをしてしまう。
それを見た二人が四組を出てケチ月島と彼を罵りながら教室に帰ろうとしていた時、後方から山口が声をかけてきた。
「日向ー!」
「! 山口が教えてくれんの!?」
「ゴメン、俺英語はダメだ」
「……」
じゃあ何で呼び止めたんだと言いたげにしている日向に山口は自分のクラスのひとつ後ろの五組を指し示して、提案なんだけどと言葉を溢す。
「昨日のマネ候補で来てた子いたじゃん。あの子五組って言ってたから、少なくとも俺よりは勉強得意かもよ?」
「! そっか、四組と五組進学クラスだもんな!」
山口に礼を言った日向は影山と共に五組を訪れ失礼しますと声をかけると、席でパックジュースを口にしていた谷地に声をかけた。突然声をかけられた谷地は日向と影山に目を向けるが、昨日のバレー部にいた人ということしか知らず名前も分からない彼らに自己紹介されたっけと混乱していた。
「……」
一度聞いた名前も覚えられないなんて社会でやっていけず失業……路頭に迷って――。
「臓器売買……」
「おれ一組の日向翔陽! これ影山」
「ちわっす」
「ちっ、ちわっす……」
「谷地さん勉強好き!?」
「!? 嫌いじゃないけど……」
急に何の話だと谷地が驚いていると、日向は自分が持っていたノートを開いて英語のこれを教えてほしいと頼み、影山にも頼めよと声をかける。それに影山も教えてくださいと言うと、谷地は更に目を丸くした。まさかそんなお願いだと思っていなかったので呆然としている谷地に、日向は悔しげに両手の拳を握る。
「来月のテストで赤点をとると東京遠征に行けなくなっちゃうんだよ! だから月島っつーメガネノッポに教えて貰ってんだけど、最近おれと影山がバカ過ぎてイライラしててさー」
――なんで出来ないの?
「あんな奴、別に怖くねえだろ」
「優しく教えて貰える方がいいだろ!」
日向の説明で何となく事情を察した谷地は私で良ければをそれを承諾すると日向は本当にと嬉しそうに声を上げ、それに谷地はひとつ頷いたものの神妙な面持ちで息を飲んだ。
「でも果たしてメガネノッポさんより優しく教えられるかどうか……」
「それは絶対心配ないよ」
即答した日向に影山もひとつ頷き、谷地に勉強を見てもらえることになった二人は手近な椅子を借りて其処に腰をかけると再び分からない部分を谷地に見せる。それを見た谷地はなるほどとひとつ頷くと、彼らが分からない所を一から丁寧に教え、質問があればまたそれに答える。
それを十分ほど続けた時、ようやく理解したらしい日向が目を輝かせた。
「すげー! なるほど、すげー!」
「いや、あの、うへへ……」
「! 谷地さんのノートってすごい見易いね! 絵もうめー!」
ありがとうと言うように凄いと連発していた日向の興味が谷地のノートに向くと谷地は嬉しそうに笑って母親がデザインの会社を経営していることを話し、昔からどんなことでもレイアウトや色の組み合わせで煩く言われたと楽しげに話す。それに日向がへーっと感心して相槌を打っていると、日向のノートに視線を落とした谷地はペンを持ってノートの空欄を四角で囲う。
「あ、ここ空間取っといた方が後から書き込めて良いよ。あと色数は少ない方が混乱しないし、それと――」
「……」
「ゴメン! ヒトのノート勝手に……!」
「そっか、なるほどさすが!」
改めて日向が凄いと目を丸くすると谷地はまんざらでもなさそうに表情を緩ませる。そして日向に声をかけようとした時、敬称は要らないと言われたので谷地は日向はさと言い換えると勉強が嫌いなのかと訊ねた。すると日向は渋い表情になると嫌いと答え、ずっと座ってることが辛いと表情を更に重くする。それに谷地は首を傾げた。
「でも頑張るのはその東京遠征? に行く為?」
「そう! 東京の強豪とガッツリ練習試合すんだ!」
先程までの表情とは打って変わり目を輝かせてそう言った日向に谷地はそっかと溢すと視線を少しだけ落とし、自分はそんな風に本気で何かをしたことがないと苦笑いをした。日向は東京にいる面々のことを思いだしたのか、やや興奮気味に東京に音駒高校があることや其処のセッターが賢いこと、トサカ頭の主将がデカくで悪そうな顔をしていることやレシーブが凄くてどんなスパイクを打っても拾ってしまうことなどを一気に話した。それに今まで黙ってノートを写していた影山も、音駒のリベロは西谷に匹敵すると会話に加わる。
セッターやリベロなど専門用語が飛び交う会話を聞いていた谷地は、ポジションか何かだろうかと首を傾げていたが、日向は更に凄い奴がいっぱいいるんだと更に目を輝かせた。
「東京だけじゃなくて県内には青葉城西ってとこの大王様とか、絶対王者って言われるウシワカとか――伊達工の190センチの鉄壁とか!」
「190センチ!?」
「それに、鶫ちゃん!」
「え、鶫ちゃん?」
「……」
「そう! 頭良いし練習メニューとか個人指導とかすっげーの! 時々練習に付き合ってくれんだけど、女の子なのにスパイクとか重いし速いし!」
「そうなんだ。全然そういう風に見えないけど……」
「うん。でも鶫ちゃんは本当に強いよ」
谷地はそれに目を丸くするとそういえばというように日向を見つめ、日向もマネージャーなのかと問いかけた。それに日向は僅かながらもショックを受けたように何でとそれを聞き返すと、谷地はバレーは身長が高い人がやると思ったことと烏野のバレー部も背の高い人が多かったことを話す。それに日向は俺は小さいけどと悔しげにそれを認めつつも、体を前のめりにして自分を指差す。
「お、おれ一応レギュラーなんだかんな!」
「!! ごめんなさいいいいい!」
「いいけど! 慣れてるし!」
まさかレギュラーだとは思っていなかった谷地は人を見た目で判断してしまったことを申し訳なく思い机の下に頭を入れて謝罪した。それに流石に影山も驚いてシャープペンシルを取り落としそうになるが、それに日向は平気だからと更に声をかけると席から立ち上がった。
「でかくなくても!」
「?」
「おれはとべる!」
小さくも頼もしい姿に谷地が思わず目を奪われていると、影山にノート写さなくても良いのかと声をかけられた日向は写すとひと言返してそのまま席に戻った。それに谷地も静かに椅子に戻ると、日向はペンを握りゆっくりと口を開く。
「――皆でっかくて強そうなんだ。でも」
試合してるとそういう奴らと戦ってるって分かる。
わくわくする、ぞくぞくする。
「凄いね……そんな人たちと戦うなんて」
じゃあ日向は小さな巨人だね。
谷地のその言葉に日向は驚いたように声を上げて再び椅子から立ち上がると、興奮気味に机に手をついて小さな巨人を知っているのかと訊ねた。それに谷地はスポーツで大きな外国人選手に混ざって活躍している小柄な日本人をそう呼ぶからと言えば、そういえばそうだと日向は髪を掻くと、真っ直ぐに前を見つめて笑顔を浮かべる。
「そう。おれ、小さな巨人になるんだ!」
「おい、東京に行けない小さな巨人、さっさとコレ写せよ」
「!」
そう影山が言うと同時にチャイムが鳴り響き、日向は残り僅かなノートを急いで写すと急いで教室を出て谷地に感謝を言うとまた部活でと大きく手を振る。影山も小さく礼をしてそのまま日向と一緒に五組から立ち去ると、直射日光を浴び続けた気分だと谷地は疲れ切ったように表情を曇らせた。