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ミーティングも終わり自主練習も終わった第二体育館の前では、先に着替えをしてきた谷地が部員たちを待っていた。ちょうど清水がその場に居合わせて自分も着替えて谷地を送るから待っていてほしいと告げると、谷地は申し訳ないと断ろうとしたもののそのまま押し切られてしまった。それに呆然として行き場のなくなった手を下ろした時、体育館の中から烏養の声が聞こえてきた。
「どうした先生、難しい顔して」
「ああいや、あのですね……」
谷地が覗いた窓からは烏養と武田の姿が見えた。言いにくそうに武田が切りだした話は東京遠征の時の移動手段の話で、他の部活と被ってしまいバスが借りられそうにないということと予定よりも費用が嵩みそうだということだった。それに烏養も眉を寄せると、自分もOBなどをあたってみると話し今後もぶつかる問題だと溢すと、武田も申し訳なさそうに色々とあたってみると言った後、すっと目を細めた。
「まあ、いざとなったら貯金があるんで」
「いやいやいや! 将来の結婚資金とかにとっとけよ!」
「……」
その話を聞いていた谷地の頭にひとつの案が思い浮かんだ時、部室棟から出てきた影山とちょうど校舎から出てきた鶫が鉢合わせたのが視界に入ってきた。
「もう少しかかるから待ってろ。それとも中に来るか?」
「ううん、平気。皆も集中していると思うから」
「そうか。あ、お前手ェ冷てえ。冷やすなっつっただろ!」
「ご、ごめんなさい……」
「ほら手ェ貸せ」
先程までの部活中やチームメイトに見せていた顔とは違った表情で鶫と会話をしている影山は、水仕事をしていたらしい鶫の両手を自分の手で包み込む。自分の手の体温で温めている影山に鶫は困った表情をしながらも何処か嬉しそうに微笑んでいた。
「大丈夫なのに……」
「良いからちょっと待ってろ」
そんな二人を見た谷地は顔を赤くしながら口を開閉して声も出せずにいると、その内影山は手が温まった事を確認したのか鶫の頭をくしゃくしゃと撫でるとまた部室棟に戻って行ってしまった。それを見送った鶫が第二体育館の前で待っていようと足を向けると当然其処には谷地がいて、谷地は目が合ってしまったと慌てていたが鶫は至って普通に歩み寄ってきた。
「お疲れ様、仁花ちゃん」
「おおおおお疲れ様!」
「どうしたの?」
何時もやや挙動不審な谷地だがそれとは少し違う反応に気付いた鶫が小首を傾げると、谷地はガタガタと震えていた体を落ち着かせ、頬を赤らめたまま少々言いにくそうに口を開いた。
「え、えっと見るつもりはなかったんだけど偶々此処に居たから……その」
「?」
「か、影山くんとのやり取り」
「え?」
此処まで言っても分からないのかと谷地はややショックを受けたが、意を決して手を繋いでる所を見たと伝えた。それを聞いた鶫は飛雄君は心配性だからと少しだけ困ったように笑うだけで、それにまた谷地は驚きを隠せなかった。
「え、あの……ええ!?」
「ど、どうしたの?」
「いやだって、あの……影山くんと鶫ちゃんってお付き合い、してるんだよね?」
「え?」
「えっ?」
再び勇気を振り絞って口にしたその言葉に鶫がまた不思議そうな顔をすると谷地も驚いたように目を丸くして、しばらく二人の間に静けさが流れた。しかしその静けさを破ったのは鶫で、また困ったように微笑んだ。
「ごめんね、違うの」
「えっ?」
「飛雄くんとは幼なじみ。心配性だから何時も私を心配してくれているだけ」
部活に入ったばかりの頃に田中先輩にも同じことを聞かれて、それまでは部活の皆も勘違いしていたみたいと鶫が肩を竦めると、谷地はそうなんだと返事をしつつ影山の表情を思い返す。
「付き合ってないんだ……」
……影山くんは鶫ちゃんのこと、好きそうに見えた。
何て言うか、お互いを想い合ってる美男美女カップル、そういう感じ。影山君があんなに柔らかい表情するなんて思わなかったし、声も優しかった。てっきりカップルなんだと思ってたんだけど……違うんだ。
「あの、鶫ちゃん」
「何、仁花ちゃん?」
「鶫ちゃんは影山くんのこと、どう思ってるの?」
「飛雄くんのこと?」
「うん」
仁花ちゃんが何か言いにくそうに聞いてくると思ったら、意外なことを聞かれた。話の流れを考えればなくは無い質問だけど……飛雄くんのことをどう思っているかなんて、改めて考えてみたことなんてなかったかも。
「うーん……昔から一緒だし、大切な約束もしているんだけど」
「約束?」
「うん。飛雄くんのことは心配だし何時もお世話になっているし、本当に感謝してる。頼りがいもあって……少しだけ子供っぽい所はあるけれど、でも――」
とても大切な人。
「!」
「うん、そんな感じかな」
「あ、あの、鶫ちゃんって――」
「谷地さん!」
谷地が何か聞きかけた時、部室棟から日向が走ってきてそう声をかけるとマネージャーをするかと問いかけた。それに谷地が返答を迷っていると更に田中と西谷が姿を見せ、一緒に口を開いた。
「ヘイ、一年ガール!」
「!」
「君、是非烏野バレー部に入ってくれたまえよ」
君が居ると鶫ちゃんと一緒に居る時と同じで潔子さんがよく喋る。そう決め顔で言い切った田中と西谷に鶫が思わず苦笑いをすると後方からそんな勧誘があるか馬鹿と澤村の拳が振り下ろされ、菅原も馬鹿でごめんねと笑顔を見せた。
そんな彼らを見た谷地は呆然としていたものの嬉しいですと言って頭を掻くと、少し視線を落として口を開く。
「私、自分から何かやったりとか逆に何かに必要とされたりすることってなかったので……劇とかやっても絶対その他大勢の一人なんです。村人Bとか木とか」
「!?」
だから、バレーの経験も知識もない村人Bの私を清水先輩があんなに一生懸命誘ってくれて凄く嬉しかったんです。
「――でもやっぱり私ではお役に」
「分かるその気持ち」
田中と西谷がそう共感すると二人で顔を見合わせ、その目は嫌に真っ直ぐな色をしていた。
「俺も潔子さんに『君からお金騙し取るからついて来て』って言われても付いて行く」
「漢らしいぜ、龍!」
「あっ、田中がまた何か言ってるなあー」
「うーん……」
谷地と同じくそれはかなりと鶫が苦笑いしていると、日向が思い出したように携帯を彼らに見せた。それは孤爪からのメールで一次予選を突破したことが書かれていて、それに先程まで論点のズレた会話をしていた彼らは大盛り上がりしている。
それにまた鶫が困ったようにしていると菅原が鶫に声をかけてきて、それに谷地もそちらへ顔を向けた。
「ごめんな、騒がしくて」
「いいえ、何時ものことですし。それに楽しそうですから」
「それなら良かった。あ、そうそう聞いておきたいんだけどさ」
「はい、何ですか?」
「……」
……あれ、ええと、どういうことなんだろう。菅原先輩も何だか……鶫ちゃんと話す時の表情と声が違う。ああそれに、とても幸せそうな顔してる。
「でさ、このコンビネーションが――」
もしや、もしやだけど。菅原先輩も鶫ちゃんのこと、好き?
少女マンガみたいな三角関係!? いやでも鶫ちゃん可愛いし美人だし、バレーの知識と経験もあるみたいだし頭も良いし……少女マンガの主人公、ぴったり。
谷地がまさかの展開に内心でビクビクしていると、今まで月島に勉強を教わっていたらしい影山が部室棟から出てきた。影山は荷物をかけ直すとそのまま部員達に混ざり鶫に歩み寄る。菅原は影山に気付いてそのまま三人で話し始めたが、彼ら自身もほとんど気付いていないその関係性にほぼ勘付いてしまった谷地は内心穏やかではなかった。
「よし、さっさと帰るぞー」
「オース!」
「じゃあ仁花ちゃん、また明日」
「あっ、うん! また明日!」
鶫は谷地に手を振って挨拶をすると、行くぞと声をかけてきた影山の隣を歩いて行く。部員達に混ざって歩くその後ろ姿を見つめていた谷地はその後彼らとすれ違いになるように清水が帰ってくるまで、影山と鶫の背中を見送っていた。