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 跳ぶ、飛ぶ、とぶ――

「栄吉ィ! 10番止めろォ!」

 その声よりも早く日向と影山の変人速攻は相手ブロックを完全につかせないままブロックアウトを取り、森然高校から勝ち点をもぎ取った。相手チームの主将が10番の速攻何なんだと溢し、ネットの向こう側に居た日向と影山がしっかりと真っ直ぐに前を見据えていたが、既に体力の限界だった田中がフラフラと体を揺らしながらその二人の背中を見つめた。

「カッコつけてんじゃねえぞ、赤点遅刻組……」
「!」
「9セット目にしてやっと初勝利か……初のペナルティー無しだな」
「ハラへったー!」

 試合を終えてひと息ついている中、田中が向こうのコートで生川高校と音駒が試合をしているのを見て、時間的にあれがラストだろうなと言いながらタオルで汗を拭く。そんな田中の傍にいた日向がドリンクボトルを持ったまま静かに考え込んでいた。

「……」

 後半……もうあの速攻について来られてた。伊達工も青葉城西も――。
 やっぱりあの速攻も強い相手にはいつまでも通用しない……。

「夜久さん!」
「ナイスレシーブ!」
「! ……あれっ?」

 ぼんやりと考え込んでいた日向の耳に届いたのは向こう側の試合の声。そしてその中でも夜久に向かって応援の声を飛ばしている声――音駒の犬岡が控えにいることに疑問を持った。

「灰羽!」
「!」

 その犬岡の声援と共に日向の視界に入ってきたのは、見覚えのない長身のプレイヤーがまさにスパイクを打つ瞬間。長い手足を撓らせ振り切る姿――まるで鞭のようなスイング。

 スパンッと鞭で打ったような音と共にボールが床に沈み、それに東峰が凄いと口にすれば彼の隣でプレーを見ていた菅原がぱっと見猫背だから分かりにくいけど190センチはありそうだと目を細める。長針の彼の手足の長さは身長に比例してスラリと長く、烏野の面々の興味を引いた。

「何モンなんだ、アイツ……」

「全く何モンなんだ、烏野のチビミドルブロッカーとセッター……」
「翻弄されてたな」
「うっせえ! 目の前であの速攻見てみろ、何起こってっか分かんねえから!」
「いやー」

 今年は面白くなりそうだな。



 一日目の遠征が終わった帰り道、音駒の面々と一緒に校舎へ向かっていた日向は犬岡に相変わらず凄い速攻だったと言われて顔を上げると、少々渋い表情をして僅かに眉を寄せた。

「でも……あれじゃ今までと変わらないんだ」
「?」

 あの時と変わらない……!

「なあ! あの音駒のミドルブロッカーって何者なんだ?」

「あー」

 そういえばと日向が話を切りかえれば犬岡と反対側の隣を歩いていた孤爪が間延びした声を出し、正面を向いていた目を日向にゆっくりと向ける。

「一年の灰羽リエーフ。ロシア人と日本人のハーフだよ」
「ハフッ、ハーフ! かっけえ! リエ、リ」
「リエーフ。何だっけ……ロシア語で、虎?」
「獅子っすね、らいおん!」

 孤爪の講釈に犬岡がジェスチャー付きで補足を入れると前の時には居なかったという日向の疑問が続く。それにまら孤爪が灰羽は高校入学してからバレーを始めたことと、ゴールデンウイークまではほぼ素人だった上にあの時はベンチ入りメンバーしか行っていなかったのでいなかったことを話して聞かせた。

「あれで高校から!?」
「うん。今はほぼ元々の身体能力とセンスだけでやってるね。……あと身長」
「色々恵まれすぎっス! でも負けないっス!」
「まあ戦力になるし素直だし、ヤな奴じゃないよ。たまに素直過ぎるけど」
「へえー」
「あ、でもパスとかの基礎は全然ダメ。翔陽よりダメ。サーブも翔陽よりへたくそ」
「研磨の下手くその基準は俺なのかよ!」

「あの研磨が人見知りせずに喋ってるよ……」

 日向が孤爪の評価に渋い顔をしている後方では夜久が孤爪の交友関係が広がったこととコミュニケーション能力が上がったことに感動していて、同じく海と福永も静かにそれに同意していた。



「……」

 IHの全ての試合、それを通して分かったのはあの速攻の限界点。

 神業速攻を基盤とした単純かつシンプルな烏野のプレースタイルにはやっぱり限界がある。個々のポテンシャルややる気は悪くないのに、青葉城西に負けてしまったのはそれが原因。

「……でも今の皆で私の戦略が生きるかどうか」

 私の戦略を話して理解することは出来ると思う。でも理解することと自分のモノに出来るかは話が別。

 それに今まで以上に頭も体力も使うことになるし、負担は大きくなる。遣り甲斐はあるだろうけど、皆を上手くやる気にさせる言葉をかけたところで――それが皆のためになるとは思えない。

 個々が自分に足りないモノに気付いてくれないと、意味がない。

「どうしたら良いんだろう……」
「何がですか?」
「!」

 今までのように周囲に気を張っていなかったとはいえ、体育館や宿泊部屋から離れた廊下の片隅には誰も来ないと思い込んでいた鶫が驚いて顔を上げると、其処には自動販売機の灯りで照らされている赤葦の姿があった。

「あ、ええと……」
「梟谷学園二年の赤葦京治です」
「は、はい! 存じております!」
「それなら良かった」

 赤葦は自分のことを知らないかと名乗ったが、鶫は合宿参加者の名簿に目を通していたので彼のことを知っていた。鶫が知っていると言いながら座っていたベンチから腰を上げれば、彼は目尻を下げて自動販売機でミネラルウォーターを購入する。

 静かな空間にプシュッと蓋を開ける音が響いて、ボトルに口をつけて数回水を飲み込んだ赤葦はこちらを見上げている鶫に顔を向けた。

「何かあったんですか?」
「え?」
「どうしたら良いんだろうと呟いていたのが聞こえたので」
「あ、そのことなら大丈夫です。気にしないでください」
「それなら良いんですが。何か困ったことがあれば言ってください」
「はい。ありがとうございます、赤葦先輩」
「……」
「……あの、何か?」

 話の途中で急に黙り込みこちらをじっと見下ろす赤葦に鶫が不思議そうに声をかければ、彼はミネラルウォーターの蓋を閉めてボトルを片手に持ち替えた。

「実は」
「はい」
「貴女のことは前々から知っていました」
「!」
「“静淑無比の軍師”という異名があることも知っています」

 静かに淡々と話す赤葦に鶫はまさか知られているとは思わなかったと目を丸くすると、彼女の心情を察したように赤葦は貴女が思っている以上に貴女は有名人ですよと口添えて話を続ける。

「この前の月バリで貴女が烏野にいることを知りました。会えてとても嬉しいです」
「あの、私、大したことは……」

 どうしたら良いのかと鶫が困ったように笑えば、赤葦は自己評価が低い彼女の反応に少しだけ目を丸くしたが、しばらくするとあまり気にしないで良いですよと目尻を下げた。

「そろそろ夕食の時間になりますし、一緒に食堂まで行きましょうか」
「は、はい」
「暗いので足元気を付けてください」

 何処か掴みどころのない赤葦に誘われて彼の隣を歩き始めた鶫。独特の空気感がある赤葦との道中はほとんど会話がなかったものの、不思議と居心地の悪さは感じなかった。

 ほとんど会話がないまま食堂に到着すると既に其処には何人か顔を揃えていて、赤葦の姿を見つけたとある人物――梟谷の木兎が目を輝かせながら駆け寄ってきた。

「赤葦が烏野の女子マネージャー連れてる!」
「木兎さん」

 面倒な人に見つかったと赤葦がやや表情に出していたがそれは木兎に伝わらず、鶫は相手の高いテンションにややついていけていないのか困ったように微笑むだけに留めていた。赤葦から鶫に視線を向けた木兎はじっと彼女を見て、やっぱり実物は違うよなあと声を弾ませた。

「雑誌で見るよりも数倍可愛いな、舞雛!」
「えっ」
「前々から知ってはいたんだけどさ、月バリで写真見てこれはキタって思ってて!」
「え、えと……」
「あ。俺、梟谷三年の木兎光太郎!」
「烏野高校一年の舞雛鶫です」
「宜しくな、舞雛!」

 かなり高い位置で固定されている木兎のテンションと会話に段々と慣れてきたのか、鶫は落ち着いた表情で木兎と挨拶を交わす。一先ず落ち着いてくれたかと赤葦が会話に割っていこうとしたが、ちょうど食堂のドアが開いて今度は烏野の面々が顔を見せた。

 腹が減ったと溢している日向や西谷を始め、静かにしようなと声をかけている菅原や東峰の姿がその後に続く。それからその輪に少しだけ遅れて影山もやや眠そうな顔で姿を現したが、梟谷のコンビに囲まれている鶫を見つけた瞬間目を見開いた。

「鶫!?」
「飛雄くん」
「あー……」

 これはまた面倒なことになりそうだと赤葦が渋い顔をしたが、鶫がまた後でお伺いしますと頭を下げて烏野の面々の輪に加わったので彼が予想していた面倒ごとにはならずに済んだ。

 影山に何してたんだと声をかけられている鶫を見ていた赤葦は、彼女と話をする機会を逃してしまったと眉を寄せたが、合宿はまだ始まったばかりで機会はいくらでもあるかと今回は引き上げることにした。

 

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