04
最後の早朝練習を終えて迎えた放課後。鶫が教室の外から聞こえた声に気付いて顔を向ければ、其処には影山の姿があった。ドアの方に歩み寄っていく鶫の背中を月島がさり気なく見ていたが、鶫も影山も気付くことはない。
「今日の練習はグラウンド脇でやる。終わったら迎えに行く」
「別に良いのに」
「迎えに行くから大人しく待ってろ。暗いから足元が悪いだろ」
「……分かった」
「あまり遅くならないようにする。ちゃんと待ってろよ」
相変わらず送り迎えを欠かさない影山の過保護さに鶫は僅かに苦笑いをしたが、心配してくれていると思えば無碍にもできない。練習する時間が惜しいとばかりに足早に立ち去った影山を見送った鶫が席に戻って鞄を手にしたところで月島は声をかけ、彼女の反応を窺うように首を少し傾げた。
「アイツとどういう関係?」
「あいつって飛雄くんのこと?」
「そう」
「友達よ。小さい頃から一緒だったから、どちらかといえば幼馴染みかも」
「……まあ、それで良いならそれで構わないけど」
「どういうこと?」
「それより時間良いの?」
「あ! ごめんなさい月島くん、また明日ね」
気怠げに月島が指し示した時計を見た鶫は慌てて教室から出て行き、そんな彼女の背中を見送った彼が机脇にかけていた鞄を手に取れば山口が歩み寄ってきた。
「もう行くの、ツッキー?」
「約束の時間まで余裕はあるけど気が向いたから」
「俺も一緒に行く!」
「好きにすれば。行く前に職員室で顧問に挨拶しないとね」
月島は後ろからついてくる山口を横目で捉えながら手にした鞄を背負うと、もうとっくに見えない彼女の背中を思い返しながらその口元に笑みを浮かべた。
「――ちょっと楽しみだな」
あの子は僕を見て、どんな顔で驚くんだろうか。
何時も通り部活の準備をしている合間、菅原と田中が意図せず同時に欠伸をした。その事情を知っている鶫が微笑ましそうに表情を緩めたが、澤村は訝しげな表情を浮かべて二人を見つめる。
「眠そうだな、お前ら」
「!」
「えっ、そお? 勉強のし過ぎかなー?」
「おっ、俺も、勉強のっ!」
菅原に続いて適当に話を合わせた田中だったが、彼は普段から勉強をしていないのかそれはないだろと菅原に小突かれる。そんな二人に鶫は苦笑いをしたが澤村に呼ばれたので慌てて彼らの元へ歩み寄った。
「今日から入部の一年を紹介するよ。舞雛も顔見知りだろ」
「えっ?」
顔見知りの新入部員とはどういうことだろうかと鶫が首を傾げたが、体育館に入ってきた二人を見てその答えは直ぐに出た。
「宜しくお願いしまあーす!」
「宜しくお願いしまーす!」
「……月島くんと山口くん?」
体育館に入ってきたのは鶫と同じクラスの月島と山口。男子バレー部に入部するとは聞いていなかったので鶫は目を丸くして驚いたが、彼女が此処にいることを知っていた彼らは特に驚くことはなくむしろ悪戯が成功したと言うように笑みを浮かべていた。
「やっぱりびっくりした」
「バレー部に入部するなんて聞いていなかったし……」
「言ってなかったからね」
「ツッキーが言わなかったから、俺も黙ってた!」
驚かせたくて秘密にしていたんだよねと笑う山口に月島は煩いと言ったがそれについては否定はしなかったので、驚かせるつもりはあったらしい。
「じゃ、自己紹介してくれ」
「一年四組の月島蛍。ポジションはミドルブロッカー」
「クラスとポジション同じく、山口忠です!」
「じゃあ、改めて宜しく。舞雛」
自分を見下ろす大きな体。鶫は月島に差し出された手に応えて握手を交わしたものの、彼らの背の高さは日向と影山が迎える試合で多少不利になるだろうと心を少しだけ曇らせた。
月島と山口の身長に部員たちは驚きながらも挨拶を交わし、何時も通りの部活が始まった。鶫もまた何時も通りマネージャーの仕事をこなしながら彼らの練習を見ていたが、その合間を見て月島が声をかけてきた。
「どうしたの?」
「今日の帰り、影山が迎えに来るんだよね?」
「うん、そう言っていたけど」
「今日練習早く終わるんだってさ。舞雛、待ちぼうけになりそうじゃない?」
空はすっかり暗くなり、街灯に照らされたボールは影を纏いながら弧を描いて宙を舞う。
影山はボールの軌道を見極めて落下地点に回り込むとしなやかな動きでボールを受け止め、トスを上げた。
「オラッ、次後ろだ!」
「よっしゃ!」
影山の指示で日向がボールの軌道を見ながら後方へと下がり落下地点だと思われる場所で腰を落としてボールを待ち構えた時、誰かの手が伸びてきてそのボールを受け止めてしまった。
「へーっ、本当に外でやってる!」
「むっ?」
「君らが問題起こしたっていう一年?」
落ちるはずだったボールが誰かに受け止められたことで日向は腕を辿って後ろへ振り返れば、其処にはボールを片手で掴む月島が立っていた。その隣にいる山口は日向が半袖姿でいることに気付くと、この時期に寒くないのかと口元を引き攣らせた。
日向は最初こそそんな彼らの身長に驚いて目を丸くしていたものの、持っているボールを返せと跳び上がった。しかし月島との身長差がそれを阻み、ひょいひょいとそれを腕の動きだけで躱した月島は口角を上げる。
「小学生は帰宅の時間なんじゃないの」
「だっ、誰なんだお前――」
「入部予定の他の一年か?」
「おい、おれが話して――!」
「お前身長は?」
日向の抗議を無視した影山がそう月島に問いかければ、隣にいた山口が188センチあるんだぜと嬉々として答えた。まるで自分のことのように嬉しそうに答えた山口だが月島は特に気にした様子もなく、自分より少し背の低い影山を見下ろす。
「……アンタは北川第一の影山だろ。そんなエリートが何で烏野に居んのさ」
「……あ?」
「おっ、おい!」
「?」
「明日は絶対! 負けないからな!」