06
――感覚を、研ぎ澄ませ。
ボール・ブロッカー・スパイカー。あらゆる動きを見逃すな。
完璧なタイミングで、日向の最高打点を――捉える。
「また決まった! スゲエ!」
「ひっくり返した……!」
影山たちが点差をひっくり返し試合は24‐23に縺れ込む。1セット先取まで残り一点、あっという間に試合の流れを変えた彼らに菅原は舌を巻いた。
「トスの精度が凄い勢いで増していく……」
最初は強烈なサーブとか“王様”って異名からなんとなく凄い奴なんだろうと思っていたけど、そういうことじゃない。
これが、“セッター”として本領を発揮した影山。
「……これがセッターとして本領を発揮した飛雄くん」
私がずっとずっと悩んできた、彼の力の行きどころ。
それを引き出し生かしているのはまぎれもなく日向くんだ。
「……凄いなあ」
嬉しそうだが少し悔しそうな鶫の呟きに菅原は一瞬何かを言いかけたがその言葉は飲み込み、単純に彼女の呟きに同意するだけに留めた。
「でも、よく我慢して待ってたよ。顔面にトス食らってる奴なんて初めて見たし」
「……ふふ、そうですね」
「そう何本も抜かせるかよ!」
勢いに乗る日向の前に立ちはだかったのは月島のブロック。クレバーな彼にしては熱の籠ったブロックに周囲はざわつき日向も息を飲んだが、影山のトスはレフト側に跳んでいた田中の元へ運ばれた。
「いらっしゃあああい!」
「っ!」
「うわー、フリーで打たせたら触れねえー……」
ブロックに阻まれなかった田中のスパイクは山口の腕を弾き飛ばし、影山たちが第1セットを先取した。
「くそ……」
「どうだ、月島コラアアア! 俺と日向潰すっつっただろうがあああ!」
「そーだそーだ!」
「やってみろオラアアア!」
田中の煽る声に月島が悔しげに彼らから視線を外す。それに田中が気を良くしたのもつかの間、コート外にいた菅原が何でお前が一番威張ってんのと野次を飛ばし、それに乗った田中の同期が続いて野次を飛ばす。
気の知れた仲間内だからこそできる騒がしいやり取りの中、それに紛れて鶫は静かに試合を分析してノートに書き留めていた。
「……さて、どう出るかしら」
日向くんと飛雄くんの攻撃を止める手段がなければ、決定力に欠ける月島くんたちは相当キツいはず。たとえ守備力が勝っていても攻撃に転じられる手段がなければ、防衛も意味がない。
試合は第2セットへ進み、日向と影山の速攻や安定した田中のスパイクで得点差は着実に広がっていく。時折日向のレシーブミスもあったがそれを補っても余りある得点で、影山側の優勢は変わらない。そのうち月島は上着を脱ぎ捨ててTシャツ一枚になっていて、彼の内側にある“熱”が垣間見えた気がした。
「影山、確かに凄えけど……すんごい神経すり減りそうだな、あの精密なトス」
「日向も普通の何倍も動き回ってしんどそうだ」
「うん、でも――楽しそうだ」
楽しそうな顔でガッツポーズをした日向と影山の姿を見た菅原がそう呟き、長かった試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
セットカウントは2‐0。勝者は日向・影山チーム。
「だ――」
「だ?」
「大地さんもスガさんも、鶫ちゃんも――あいつらにあんな攻撃使えるって見抜いてあんなこと言ったんスか!?」
「えっ!?」
「ああ……」
「連携攻撃が使えたら、烏野は爆発的に進化する」
「何か上手いこと使ってやれんじゃないの!?」
「――思い出して、日向くんの言葉」
それぞれに思い当たる節があった三人は自分が口にした言葉を思い返し、澤村と菅原はそんなことあるかと言いたげに表情を変えた。
「そっ、そんなわけあるか! 俺は“もっと日向が打ち易いトス上げたれよ”って意味で言ったんだよ!」
「俺は、影山の多少無茶なトスにも日向なら合わせられるようになるかなって思ってた。でも良い意味で裏切られたな」
「日向がトスに合わせるんじゃなく、トスを完璧に日向に合わせる……日向が何処に跳んだとしても。セッターがスパイカーに気持ち良く打たせるっていうのはすっごく当然のことなんだけど――」
その“打たせる”ための精度がとんでもなく高い。
「日向がまだ下手くそで“打てなかった”からこそ、影山の真骨頂を発揮させたんだろうなあ……」
「うん。なんていうか……二人で足し算した戦力になれば良いなと思ってたのが、二人でかけ算した戦力になっちゃった、みたいな」
――これは、予想以上に凄いコンビが出来ちゃったかもな。
「はー……なるほど。じゃあ、鶫ちゃんは?」
「私ですか?」
そんな彼らのなかで顔色を変えることなく静かに話を聞いていた鶫に田中がそう問いかけると、彼女は少しだけどう説明するか迷ってから日向と影山の方へ視線を向けた。
「私は――二人には可能性があると思ったんです」
「可能性?」
「お互いが長所を伸ばし合い短所を補い合う可能性です」
未熟でも天性のスピードとバネを持っている日向。その能力を高い技術で完璧に生かす影山。
「でもそれでも余りある、互いの能力を最大限に生かす可能性」
「!」
「飛雄くんであれば“あのトス”を上げられるであろうとも思いましたし、日向くんの性格を考えれば真っ直ぐに跳んでくれると考えていました」
でもその辺りはやっぱり実践してみないと何とも言えませんでしたけど、上手くいって良かったです。
あっさりとそう口にした鶫は影山に遠くから声をかけられたのでそのまま彼の元へ小走りで駆け寄って行ってしまったが、彼女の分析力と先を読む力を垣間見た三人は唖然として彼女の背中を見送っていた。
「……いやあ、なんていうか舞雛も舞雛で別の意味でとんでもないな」
「ホントそれ」
澤村の言葉に同意した菅原は試合中ずっと隣で鶫と一緒にいたが、彼女が持っていた真っ白なノートが試合終了後には真っ黒になっていたことを思い返して目を細める。
「“あの異名”で呼ばれているのは伊達じゃないよ」
「そうだな」
日向と影山は月島と何やらじゃれ合っていて、山口はそれに巻き込まれるようにその輪の中であたふたしている。どうにも騒がしいが嫌ではない喧騒に鶫が表情を緩ませた時、その喧騒から逃げ出した月島に澤村が声をかけた。
「月島。どうだった、三対三」
「……別に、どうでも。エリート校の“王様”相手だし、僕ら“庶民”が勝てなくても何も不思議じゃないです」
「ふーん……でも、その割にちゃんと本気だったじゃん」
「……」
「キャプテン!」
「?」
月島の本気を誰よりも近くで垣間見た澤村が嬉しそうに笑った時、後方から日向と影山が澤村を呼んでくしゃくしゃになった入部届を差し出した。澤村はその二枚の入部届を静かに受け取ると鶫と清水に顔を向け、“アレ”が届いているかと確認をした。
「アレ?」
「ふふ、ちょっと待っててね」
アレとは何だと首を傾げる日向と影山に鶫はそう言って清水と共に一度備品庫に行くと、ひとつの段ボール箱を手にして戻ってきた。ガサガサとビニールの音を立ててその中から出てきたのは、染みひとつない真っ黒なジャージ。その背には白字で大きく“烏野高校排球部”と書かれていた。
「うほおおおおお!」
「サイズは大丈夫だと思うけど、何かあったら私か鶫に言って」
「あザース!」
「お前も着てみろよー」
「いや僕は後でも……」
「恥ずかしがりやか! 良いじゃねえか着てみろ!」
「……」
日向と影山が嬉々としてジャージに袖を通している傍では月島が菅原と田中に押されるようにしてジャージに袖を通し、それに続いて山口もソワソワと嬉しそうにしながらジャージに袖を通している。そんな彼らを微笑ましそうに見ていた鶫に気付いた菅原が、段ボール箱に残っていた鶫のジャージを差し出した。
「ほら、舞雛も!」
「!」
「な?」
「……はい!」
選手四人にマネージャー一人で合計五人の新入部員。新品のジャージに身を包んだ五人が揃うと菅原と田中は感慨深そうに声を上げ、澤村も満足げに微笑むと彼らを見つめた。
「――これから烏野バレー部として、よろしく!」
「……おす!」