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 五月三日、GW合宿二日目。

 携帯のアラームで目が覚めた鶫は布団から体を起こすと大きく伸びをして軽く首を回し、片手を口元にあてて欠伸をひとつしながら携帯のアラームを止める。時刻はちょうど午前五時半。毎日のようにあった朝練とそれに付き合っている鶫には普段とほぼ変わらない起床時間だった。

「むう……」

 合宿施設は少しだけ冷えるのか鶫は手近に置いていたポンチョ型のブランケットを肩に羽織り、少し身震いをしてから洗面用具を持って部屋を出た。ぼんやりとした思考のまま鶫は食堂の給湯器をつけてから洗面所に向かったが、朝早い時間のためにまだそこには誰の姿もない。

「んー……」

 今日は朝にロードワークが入っていて、午前は全部レシーブ練……だったはず……。私もレシーブ練のお手伝いするから軽くアップ取らないと……。

 イマイチまだ目が覚めないまま歯磨きをしていると大部屋の方から足音が聞こえてきたのでそちらの方へ目を向ければ、大きな欠伸をしながらこちらに歩いてくる影山の姿があった。学校に行く前に影山がいつもロードワークをしているのを知っている鶫は特に驚きもしなかったが、影山は自分よりも早起きをしている鶫を見て少しだけ驚いた顔をした。

「お前起きてたのかよ」
「……おはよう、飛雄くん」
「まだ寝ぼけてんじゃねえか」

 お前昔から朝弱いよなと言いながら鶫の隣に立った影山はバシャバシャと顔を洗うと首に引っかけていたタオルで顔を拭き、持参していた歯ブラシで歯を磨き始める。その横ではまだ寝ぼけている鶫が立っていて、シャコシャコと音を立てている歯ブラシの動きはやや緩慢だった。

 しばらくすると鶫は口を漱いでパシャパシャと音を立てて顔を洗い、置いていたタオルが見つからずワタワタとしていると横にいた影山がそれを見かねて自分の首にかけていたタオルを彼女の手に握らせる。影山の厚意に甘えてそのタオルで顔を拭いて深く息を吐くと鶫の顔は大分すっきりしていて、影山はそんな彼女を横目で見ながら口を漱いだ。

「ありがとう、飛雄くん」
「おう。目、覚めたのかよ」
「うーん、まあまあ。飛雄くんはこれからロードワーク?」
「午前練でロードワーク入ってるからオーバーワークにならねえ程度にな」
「うん、何時もより短めにね」

 着替えたら走ってくるという影山にタオルを返した鶫は洗面所の前で彼と別れ、一度部屋に戻って着替えを済ませてから朝食の準備のために食堂へ向かう。するとちょうどタオルと歯ブラシを持った日向と鉢合わせ、彼は顔を洗った時に少しだけ濡れた前髪を揺らしながら鶫の前で足を止めた。

「あっ、おはよう鶫ちゃん!」
「おはよう、日向くん」
「なあなあ、影山の奴見なかった!?」
「飛雄くんならさっき着替えてロードワークに行くって言ってたけど……。大部屋にいないなら多分もう行っちゃったかも」
「ぐぬぬ……先越された! おれも走りに行ってくる!」
「午前中にロードワークあるから軽めにね!」
「わかった!」

 バタバタと足音を立てて廊下を駆けて行った日向はその勢いのままロードワークへと向かい、その彼の後ろ姿を見送った鶫は朝食の準備に取りかかった。まずは米を研いで炊飯器にかけ、野菜をひと通り切って根菜類を水を張った大鍋に入れて火を入れる。その間に色々な調理を平行させていると武田が合流して調理を手伝ってくれた。

「舞雛さんはお料理得意なんですね。昨日も手際が良くて驚きました」
「いえ、そんな。大した物は作れないので……」
「これだけできれば十分ですよ。将来良いお嫁さんになれますね」

 ニコニコと微笑む武田の言葉に鶫はそうだと良いんですけどと笑ったところで大部屋の方から部員たちの話し声が聞こえてきて、ぞろぞろと廊下を歩いている様子がキッチンの間から見ることができた。ほとんどの部員たちはそのまま真っ直ぐ洗面所の方へと向かっていったが、その輪の中にいた菅原がキッチンにいた鶫の姿に気が付いて軽く手を振ってきた。それに応えるように鶫が手を振ってくれたことに菅原が笑みを浮かべた時、後方から澤村がなにしてるんだと首を傾げて彼の視線の先を追う。

「ああ、舞雛か」
「うん。先生と一緒に飯の準備してるの見かけたからさ」
「良い匂いだ。何だろうな?」
「うーん、ベターに味噌汁はあると見た!」

 澤村と菅原は朝食の献立が何かを予想しながら洗面所に向かえばすれ違いで何人かの部員が着替えに向かったので、それほど待つことなく顔を洗って歯を磨くことができた。大部屋に戻れば着替えを済ませた田中と西谷が真剣な顔で何かを話していたが、彼らが変に真剣な顔をしている時にはろくな話をしていないことを知っている部員たちは彼らに構うことなく身支度を整えている。

「……ノヤっさん、食堂にいた舞雛のエプロン姿見たか?」
「見たぜ龍。めちゃくちゃ可愛かったな!」
「だよなー! 可愛い子がエプロンつけてキッチンに立ってるだけで、なんかこう……新婚気分を味わうことができる……!」
「それに舞雛は料理上手、言うことナシだな!」
「またくだらない話してるよ……」

 田中と西谷の会話に縁下が馬鹿やってないで布団畳めよと渋い顔をしたが、二人はまだこの余韻を味わっていたいと胸に手を当てて窓の外の景色を眺めている。そんな二人に苦笑いをしながら着替えを終えた菅原は自分の布団を畳むと先に降りるぞーと声をかけて大部屋を出て、何か手伝えることはないかと食堂へ向かった。

 食堂へ行けばちょうど武田が席を外していて姿が見えず、鶫がフライパンを振っている後ろ姿だけがあった。食堂には既に朝食の良い匂いが漂っていて、菅原の胃を刺激する。

「おはよう、舞雛」
「おはようございます、菅原先輩」
「……」
「菅原先輩?」
「あ、いや何でもない!」

 エプロン姿でこちらに振り返った鶫を見て先程田中と西谷が話していたことが一瞬頭の中を過ったが、一生懸命準備をしている後輩に申し訳ないと気持ちを切り替え、フライパンから出汁巻き卵を下ろしている鶫に何かすることはないかと訊ねた。

「手伝えること、なんかある?」
「大丈夫ですよ。座っていてください」
「気遣わなくて良いって。暇してるからさ。とは言ってもあんまり料理得意じゃないけど」
「ふふ。じゃあテーブルを拭いてお箸を並べてもらっても良いですか?」
「おっ、任せろ!」

 それなら俺もやれると笑う菅原に鶫も釣られるようにして微笑んで、絞った布巾と箸が入った入れ物を手渡す。菅原に手伝いを頼んだところで武田が戻ってきて、着替えをしていた部員たちも食堂へと下りてきた。一気に賑やかになった食堂に鶫と武田の料理がほぼ出揃った頃、ロードワークから戻ってきたらしい日向と影山が合流する。

「あ、すいません! おれやります!」

 先輩たちが準備をしていることに気付いた日向が慌ててその輪に加わり、鶫と武田が大皿で出していく料理をテーブルへと運んでいく。塩鮭の切り身と鶏肉の照り焼き、出汁巻き卵やきんぴらごぼう、マカロニサラダとほうれんそうといんげんのゴマ和え、大根の和風サラダとおかずが続き、炊き立てのご飯の横には具だくさんの豚汁が並ぶ。

 栄養バランスを考えながらも日中ずっと運動をし続ける部員たちの体力が持つように鶫が献立を立てて清水や武田と予算を含めて打ち合わせをしながら考えたメニューは、部員たちの目を輝かせた。

「すごい! おいしそう!」
「味の好みがあるから絶対美味しいって保障はできないけど、多分大丈夫なはず」
「それじゃあ……」
「いただきます!」

 全員が席についたことを確認した澤村が手を合わせると、部員たちもそれに続き皆で手を合わせて食事を始める。競い合うように料理へ箸を伸ばされていく大皿の料理はどんどんその嵩を減らしていき、食べ盛りの彼らの食欲に鶫は微笑ましそうに口元を緩めた。

「音駒っていつこっちに来るんですか?」
「うちの前にも練習試合があるみたいだから、今日か明日には来るのかもね」
「いいな! 練習試合ツアー!」

 口いっぱいに頬張っていたご飯を飲み込んだ日向の問いかけに答えたのは菅原で、練習試合を重ねてくる音駒の面々が羨ましいと日向は目を輝かせたが隣に座っていた影山は眉を寄せた。

「キツいぞ」
「キツいだろうけど!」
「お前が思ってる数倍はキツいぞ」

 影山によると中学時代に鶫が部員たちの要望を受けて組めるだけの練習試合を組んだ年があったが、部員たちを絶句させるキツさだったらしい。彼女曰くそれを見越して組んでいたらしいが、それを行うだけの実行力と綿密なスケジュール調整はあの影山を渋い顔にさせるほどのもののようだ。

 しかし烏野の合宿メニューもなかなかキツく、朝一のロードワークから始まりスリーメンにレシーブ、強打レシーブ、サーブとサーブカットなどを普段の三倍をこなしてようやく午前の練習が終わる。昼休憩を挟んだ午後はフリースパイク、コンビ合わせと二段トスとスパイク練習が中心になり、日替わりで合宿の特別メニューが組まれAB戦を練習終了時間ギリギリまで行ってから反省会で終了となる。

「うげ……」
「本当に一日中バレーなんだ……!」

 渋い顔をする月島に対して日向は嬉しそうに目を輝かせるたが、遊びじゃないぞと窘めた影山の言葉でムッとむくれながらもわかってるしと唇を尖らせる。

「つうかお前には絶対負けないからな!」
「何がだよ!」
「全部だよ!」

  

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