31



 得点は13-14。烏野が一点先に進んでいるようだが、ほとんどは一進一退の攻防戦が続いている。それに菅原は僅かに渋い表情をしていたが、対する及川はのびのびとプレーしていて、ネット越しに菅原を見た。

「……」

 ――あの爽やかくんも決してレベルの低いセッターじゃないけど、彼が組み立てるのはあくまで教科書的な攻撃。決して無茶をしないセットアップ。

「烏野の基礎的攻撃力が高いのは確かだけど、そういうチームとは今まで何回も戦ってきた」

 さあ、突き放しに行こう。

「……!」

 悪寒が走った鶫が思わず及川へ視線を向ければ、彼は不敵な笑みを浮かべていた。


「岩ちゃんナイス!」
「……」

 それから間もなくして、菅原のブロックの所が抜かれることが多くなりセットアップも読まれ始めてきていた。それをコート外で見ていた鶫が気付いているのだから、本人である菅原も内心では焦っているに違いないと彼女は少しだけ眉を寄せる。

「……このままだと不味いかも」

 バレーボールには時間制限がない。たとえ25点奪取していたとしても、その差が二点以上でなければ試合は何時までも続く。バレーボールにおいてサーブ権を受ける側の方が得点を稼ぎやすいが、サーブ権を持った側が得点を稼ぐとその均衡は一気に崩れる。

 及川のサーブを西谷が受け菅原の元にボールが運ばれたが、田中のスパイクを読んだ青葉城西のブロックがそのスパイクを阻みボールを烏野側に叩き落す。

「――ブレイク」

 サーブ権を持った側が得点をし均衡が崩れる瞬間を、バレーボールではブレイクと呼ぶ。

 得点は動いて15-14。2セット目で青葉城西が初めてリードした瞬間だった。

「ブレイクは流れが動き出す始まり……」

 ここで青葉城西に乗せられたら不味い。


「――……」

 ――だんだん

 自分の首が絞まって行く様に感じる。
 でも、不思議と落ち着いている。

 まだ焦りに集中が濁されていない。
 理由はきっと――目的がハッキリしているからだ。

「――……」

 ――自分がベンチに下げられるってことは、自分が用済みだと言われた証拠だと思っていた。
 実際、あん時はそうだったんだと思う。

 俺と菅原さんの出来ることは違げえけど
 多分、目的は同じだ。

“でも、今は後ろにお前が控えてる。すごく頼もしい”

 ――出たい

 出たい出たい、試合に出たい
 ボールに触りたい、戦いたい

 コートの中の緊張をくれ
 息苦しさをくれ
 そこに立たせてくれ


 もっとここに居たい
 仲間と一緒に戦っていたい
 自分の手でトスを上げたい


 何度でも

 ――ならば

「俺は俺なりのベストを、お前はお前なりのベストを。それで――」

 今、目の前の試合に勝て


「ナイスレシーブ!」
「ッシャア!」

 西谷のレシーブが綺麗にセッター位置へと返り、菅原がトスを上げるためにボールの落下地点を見極める。そのネットの向こう側では金田一がレフト側からの攻撃が続いていることからそろそろセンターの攻撃を挟んでくると予想してセンターへ移動し、予想通りセンターに跳んだ日向のスパイクをブロックで叩き落とした。

「っしゃあああああ!」
「っ!」

 レフトの攻撃が続きセンターからの攻撃を挟んでくることを読まれた烏野。相手ブロックに日向のスパイクが阻まれ菅原は僅かに唇を噛んだが直ぐにへらっと笑うと、今の速攻少しゆっくり過ぎたなと日向に謝罪した。

 そしてベンチでは、烏養と鶫が少し会話を交わすと烏養が影山を呼び寄せる。それが何を意味しているのか、青葉城西は勿論、烏野側の面々も直ぐに分かった。

 ――次のラリーが終われば、菅原と影山が交代する。

「……」

 あと、1プレー……かな。

 そう思いながらその様子に背中を向けた菅原に、自分のポジションに戻りながら東峰が彼の名前を呼んだ。それに菅原が振り返ると東峰は背中を向けたまま、言葉を続ける。

「次の一本、俺に寄越せ。絶対決める」
「! ――おう!」


「――以上だ。これ終わったら交代する」
「ウス」

 烏養の指示を受けて影山がベンチから腰を上げると、影山が鶫へ視線を向けた時には彼女も同じようにベンチから腰を上げていてゆっくりと影山に歩み寄った。行ってくると言った影山に鶫はひとつ頷いて行ってらっしゃいと返すと、ふっと表情を緩めた。そんな彼女の様子に影山が首を傾げると、鶫は目尻を下げたまま影山を見上げた。

「飛雄くん」
「ん?」

 ――きっと今なら。

「人を視る目、もうひとつ」
「!」

 鶫はそう言うと影山の背中を押してコートへ向けさせると、両手を彼の背中に当てたまま自分の目をそっと閉じた。

「コートを走り回る足、ボールに触れる手。一人一人の動きと目線、普段の練習。全部頭に入れて感覚を研ぎ澄ます、コートの全部が見えてくる」

 この言葉の意味が、伝わるはず。

「でもね、選手の一人一人の動きやプレースタイルを把握した所で、直ぐに把握出来ないのは、今まで積み重ねてきた精神状態や信頼関係」
「!」
「私みたいな感性や感覚は飛雄くんには確かにない物」

 この感覚はたとえ一生をかけたとしても、共有することも教えることも理解することもできない。

「私と同じように見聞きすることはできない」
「……」
「でも、相手は飛雄くんが知る人ばかり」
「あ……」
「仲間である烏野も、そして敵である青葉城西も。マニュアルや一般常識で計れないプレーはそんな所から不思議と出てくる。だから今までを思い返して、広い視野でコートと選手を視て、考えて」

 今の飛雄くんなら、できるはず。


 岩泉のサーブを澤村がセッター位置へと返すと菅原はボールの落下地点へ足を向け、レフト側へトスを上げた。その先には東峰が跳んでいて、先程の言葉通り金田一のブロックを弾き飛ばし相手コートにボールを沈めた。圧倒されるラリーに観客が言葉を失うと同時に選手交代のホイッスルが鳴り、鶫はそのまま影山の背中を軽く押して自分はベンチに戻った。

 鶫と入れ替わるように菅原が影山に駆け寄ると真っ直ぐに彼を見つめて、ふっと表情を緩めた。

「……ちょっと悔しいけど」
「?」
「俺のトスとお前のトス、打ってる時の日向の顔が違うんだ。それと、分かってると思うけど」

 うちの連中は、ちゃんと皆強いからな。

 菅原のその言葉に影山は目を見開くとしっかりひとつ頷いて返事をする。それを見た菅原は笑顔を浮かべると、よしと満足げに頷いて続いて何かを言いかけたがはっと表情を変えて、凛とした表情で影山の肩を叩く。

「――勝つぞ」
「ウス」

 影山がコートに駆けて行くのを見送った菅原はベンチに居る烏養の元に駆け寄って頭を下げる。それに烏養がニヤリと笑い青城と互角に渡り合ったじゃねーかと言えば、うちの連中は強いですからと菅原は笑った。

「でもアレだな。次ん時はセンター線、積極的に使っても良いかもな」
「――……ハイ! ありがとうございます!」
「!?」

 そうして再び頭を下げ待機場所に戻っていく菅原に驚いている烏養、それを見た武田がふっと笑うと、次っていうのは凄く嬉しい言葉なんじゃないですかと嬉しそうに言った。それに鶫も目尻を下げると、コートを見つめている菅原へ視線を向ける。

「……」

 ――皆の力を引き出せたら、青城とだってちゃんと戦える
 でも

 その先へ一歩進むにはやっぱり烏野だけが誇る"最強の囮"が百パーセント昨日しなくちゃいけない。
 それが出来るのは、お前だけだ影山

 

PREV   TOP   NEXT