幕間:高専1年禪院直哉と伏黒恵の邂逅
本当に、偶々のことだった。
どうしても東京に居る呪術師だけでは手が回らず「私どもの方も大変不本意ですけども」なんてわかりやすく嫌な顔をして依頼してきた東京所属の補助監督。御三家の噂は兼ね兼ね、関わり合いたくないですねと言わんばかりである。俺もオマエみたいな雑魚相手したないわ。どうせ一般の出の碌でもない術式持ちやろ。だから呪術師ではなく補助監督なんてもんをしてるんだろう。あーあーアホらし。俺の態度が余程気に食わないのか、チッと舌打ちをされた。禪院相手にいい度胸やな。まだ学生だからって舐めてるんだろう。俺はにっこりと笑う。
「そんなに嫌なら自分とこの自称最強が出張ればええんちゃう?最強1人、あれ、2人組やったっけ?どっちにしても事足りるやろ。んじゃ俺はこの辺で」
「ッ、五条悟と夏油傑は最重要任務中です」
「そーですか。俺関係あらへんし。大体東京周辺東北はそっち管轄やろ。京都の俺がやる意味あらへん。めんどいし」
「アンタ何しに東京来たんですか!?」
「え、観光?」
取り敢えず赴いて、真正面から蹴るつもりで来ましたけど?そんでもって言った通り気儘に観光でも。というかもう昨日から観光しとるし。「オマエ暇なのか」とジジイに呆れられたが、そら暇や。だって周り雑魚しかおらんし。教鞭振るう連中ですら格下やし。「まぁ確かに」と頷かれた。そんなこんなで俺は好き勝手やっている。
しっかし東京はどこもかしこも非術師が犇めきあってんな。京都も観光地なら中々だが、東京と比べるもんじゃないな。ぶっちゃけ東京観光も1日で飽き飽きしていた。ストレス発散に任務受けるんもええかもな、と思うくらいには暴れたかった。うん、予定変更。
「で、何処行けばええん?」
「は」
「気まぐれや気まぐれ。別途金出す言われとるし小遣い稼ぎには丁度ええ」
ほれほれ、俺の気が変わらん内に言ったほうがええで?「…場所は埼玉です」東京とちゃうんかい!ハーめんど、やっぱ蹴ろうかな。「貴方には荷が重いかもしれませんが」ああん?誰に荷が重い言うとんねん。よーし速攻終わらせたろ。補助監督の手の中にある新幹線のチケットを奪い取る。
「どうせこれ渡して1人でさっさと行けって言おうと思ったんやろ?ええで、クソ邪魔なオマエは着いてこんで」
「……」
「ほな。明日辺りにでも終わりましたーって勝手に報告してええで。確認不要やこんな任務」
そのまま補助監督に背を向けて歩き出した。ほんま、めんど。埼玉って何あるんやろ。端末の任務明細を見て、地図を確認して呆然。めっちゃド田舎やん。せめて大宮とかにせぇよ。絶対これ、俺への嫌がらせや。しかし受けてしまったものは仕方ない。頭をガシガシ掻きながら「マジ東京校クソ」と吐き捨てた。
◇◇◇
さて、新幹線に乗り在来線に乗り換えて風景が山ばかりになったところで聞いたこともないような駅で降り、更に1日数本しかないバスに乗り…ってこれ帰りどうするん?ホテルくらいそこら辺にあるやろと思ってたが、こんなド田舎じゃそれも怪しい。「…もうどうにでもなれ…」最悪術式使えばどうとでもなる。そうしてたどり着いた場所は、そこまで過疎ってるような場所ではなく一先ず安心した。
目的地まで歩いて向かっていると、前方にちんまいガキが歩いていた。水色の服に黄色い帽子、どう見ても幼稚園児。そしてその隣にはその園児を10倍にしても足りなそうな大男。「恵ちゃん、今日も幼稚園楽しかった〜?アタシは今日オフだったからお化粧の研究〜」…お、オカマや…オカマがおる。え、オカマが父親?いや母親?アカン関わり合いには絶対なりたくない。距離はあるが念の為更に距離を置く為に足を止める。と、ビュン!すごい風圧と共に俺の横を何かが通り過ぎる。何なん!?そして怒号。「オカマ野郎!勝手に恵を連れて帰るんじゃねぇ!!」…おん?どこと無く聞き覚えのある声。俺の横を猛スピードで通り過ぎたのはガタイの良い男だった。男がオカマに強烈な蹴りを入れる。そしてオカマはその蹴りを軽々と片手で受け止める。なに?この状況。そして見えた横顔。あ、
「甚爾君やん」
「あん?」
何年か前に家を出ていった禪院甚爾がそこに居た。そういや結婚して伏黒とかいう名前になったって聞いたな。
「誰だお前」と言う甚爾君。覚えとらんのかい。まぁ甚爾君家の人間にまーったく興味示さんかったもんな。ちょっとショック。直哉や、禪院直哉。と言おうとして、ふと園児の方に目を向けた。背を向けていた園児は、こちらを向いていて、ばっちりと顔の様子が確認できた。それを見て俺に衝撃が走る。
「…ミニ甚爾君やん!?」
甚爾君をそのまま小さくしたような子供だった。まんま顔が甚爾君。頭がバグる。よろよろとその園児に近づく。「おいテメェ恵に近づくんじゃねえ」と威嚇するように殺気を含ませた甚爾君の声が聞こえたがそれを無視して園児の脇に手を入れ持ち上げる。そして甚爾君の顔の横に園児の顔を並べる。
「…甚爾君が二人おる!」
「いや俺は二人いねえよ」
「クローンか…?」
「息子だよ俺の!つかお前誰だよ」
甚爾君が俺の手からミニ甚爾君を奪い取る。そこで俺はまるで催眠術が解けたようにハッと正気に戻る。えぇ…?俺今何してたん?俺を睨む甚爾君に両手を上げる。
「覚えとらん?直哉や、禪院直哉」
「…禪院だと?いや、待て…直哉…?」
禪院、と名を出した瞬間甚爾君とオカマから殺気が飛んできた。思わず構える。もしかして俺、マズかったりするん?甚爾君は「なおや…直…直哉…」なんか記憶から俺を引きずり出そうとしてるらしい。そしてその数秒後「ああ」と思い出したように声を上げ
「金魚のフンみたいに俺の後ろ付いてきたあのガキか」
「誰が金魚のフンや!」
金魚のフンなんかやっとらんわ!甚爾君の腹に一発拳を入れるが固くて全然ダメージ入らんかった。え?腹に鉄板でも仕込んでるん?「なぁに?甚爾君のお知り合い〜?」先程飛ばしてきた殺気を隠し、オカマがニコニコ顔で割って入ってくる。うわ、俺は後ずさった。甚爾君と甚爾君ソックリの園児、そしてオカマが並ぶ。絵面ヤバいな
「…オカマさん甚爾君のお嫁さんっていう認識でええん?」
「良くねぇよぶっ殺すぞ」
「アタシ恵ちゃんにも振られてるのよねぇ。ただの近所のお姉さんよ」
「おねえさん」
オネエさんか、成程理解できん。ミニマム甚爾君が「おねえさん」と本当に呼んでるあたり、理解できん。
それにしても甚爾君の息子なぁ。恵君言うてたか?まった大層良い名前貰ったみたいやな。甚爾君の腕の中に大切に抱かれる恵君に「随分とまぁ、家族ごっこが楽しそうやねえ」と笑った。「あ"?」ドスの利いた甚爾君の声にお口チャック。
「つーかお前なんで居る」
「東京モンに嫌がらせで仕事押し付けられたんや。東京まで出てきてやったと思ったら埼玉行って来いやで?」
「東京に術師いねぇのかよ」
「知らんよ。五条悟と夏油傑はなんや重要任務がどうのって言ってたけどな」
「蹴りゃ良かっただろ」
「暇つぶし程度に受けたらこのザマや」
「そーかい。つかお前の仕事、呪霊狩り?」
「おん、呪詛師が居るなんて話は聞いとらんよ」
答え方ミスると多分、甚爾君に殺される。
甚爾君が呪詛師だということは禪院家に知れ渡っている。下っ端の阿呆どもがやらかした事件。甚爾君のお嫁さんにちょっかい出して殺して、そして甚爾君直々に報復を受けた。見るも無残だったらしい死体を見て、臆病モンは身体を震わせて「禪院甚爾には手を出すことなかれ」と仲間内に触れ回ったらしい。馬鹿ばっかやなぁ、そんなもん最初からわかってたことやん。甚爾君、人間は普通に殺せるんやから。
俺は両手を上げる。甚爾君相手に屈辱、とはならない。あの甚爾君やし。俺はこんなところで死にたくないし、そもそも告げ口する気もない。それなのに「んじゃ、お前殺しても呪霊のせいに出来るってことだな」と極悪非道の笑みを浮かべる甚爾君に「嘘やろ」と言葉を零す。…え、マジで?
「俺、甚爾君と敵対する気あらへんよ…?」
「どっから情報漏れるかわかったもんじゃねぇからな。安心しろ、呪霊の方はお前殺した後にぶっ殺しておいてやるよ」
「祓う呪霊の心配しとらんわ!」
一帯に殺気が満ちる。やばいマジで殺される。術式使って逃げ切れるか、流石に甚爾君追いつけへん…よね?甚爾君の横に居たオカマも「呪術師は殺りがいあるわ〜」とボキボキと指を鳴らしていた。やっぱ仲間か。見た感じパワータイプ。速さなら俺が断然上、逃げ切れる。
つーかめっちゃ視線感じるんやけど?甚爾君の腕の中、恵君とやら。じぃーっと、穴が開きそうなくらい俺を見る。なんやガン飛ばしてやんのかクソガキ。ガキに構ってる余裕は
「わんこ、」
な
「は、恵ちょっと待て何する気だ!?」
い。
甚爾君の腕の中にいた子供が、甚爾君の腕から逃れぴょんと地面に足を付けた。甚爾君に隙が生まれる。十分すぎる時間。よし、行ける。ナイスやガキ!術式を展開させようとして、ずるり、何かが突然目の前に現れた。は、?
それは黒い犬だった。呪力の塊、犬の形をした犬ではないモノ。影から這いずり出て――影?
秒で導き出されるその正体。
「真逆、十種影法術…か?」
ありえへん、こんなガキが禪院家相伝術式持ち?しかもこの年齢で術式が現れ、それを使っている?ハ?嘘やろ畜生が。このことが本家に、オトンに知られれば。禪院家に迎えようだなんて言い出したら、そしたら俺は。
――殺したくて堪らない、あのガキが居れば確実に俺の邪魔になる。俺の禪院家当主になるという野望が。こんなクソガキに、邪魔されてなるものか。
甚爾君の手から子供が離れた瞬間に殺気は四散している。弱点丸わかりやな甚爾君。構えてるオカマは多分出し抜ける。目の前に現れた犬からも、殺気はない。何しに出てきたんやろなこの犬。
逃げることに集中しようと思ったソレを、ガキに集中させる。
せめてもの情けや、一撃でぶち殺したる。そう一歩、踏み込もうとして、
「…ッて待って!?俺なんか地面に沈んでない?どうなっとるん!?」
「ちょ、待て待て待て待て。恵なに影に仕舞おうとしてんだ!?」
「影に仕舞うって何!?」
踏み出そうとした脚が動かず、理解より前にずぶずぶと地面、というか影に飲み込まれていく。ちょ、もう腹まで埋まってるんやけど!?俺これどうなるん!?
「あら〜恵ちゃんお兄ちゃんが欲しかったのぉ?」「兄貴分ならアキラで我慢しとけ!」ちょっとそこの二人呑気に喋らんと、助けて…くれんよなぁ…。あ、ヤバいもう胸のあたりまで沈んどる。
「…あ!何か見覚えがある感じと思ったら…!えぇと直哉君だったかしらん?最後沈むとき親指立てて沈んでくれるかしら?こう、溶鉱炉に沈んでいく感じの」
「俺はどこぞのT-800とちゃうぞ!こんのドブカスオカマ野郎がァ!!」
どぶん、全身影に沈んだ。
後に「あれはよかったぜ。特にラストシーンで直哉が親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかった」と爆笑しながら語る甚爾君をマジ殴りする未来があるのだが、今の俺には識るよしもない。
つか俺この後どーなるん…?
◇◇◇
「どこやねんここ」
足を地に着け、暗闇に居た。自分の姿だけははっきりの浮かび上がる闇。あのガキの生得領域か…否、純粋に影の中か?文字通り影に仕舞われちゃったってことで。俺ここから出れるん?一生此処に居るとか絶対嫌や、つか死ぬわ。ほんまなんで俺こないなことになっとるん?はぁ、溜息を吐くと「わん!」と犬の声が聞こえた。
「犬…いや、犬どこ?」
「わんわん!」
「うわ、噛むなや。そこおるん?闇と一体化してて見えん」
足を甘噛された感覚、恐る恐る手を伸ばすと柔らかい感覚が手に触れた。影に沈む前に目の前に現れた黒い犬だろう。十種影法術の玉犬、そう認識したら今まで見えなかった玉犬の姿が影に浮かび上がるように自分の目に映った。え、なんで急に見えるようになったん?なんて思ってたら背中にドンッと衝撃。うわ!と声を上げて目の前の玉犬に飛び込む形になる。
「もう何なん!?ってもう一匹犬!」
「わん」
「今度白いし」
「わんわん!」
「犬じゃなくて出口欲しいんやけど俺」
「きゅーん?」
きゅーん?やのうて。出口なんてありませんけど?とでも言うとるんか?おん?何が楽しいのか、俺の足元をぐるぐると回る二匹に「おすわり」と言ってみたが無視された。躾のなってない犬やな。
「つかマジでどないせぇっちゅーねん」
犬二匹、見えるようになっても周りはずっと闇である。「…えーっと、恵くーん?聞こえとる?おーい」無音。響く感じもしない。時間経過も分からん。そんなに時間は経ってないはずだが、ここと外の時間の流れが同じだとも限らない。やっと出られたと思ったら百年後でした〜!とか笑えんよマジで。
なんて考えてたら犬が二匹、ピンと耳を立てた。お、なんや?頭上にぽっかりと穴が空いたような光。家の天井みたいなもんが見える。外や!「わんこー」と子供の、恵君の声。それに反応するように犬が吠える。そして、頭上の穴めがけ飛ぼうとする犬にハッとする。待て待て!俺このまま置き去りにされるヤツやん!慌てて犬にしがみつく。「ゥウウ、ガウ!」迷惑と言わんばかりの唸り声。「俺は絶対離さんぞ!」と声を上げれば、何か呆れたように「わふん」と鳴き、再び頭上の穴へ向かって飛ぼうとする。
そして、
「外や!」
「うわ、出た」
甚爾君第一声それは酷くない?なんて思ったのもつかの間、秒でロープでぐるぐる巻きにされ天井から吊るされた。え?ぶらんぶらん揺れる自分の体。地上数メートル、俺を見上げる複数人。その中には恵君もさっきのオカマもおる。あー…えっと、
「どういう状況?」
「今からお前を殺すか話し合うところ」
「生かす方向でお願いしますッ!」
「チッ。普段は踏ん反り返って偉そうにしてるくせに、こういう時だけ下手に出ようとするんだよなァ。クソ呪術師が」
「ああん?なんや雑魚が」
「テメエ今の自分の状況わかってんのか?泣いて助けてください〜!命だけは!って乞えよオラ」
「ハッ、ンな事するくらいなら死んだほうがマシや」
「はは!良いぜ殺してやんよ。甚爾、やっぱ殺そうぜ?」
「…仲良くしろとは言わねえけど最初から喧嘩腰止めろアキラ。これについては恵一任だ」
なんや俺の生殺与奪、恵君に握られてるらしいんやけど。アキラと呼ばれた男が恵君を抱き上げ「お兄ちゃん俺だけで良くない?これ要らんでしょ。育ちが大変よろしいクソだから恵君のお兄ちゃんには相応しくないよ〜だから殺そうねー?」阿呆抜かしおる。そんなこと言われた恵君は首を振る。勿論横に。
「いや」
「恵君、こんなヤツ百害あって一利無しだよ。殺そうぜ」
「だめ」
「殺そうぜ、とか恵の前で言うなよ教育に悪い」
「お前が言うな」
どうやら首の皮一枚繋がったらしい俺は、じぃっと恵君に見つめられる。え、何?俺気に入られてるん?見る目あるやん恵君。俺は君のこと嫌いやけど禪院家に関わらんかったら…否、俺が当主になるために利用されてくれるんなら見逃してやってもいいかもしれんな。
――約十年後に伏黒恵は語る。「俺、小さいながらも直兄に利用価値があるなって確信したんです。条件付ければチョロい直兄は簡単に言いくるめられそうだし、実際そうでしたし。俺と甚爾の未来の為には逃がすわけにはいかないなって。だから甚爾や家族のみんなが直兄殺そうとしたの、止めたんです。殺したらそれまでじゃないですか」柔らかく微笑んでとんでもねぇことを語った恵に、直哉は怒ることもなく脱力することになる。いやマジでその通りやったわ、と。利用されまくりの自分に恥。それでも自分に利益にはなっているので何も言えない。実際次期当主の座は揺るぐことがない確定未来になっている。うん、何も言えない。利用し利用される関係、良いやん?無理矢理自分を納得させた。だってそうじゃなきゃやってられない、マジで。未来の直哉は胃痛持ちである。
そんな未来があるとは露知らず「さぁて、上手くやれば甚爾君も味方に付けられるし、どう利用してやろうかな」なんて哀れにも考える直哉。それをじぃっと見つめる恵。そして「なんかとんでもねえ計画立ててんな」と察する甚爾。
「で、結局?」
「恵が生かすって言ったから殺しナシ」
「殺せなくて残念やったねぇ?」
「殺す」
「だめ」
「恵くーん…」
「だぁめ」
子供に言いくるめられるいい大人達の図、気色悪いな。
取り敢えずぶら下がっている身体をどうにかしたくて「なぁ、降ろしてーや」と言えば恵君以外に睨まれる。そういえば甚爾君以外の連中どちら様?甚爾君がつるんでるってことは十中八九呪詛師だろうけど。「下ろす前に」と後ろの方で様子を見ていたオカマが口を開く。
「取り敢えず縛りは必要よねぇ」
「ハイハイ、聞きますよぉ」
「1、恵ちゃんに危害を加えないこと」
「期限は」
「貴方がお家に帰るまで」
「なんや随分甘いんちゃう?」
「1つじゃないもの。2にアタシ達のことを誰にも言わないこと。こっちの縛りが重いもの」
「なんや、こっちは一生か?」
「アタシ達が表舞台に踊りでなければ、そうなるわねぇ」
「情報開示」
「縛りが先よ」
「俺が京都に戻るまでは恵君に危害を加えない。あんたらの存在は誰にも公言せぇへん。でええん?」
「えぇ。守るのであれば『アタシ達から』貴方へ危害を加えることは無いわ」
しっかり予防線張っとるわ。『俺から』攻撃仕掛けたらやり返すってわけな。まぁそんな穴有る縛りするはずもないか。うん、取り敢えず平気だろう。
「『わかった』」
紐を固く結ぶように、縛りを掛けられる感覚。それと同時にぷつんという音がして、はて、何の音やろか?と思えば1秒にも満たない内にどしゃっ!っと身体が地面に叩きつけられた。縄切れた音か!確かに降ろしてとは言ったけども!これは危害の内に入らんのかい!ぶふっと男の吹き出した笑い声にイラッとする。アキラとかいう男、マジで殺したい。
縄が緩み、身体が自由になる。はー、本当に踏んだり蹴ったりである。立ち上がると目の前には甚爾君が居た。
「恵に感謝するんだな、直哉。取り敢えずは一回生きて家には帰れるぞ」
「二度目は無いみたいな言い方やなぁ」
「そこらへんも恵とお前次第だな」
くい、と袴が引っ張られる感覚。視線を下に向ければ恵君が俺の袴を掴んでいた。ガキの相手かぁ、出来損ないの双子を相手にしたことはあるがそれと同じことしたら縛りに触れるわな。良い感じに懐柔するか、と腰を落とし恵君の目線に合わせる。
「えーっと、恵君言うんやったね。俺は禪院直哉や、よろしゅうな」
「ん。めぐは、ふしぐろめぐみ。3さい。よろしくね、なおやにぃ…んー、なおにぃ?」
「ンンっ」
なんかぐっときた。いや、多分気の所為。ガキに兄って呼ばれて喜ぶとかなんなん?気の所為気の所為。「てめえ何したら初見でそんなに懐かれるんだ…?」甚爾君の疑問は俺が一番知りたいわ。
「で、あんたら何の集まり?呪詛師だろうけど」
「組合よぉ」
「ゲッ!」
とんでもない爆弾だった。組合といえばよく呪術師界隈で噂されている呪詛師の集まりだ。だが、誰もその詳細を知らない。標的にされれば殺され、出会っただけでも殺され、しかもそれが割りかしやらかした連中ばかりであるという。御三家もやし、その上の上層部も組合を嫌っている。標的になる可能性が大やしねぇ。一部の呪術師からはダークヒーロー的な扱いさえされているのだから、笑えない話である。
しっかしなるほどなァ…甚爾君が組合の人間、妙にしっくりくる。
「呪術師は組合についてなんも知らん。人数も本拠地も。そら、リークされたらアカンネタやな」
「そーいうことよん。まったく、なんの考えも無しに甚爾君がここに連れてきちゃうんだもの、困っちゃうわぁ」
「ウチには連れてけねぇだろ」
「甚爾の家と組合の事務所、甚爾の家の方が機密度たけぇの…?」
「俺と恵が住む家だぞ?誰が教えるか」
「…組合メンバーも甚爾の家知ってるヤツ居ないよな…」
「シウくん知ってるよ!」
「はぁ?時雨が知っててなんでお兄ちゃんの俺が知らないんだよ!甚爾ィ!」
「俺息子一人しか居ねぇし。なぁ、恵」
「なぁー?」
「なん、だと…?俺は…恵君の兄じゃなかった…?」
「最初から兄じゃないだろ」
「姉はここですよ!」
「娘が居た憶えもねぇな」
「そんな!私も甚爾さんみたいな父親居た記憶皆無ですが恵君が弟に居た記憶はありますよ!」
「存在しない記憶だなそれは」
…なんやろね、このゆっるい空気感は。頭痛くなってきたわ。なんかもう、恵君を利用して〜とか考えるの今ダルいわ。一旦呪霊祓って一回落ち着いてから考えよ。「ほな、俺はこのへんで」と立ち上がり、この場から去ろうとしたのに、
「おい、恵」
「いー!」
「嫌じゃねぇよ、離せ」
「なおにぃいっしょ!」
「なんで俺こんな懐かれてるん?」
わけわからん。足にしがみついて離れない恵君と、恵君を俺から離そうと引っ張る甚爾君。ちょ、そのへんにしてくれん?袴脱げるわ。攻防は暫く続いた。
そして、
◇◇◇
「なんでこうなるん?」
伏黒家である。結局俺の足から離れようとしない恵君に根負けして、俺も一緒に帰ることになった。俺の帰る場所ちゃうけどな?そんな流れで伏黒家。なんや犬小屋か?と思う狭さのアパートだった。そら禪院本家と比べたらアカンのはわかる、でも狭すぎでは?そんなに金無いんかな甚爾君…。俺が当主になったら甚爾君禪院家に呼び戻したる!要らんおせっかいである。
実際のところ、アパートはほんの少し狭いかな?と思う程度のごく一般的なアパートである。そして甚爾は別に金が無いわけではなかった。寧ろここ最近は恵の為にと馬車馬のように働いて懐もかなり潤っている。広い部屋に引っ越そうと思えば引っ越せるのだが「広いとこより狭い方が恵とくっついていられるだろ」とんでもなく碌でもない理由で狭くて家賃も安いアパートに住んでいるのである。
「ただいまー!」
「恵、手洗いうがいな」
「はーい」
「めっちゃ父親しとるやん甚爾君」
「父親だからな」
なんや随分人間臭くなったなぁ、ちょっとがっかりだ。禪院家に居た時の、何者も近づけさせない、呪力が無いはずなのにあの家で圧倒的強者だった甚爾が好きだったのだ。だから、こんな家族ごっこをしている甚爾を見たくはなかった。
「テメエも手洗えオラ」と尻を蹴られる。甚爾君人のこと言えへんよ、と視線を向ければ「俺はこの後仕事だ」と返ってきた。
「え、俺と恵君二人きりにするん?警戒心は?」
「縛りあんだろ」
「そやけども」
流石にどうかと思う。
一方、甚爾は甚爾で恵と直哉を二人きりは嫌だけど、なんか恵が直哉と二人になりたいみたいなんだよなと察してのことである。なんでコイツ恵に好かれてんだ?と本気で考える甚爾。ちょっともやもやする。浮気か恵、浮気か?許さねぇぞと静かに燃える甚爾。とても見当違い。
そして恵の方は別に直哉のことを好いているわけではない。チョロそうだから自分と甚爾の幸せに一役買ってもらおうという魂胆。これが三歳児、幼いながらもとんでもなく頭が回る子供である。
三者三様で混沌としている。
「ついでに呪霊も殺してきてやる、どこだ?」
「え、ああ…これ任務詳細やけど」
「あー、あそこのやつか。変に殺すと嗅ぎつけられそうだからって放置したのが仇になったか。ん、わかった。んじゃちょっくら殺ってくる」
「何を?呪霊だけとちゃうよね?」
「とーじ、いってらっしゃーい!」
「おう、さっき買ったメシちゃんと食えよ。直哉も、恵のことよろしくな」
「…う、うん?わ、わかったわ。甚爾君いってらっしゃい…?」
なんか流れるように「いってらっしゃい」なんて言ってしもうた。ぱたん、とドアが閉まる。甚爾君の家で恵君と二人きりってどういう状況?しかも甚爾君に恵君のこと頼まれるって、どういうことなん?「なおにぃこっちー」と恵君が俺の手を引く。
狭い部屋で、目的の場所に数歩でたどり着く。テーブル一つに椅子が三つ。「こっちがとーじのいすで、こっちがめぐの。こっちがシウ君のいすだから、なおにぃはここね!」とシウ君の椅子に案内された。誰やねんシウ君。
「めぐ着替えてくる」と、とてとて足音立てながら隣の部屋へ行った恵君の背中を見送り、ぐるり部屋を見渡す。机の上にはヘッタクソな字で書かれためぐみと書いてあるノート、小さなテレビ、その横にある棚にはいくつもの写真立て。近づいて見てみると、甚爾君と小さな赤ん坊を抱いて幸せそうに笑う知らん女の写真が一枚、あとは恵君の写真が沢山。たまに甚爾君と二人で写る恵君の写真。あとはさっきの連中が写る写真が数枚。…禪院家で、こういった誰かの、家族の写真が飾られていることは有っただろうか。憶えはない。自分の写真も他人の写真も、あの場所にあるとすれば書類やら報告書やらに使われているくらいだろう。
こんな、普通みたいな家庭、気色悪い。
恵君が満面の笑みを浮かべて甚爾君と写る写真。手にとって、
「なおにぃ」
ピシッ、写真立てに罅が入る。
魔が、差す。
「恵君は今、幸せ?」
「……」
「甚爾君お嫁さん出来て良かったんねぇ。甚爾君、ウチでは人間扱いすらされへんもん。そうやってイイ人出来て恵君が生まれて、そんで死んでしもて。恵君のママ、なんで死んだんやろね?もしかしたら、恵君が生まれたせいかもしれへんよ。腐っても禪院の血筋や。それを勝手に外で子供作って、案の定術式持った子供が出来て。恵君普通に非術師として生まれれば恵君のママ、甚爾君のお嫁さん死ななかったかもしれんよ?――そもそも、恵君が生まれてこなかったら、甚爾君とお嫁さん今も幸せに暮らしてたかもしれんねぇ」
割れた写真立てを元の場所に置く。恵君の方へ身体を向けて、じっと俺を見つめる恵君に笑いかける。
「甚爾君の幸せ壊したの、恵君かもしれんよ」
そんなのが甚爾君の側にいてええの?
嘘ばっかり。甚爾君のお嫁さんが死んだ原因は、ウチの下っ端のただの嫌がらせだということはもうわかりきっている。出来た子供が火種?無い無い。ついでに子供も殺しておけば、甚爾君にさらなる嫌がらせをすることが出来る、程度にしか考えてなかっただろう。なぁんも関係ない。――そんなこと知ったことか。
恵君を大切にしている甚爾君を見るのが嫌や。甚爾君は強い、禪院家で誰よりも強かった。強くなければいいけない。こんな『普通』の生活をしてる甚爾君見たくない。
ギリッ、結んだ縛りが心臓を締め付ける。でも、口は止まらない。
「君のせいやで」
「…そう」
一言、恵君が零した。無表情で、黒い黒い影のような闇のような目が俺を射抜く。
「でも、今のとーじの幸せはめぐだから」
「は」
「前のことはどうにもならないよ。めぐのせいだったとしても、お母さんが死んじゃったのは、どうにもならない。めぐの幸せはとーじと一緒にいることで、今のとーじの幸せもめぐと一緒にいること。これはぜったいだから。…それとね、めぐもとーじもね、おねえさん達と一緒にいるの楽しいけど、でもね、ほんとうはいらないの。だってめぐはとーじがいればそれでいいし、とーじもめぐがいれば、あとのことはどうでもいいの」
恵も甚爾も、組合の家族のことは気に入っている。一緒にいれば楽しいし、情も生まれた。でもそこ止まり。それ以上にはなり得ない。言ってしまえばただの娯楽。人生をより楽しくするための道具。
あいは、二人で完結している。
「なおにぃ、とーじのこと好きでしょ?でもとーじはめぐのだから、ぜったいにあげないよ。誰にもあげない。めぐも、とーじいがいには、あげないの」
「…ほんま、気色悪いガキやな」
じわりと背中に汗が滲むのに、凍ったように肌寒い。本能的に覚る、これは触れてはいけない類のものだと。直哉に『普通の家族』がどんなものかはわからない。禪院家だってまともではないことはわかっている。それでも、それ以上に伏黒恵が普通じゃないことだけはわかる。家族愛とか、そんな生易しいものじゃない。こんな小さな子供が、どろどろに黒い愛を実の父に抱いている。異常だ、伏黒恵は異常である。
…ふと、先程の恵の発言を振り返る。「めぐも、とーじいがいには、あげないの」という言葉。恵君のどす黒愛は兎も角として、甚爾君も結構恵君のこと溺愛してたなぁ(甚爾の異常愛にはまだ気づいていない)。触れるべからず、とは思ったが中々にこの異常愛は使えるのでは?自分は割と立ち回りが上手いと自覚している。うん、行けるな。にやり、心の中で笑う。
「…別に、俺は甚爾君も恵君も要らへん。逆に、居られたら困るんや」
「うん?」
「よーし恵君、俺と縛りを結ぼうや」
「しばり?」
「そ、呪術的にする約束事。守らなかったら」
「はりせんぼん?」
「そやで。俺も約束を守る、恵君も約束を守る。ただそれだけや」
俺の最重要事項は当主になること。今現在、いや未来であっても最たる障害はこの子供だ。殺せば甚爾君他組合の報復があるだろう、絶対に敵に回したくない相手。ならば穏便に、安全に。
「俺は甚爾君から恵君を奪わない。恵君からも甚爾君を奪わない。その代わり、恵君は絶対に禪院家には来ない」
「ぜんいんけ…なおにぃの家?ぜったい行っちゃいけないの?」
「あー、伝わらんか。物理的にお邪魔しまーすやのうてね?名字変わって『禪院恵』にならんように…なんて説明すればええんやこれ」
「ん、わかる。ふしぐろ以外にはならないよ。ぜんいんめぐみ、やだ」
「そか。こんな条件やけど、縛り結べる?」
「『いいよ!』」
縛りが結ばれる。これで恵君が禪院に来ることはなく、ましてや禪院家当主になることはない。『俺』から恵君を禪院家に引き入れようなんてマネ絶対にしない。親父や他の連中が恵君を引き入れようとしても『俺と恵君』の縛りには触れない。そして俺を介さない方法で禪院家に入れば、縛りに反し恵君が勝手に死ぬだけ。完璧やん。
気分が良くなった俺は「やー助かったわぁ、これで俺の未来も安泰や」と恵君の頭を撫でる。そりゃあもうぐっしゃぐしゃに。ぐわんぐわん俺の手に合わせて恵君の頭が揺れる。
だから、気づかなかった。見えていなかった。恵君もにこにこと笑っていることに。
「とーじ、めぐがぜんいんに取られるかもって、気にしてたもん」
ぼそりとつぶやく言葉にも、気づかなかった。
◇◇◇
「…なんか、随分仲良くなってねぇか?」
「あ、とーじおかえりなさい!」
「甚爾君おかえりー。恵君良い子にしとったで」
「ただいま恵を膝から降ろせ直哉のクソ野郎」
ひどい言われようである。現在恵君は俺の膝の腕で、俺が読み聞かせてる絵本を見ていた。恵君より俺の方がめちゃくちゃ絆されとるな。気分がめちゃくちゃ良いので恵君が「なおにぃよんでー!」と持ってきた絵本もノリノリで読んでいる。
そんな恵君も甚爾君を見た瞬間ばっと俺の膝から降りて甚爾君に突撃する。弾丸か。そのまま抱き合う親子。はーアツアツですね?やっぱり甚爾君のそんな姿見たくなくて目を背けようとして、そう、背けようとして目を見開いてガン見した。
「ん…っ」
「、は、めぐみ」
………は?はァ?
今目の前で起こっている事実を脳が拒否した。拒否したが敢え無く理解してしまった。甚爾君と恵君がちゅーしとる。可愛らしく、ほっぺに、ではない。思いっきり口に。くちゅり、と響く音にカァっと身体が熱くなる。恥ずかしいんじゃなくて怒りで。この男、実の息子にディープキスしとる…!「ふ、ぅ」恵君の漏らした息が、スイッチになった。クソ狭部屋で術式は使えん、いや術式無しで全然ええやろ。ドンッ、勢いよく足を踏み込む。
子供は勝手には育たない。育てる人間が居て出来上がるのだ。考えれば分かることだ。
異常愛を持つ恵。男手ひとつで甚爾が大事に大事に育ててきた。へぇ?つまりそういうことか。そういうことなんやな。直哉の考えは概ね正解である。
――まともな人間が恵を育てていればこうはならなかった。つまり全ての元凶は、
「お前かァアア!こんのクソペド近親相姦野郎ォ!!」
直哉の拳が甚爾の頭に炸裂した。ただいまのチュー(毎日の日課)で流石に油断していた甚爾はモロに拳を食らい床に倒れ込む。恵はすかさず直哉の腕の中に。「何しやがる」とキレる甚爾は今は無視。
アカン、これはアカン!あんだけ心の中で慕っていた甚爾の株価は一瞬で大暴落。そしてあれだけ気色悪いと思っていた恵に対して庇護欲が芽生える。ビキビキ、頭の血管が浮き上がるのが分かる。ていうか血管切れるかも。フー、自分を落ち着かせるように息を吐く。目を丸くする恵君に極力優しく問いかける。
「恵君、普通は親子であーんなちゅーはせぇへんのよ。いつからやっとるん?」
「…わかんない。もうずっとやってるよ?」
「へぇー?恵君他に変なことされとらん」
「へん?」
「ちょーっと失礼するで」
恵君の服のボタン上2つを外す。「あ、おまっ」甚爾君が慌てる。その反応は「やりました」ってヤツやね。案の定、首筋と鎖骨に赤い痕が散らばっていた。アカン。他にもなんかされとるやろ、そう例えば「…乳首触られたり」「もぐもぐされる」ハァー?ぶちんと頭の血管が切れる。甚爾君に視線を移したが甚爾君は明後日の方向を向いていて目が合わなかった。あと十発否百発くらい殴りたい。でもそれよりダメージ入ることしよか。
腕に恵君を抱いたまま玄関から部屋に移動する。ガラガラガラ、窓を開け小さいベランダへ。「おい直哉?」背中に甚爾君の声を受ける。顔だけ振り返る。
「実家に帰らせていただきますッ!」
「はぁ!?」
術式『投射呪法』
これ使えばいくら甚爾君でも追いつけへん。向かうは禪院家、ではない。少し前に自分が吊るされていた場所、組合の事務所。場所はバッチリ憶えてる。俺の考えに気づいたらしい甚爾君が「ちょ、マジそれは待て」と慌てた。が、もう遅い。「ばいばい甚爾君」瞬間俺は飛んだ。
「お邪魔しまァす!」
「そんな気軽にお邪魔されちゃ困るんだけどぉ?なんのようかしら直哉くん、恵ちゃんまで連れて」
「恵君、甚爾君に日常的にやらしいことされてまァす!」
「……あ"?」
「はぁん?」
「え?」
オカマさんのめちゃくちゃ低い声にちょっとビビる。事務所にはさっきのメンツがそのまま居た。何、暇なん?とは声に出さなかった。寧ろタイミングええやん。数秒後、甚爾君が事務所に飛び込んでくる。術式使って飛んできた俺に数秒で追いつくん?マジで?いくらすごくてももう慕う気は一切起きない。
「恵を返せこのクソ野郎」
「クソ野郎は、いったい誰なのかしらねー?と・う・じ・く・ん?」
「……な、なにか勘違いしてんじゃねぇか?」
「声めっちゃ震えてるんだけど甚爾。隠すの下手か」
「さぁて、直哉君。詳しく聞かせてちょうだい」
「えぇ?語りたくもないわ。とりあえずこれ見れば一発ギルティ」
恵君の首と鎖骨を露わにさせる。無数の鬱血痕、よく見なくてもヤバい数。なぁ、これ噛み跡もあるで?「うっわ、マジかうっわ!」ドン引きするアキラと「…甚爾さん…これは…ちょっと…」と顔を覆う女学生、オカマは無表情。こわ。飛び込んできたはずの甚爾君は俺たちに背を向け窓枠に足を掛けていた。逃げる気満々やん。逃げるより先にオカマさんが甚爾君の首根っこを掴む。
「何度か恵ちゃんの首に虫刺されがあるなぁとは思ってたのよぉ?そう、虫刺され」
「虫刺されだろ、虫刺されだ。よく刺されるんだよ恵」
「虫って誰のことかしらねぇ?」
「………」
「虫は叩き潰すに限るわよねぇ」
甚爾君は項垂れた。「ちょーっと、お灸据えてくるわん」ずるずるとオカマに引き摺られ、甚爾君は外へと消えた。その直後ドカッとかバキッとか鈍い音が耳に届く。安らかに逝ってくれ甚爾君。
さて、と腕の中の恵君に視線を移す。首を触り「これ痛くないん?」と聞く。キスマークは兎も角歯型までついとるし痛いやろ絶対。恵君はきょとんとした表情で…痛みがわかってないとかないよな?
「…ちょっとだけぴりぴりする。けど」
「けど?」
「これしてるときのとーじ、すごく幸せだから、めぐもこれすきだよ。ふわふわする」
…アカン、もうアカンやつや。顔を片手で覆った。三歳児の性癖がぐちゃぐちゃにされとる。「ちょっと俺も甚爾殺しに参戦してくる」アキラも外に出ていく。お通夜状態で「流石に…だめです…ダメですよ甚爾さん…可愛い私の弟が毒牙に…」部屋の隅で蹲る女。確か君の弟とちゃうよね恵君。
なんかもうめちゃくちゃ。
「とりあえず恵君は一般常識覚えよな」
「いっぱんじょうしき」
禪院家も中々非常識だという自覚は有るが、近親相姦野郎よりマシだろう。連れ帰る気なんてなかったが、俺が引き取って育てよか、なんて考えたりして。「甚爾君から恵君を奪う」という縛りに触れるから出来んけどな。真逆の弊害。
この後、度々伏黒家に訪れては恵に一般常識その他諸々を教え込む直哉。その姿は組合の人間に何度も目撃された。
◇◇◇
「ふつーはお父さんとキスしたりしないんだって」
「そーだな」
「身体のいろんなところべたべたさわらないし、だいすきとかあいしてるとかずーっと言い続けたりしないって」
「普通はな」
「ふつーは。めぐ、これがふつーじゃないってわかってるのにねぇ」
くすくすと恵が笑う。末恐ろしい子供である。育てたのは確かに俺だけど。でもこんなに美味しく育つとは誰も思わないだろ。あー可愛い可愛い俺の恵。抱きしめていると「そういえばねぇ」と恵が楽しそうに口を開く。
「なおにぃとしばり結んだんだよ」
「はぁ?どんな」
「『なおにぃはとーじからめぐを奪わない。めぐからもとーじを奪わない。その代わり、めぐは絶対にぜんいんけには行かない』」
「うっわ…おま、お前…わかっててやった?」
「んふふー、とーじたまに言ってたのおぼえてたから。これでめぐがぜんいんのお家に取られることないよ」
なんか考えてるなとは思ったが、すげえな。恵は頭も良い。こいつ本当に三歳児?末恐ろしいにもほどがある。しかしこれは利用した気でいる直哉に感謝。利用されてるんだよなぁお前。ククッと笑いが漏れた。
◇◇◇
「めぐととーじの幸せのためだもん」
だから、使えるものはなんでも使うんだよ。
なおにぃは、すごくわかりやすかったから。とーじのことすきだって、めぐすぐ気づいたから。だめだよ。とーじはめぐのだから、ぜったいあげないんだよ。
とーじのこと、ちょっときらいになれば、もうほしいって思わなくなるもんね?
ぜーんぶめぐのけいかくどーり。
「とーじ、だいすき。あいしてる」
とーじはめぐだけのとーじだもん!.
或るあいの顛末 :幕間
ショタ恵と直哉の話
感情のジェットコースター禪院直哉。色々不憫。そしてチョロい。
幕間なのに文字数今までで一番多くて意味がわからないよ。
プロローグ
第一章
第二章
幕間 ◀イマココ
第三章:恵小学校、ほのぼの日常
幕間
第四章:恵中2+パパ黒vs最強ズ
第五章:恵高1、宿儺の指事件
終章:高専へ
いつも読んでくださってありがとうございます。引き続きお楽しみください!
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