「……痛いです」
「自業自得でしょ!」
恨み言を言いながら立ち上がる私に、リナさんは腰に手を当て、怒ったような口ぶりで、そう言った。
「ほんの軽い冗談じゃないですか……」
ミルガズィアさんの冗談に比べれば、可愛いものである。
そんなやり取りをしていると。
それまで黙っていたマルチナさんがズイッと前に出て、遠慮も無しにアクアさんの胸倉を引っつかんだ。
───そして。
「異界黙示録はドコッ!?」
お婆さんを睨むようにして彼女は問い詰める。
だが、アクアさんはそれには答えず、代わりにリナさんに尋ねた。
「けして後悔しないね?」
───と。
鋭い眼差しで。
先程ののんびりとした空気は一変し、アクアさんの気に押されたリナさんは小さく息を飲む。
「しないね? リナさん」
再度確認を取るアクアさん。
それに対しリナさんは沈黙し、その後。
困ったような笑顔を浮かべて、言った。
「あはは、分っかんないや。まぁ、異界黙示録の知識がどう役立つかは分かんないけど……けど、今のあたしにはきっと必要なんだと思う。あたし達が生きる為にはね」
「ほっほっほっ。お前さんらしいのぉ」
リナさんのその答えに、アクアさんは笑い───。
マルチナさんの手から難無く離れると、掛け声に合わせて杖を振る。
「どれ、それじゃあ見せてやるとするか。いくよ、ほいっ!」
すると───。
杖の先から光の奔流が生まれた。
やがてそれは一つ所に集まると、私達の目の前に輝く宝珠として現れる。
「アレが……?」
「そうじゃ、無限の知識の源。真の異界黙示録じゃよ」
「あ、あれが異界黙示録っ!? あれさえあれば、ゾアナ王国復興も果たせる! 我が野望がついにっ!!」
止める暇も無い内に、マルチナさんは嬉々として、異界黙示録に向かって駆け寄った。
───けれど。
ばちぃっ!
「うぁっ!?」
見えない壁に阻まれ、彼女はものの見事に弾き飛ばされる。
「痛ったぁいっ! 何なのよっ!?」
「これより先、余計な人間には遠慮して貰おう」
そう事もなげに言ってのけたのは、ミルガズィアさんだった。
マルチナさんを一瞥した彼の瞳に、譲歩という言葉は見受けられ無い。
「ちょ、ちょっと! 何でわたしが余計な人間なのよっ!? あ、コラッ! リナ、抜け駆けすんなぁっ!!」
喚くマルチナさんを尻目に、リナさんはゆっくりと歩を進め、壁に阻まれる事なく異界黙示録の前へと赴いた。
…………が。
私はと言うと。
伸ばした手の先が、見えない壁に触れ、ばちっとその進入を邪魔される。
なるほど。
どうやらミルガズィアさんにとっては、私も余計な人間、と言うことらしい。
となると、どうするか。
私はミルガズィアさんを見ると、静かに問い掛けた。
「ここ、通してもらえませんか?」
「…………ならぬ。不要な人間に、余計な知識を与える訳にはいかないのでな」
「………………」
……不要とまで言いますか。
言い切りますか。
その歯に衣着せぬ物言いに、私は深い溜め息をついた。
そして顔を上げると、彼を真っ正面から見据え、再度尋ねる。
「どうしても?」
「どうしてもだ」
「絶対?」
「あぁ」
「そこを曲げて……」
「無理だな」
「お願い、おじ様。ユウにも見せて?」
「……っ!?」
くてんと首を傾げ、彼を見上げると、ミルガズィアさんは顔を赤らめ息を呑んだ。
ふむ、冗談でやったつもりだったのだが……。
意外とこの手は行けるかも?
私は胸の前で両手を組むと、
「ね? お願い」
と、訴えかけるような眼差しで、ミルガズィアさんの瞳をジッと見つめる。
するとミルガズィアさんはコホン……と一つ咳ばらいをし、そして。
「駄目だ」
と、事もなげに一言で、綺麗さっぱりスッキリ切り捨てた。
「………………」
……にゃろう。
もはや、こうなれば実力行使あるのみ。
私は無言のまま歩き出すと、先程弾かれた壁の前に行き───、
「通しておやり、黄金竜」
「ぇ?」
その意外な所からの助け船に、私は思わず振り向いた。
「……しかし」
「ユウさんにはレシピを教えていなかったからねぇ」
「…………は?」
困惑するミルガズィアさんをよそに、アクアさんは私を見てニコニコと笑う。
確かに先日は教えてもらう事が出来なかったが……。
「……良いんですか?」
「あぁ、約束は守らなきゃね」
窺うように尋ねれば、答えはすんなりと返ってきた。
それならばコチラとしても拒む理由は無い。
「……ありがとうございます」
言ってお辞儀をした私は、アクアさんへのお礼もそこそこに、見えない壁を通り抜け、リナさんの元へと急いだ。
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