恐怖。
絶望。
滅びを求める者の糧とされるもの。
魔王の腹心であるはずの冥王は、その糧を自ら生み出しながら、これ以上ない程に混乱していた。
「馬鹿なっ! 重破斬とは……あの呪文とは、あなたの力を貸し与えるだけの呪文なのではないのか!?」
そうしなければ、声を荒げなければ。
狂いそうになるのを抑えることが出来ないのだろう。
絶対的な存在の『彼女』を前に。
絶望的な状況を前に。
もはや冥王から、先程までの余裕は微塵も窺えなかった。
「そんなはずは無い……そんなはずは無い……あの呪文はあなたの力のみを引き出すもののはず。どうしてあなたがココに居るんだっ!?」
半ば自問自答の問い掛けに、『彼女』は冥王を静かに見下ろす。
その視線には何の感情も込められてはいなかった。
そんな『彼女』の口から、淡々と紡ぎだされる真実。
『我が意志こそ、我が力。我が力こそ、我が意志。我は混じるものなき意志にして、純粋なる力』
「……ふふっ……はっはっはっはっ……」
立ち上がり、『彼女』から距離をとるように後ろへと飛んだ冥王は、突如として笑い出した。
それは恐怖を紛らわすためなのか、それとも自分の浅はかさを嘆いての事なのかは分からないが。
もし彼が血の通う人間だったのならば、その顔は真っ青になっていた事だろう。
「まさかそういう事になってるとは思わなかったよ。今まさに、全ての願いが成就しようという時に、こんなどんでん返しが待っているとは!」
頭を抱え、自身の計画に酔いしれていた冥王は泣き笑いの表情で続ける。
「ぼくの……ぼくの計画がこんな事で潰えるとは……全てを計算し、趣向を凝らしたぼくの計画が、大元の所でひっくり返るとはねっ!」
床へと膝をついた彼は、
だんっ!
と、悔しそうに地面をたたき付けた。
そんな冥王を見て、私はただ一言。
「くだらない」
と切り捨てる。
その言葉に、冥王はピタリと動きを止め───そして。
ゆっくりと顔を上げた冥王は私を睨みつけ、聞き返した。
「……何、だって?」
私は肩を竦め、先程と同じセリフを繰り返す。
「くだらないって言ったんですよ」
趣向?
計画?
「滅びたいなら勝手に一人で滅んでなさい」
そんなものに付き合う気は毛頭ない。
「はっ! 何も知らないくせにっ! たかが人間が、ぼくらの崇高な望みを理解出来るものかっ!」
「したかないですね、そんなもの」
自らが求めているからと言って、他者にもそれを押し付けるなんて。
そんな、君を愛してるから僕を愛せと言ってるような一人よがり、迷惑以外の何物でもない。
「滅びたい……滅びたい……そう、そうなんだ。ぼくらはそう創られた……そう、あなたにそう創られたんだっ!! だけど、その滅びとは全ての者と共に、この世界と共に滅びることだ!」
言って冥王は、切羽つまった笑みを浮かべながら『彼女』に話かける。
必死に、取り繕うように。
「わかってるんだ、お母様。あなたにはその娘の器は小さすぎる、狭すぎる。だから、ぼくがその娘の身体を砕き、あなたを。あなたの力を解き放ってあげるよ!」
それが良い考えだとでもいうように、彼は両手を広げると、呼びかけた。
「さぁ、世界よ! ぼくと共に滅ぶが良いっ!!」
それに応えるように黒い力の渦が『彼女』へと突き進む。
そして。
───そして。
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