夜霧が煙る湖を、小舟がゆっくりと進む。
先程まで出ていた三日月が雲に隠れてしまった為に闇が濃くなり、ただでさえ怪し気だった一帯がより一層不気味さを増した様に思う。
無能捜査官……もとい、ルヴィナガルド王国の特務捜査官であるワイザーさんが、怪しさ満点の島を見逃していたことが分かった後、私達は調査をする為に一旦宿で仮眠をとり、再びこの場所へ訪れていた。
「一体何があるんでしょう? あの島に」
「行ってみればわかる事だ」
「ふん、あたかもあの島に謎があるように見せかけて捜査の目を逸らそうなどと小賢しい。はっ!? それとも、リナ=インバースを捕えようとする切れ者捜査官である私を亡き者にせんと、こんな湖に誘いだしたのか……おのれぇ、極悪非道のリナ=インバース。しかし私は負けんっ! 断じて負けんぞっ!」
「はいはい、負けない負けない」
ワイザーさんの決意を聞いて、適当な相槌を打つリナさん。
ここまで来たら、まともに取り合うのが馬鹿らしくなったのだろう。
それにしても無駄な捜査はしないと言う割に、私達の捜査は無駄だからやめろとは言わないワイザーさん。
何か考えがあるのだろうか?
そんな事を考えていると、水面で何かが跳ねる音が聞こえた。
「早速来たわね」
一同の間に緊張が走る。
私達は辺りを見渡し───と、そこで湖面に浮くあるものを発見した。
それはガウリイさんの手にした釣り道具。
「アンタかいっ!」
「あんまり騒ぐなよ、魚が逃げるだろ?」
ガウリイさんはのんびりした様子で釣り糸を湖面に垂らしている。
「あたし達、夜釣りに来てる訳じゃないのっ!」
「え? そうだっけ?」
「このクラゲ頭が……」
ぴちゃん
「だから!」
リナさんが言い募る内にも水音が聞こえ、語気が荒くなる。
───が、すでにガウリイさんは釣竿を上げていた。
「え? オレじゃないよ」
「え? って事は……」
辺りに不穏な気配が漂い始め、次の瞬間。
ずばしゃぁぁぁぁっ!
湖面を貫き、私達の乗っていた舟を押し上げる様にそれは出現した。
「出たぁっ!?」
小舟が宙を浮き、とっさに舟の縁にしがみつく。
そのおかげで湖面に叩きつけられた衝撃を何とか耐えられたが……。
「どうしてこんな奴が湖に」
「やっぱり何かあるわね」
───それは一匹の強大なクラゲだった。
湖面から出ている部分だけでも家程もあろうかという大きさ。
全体像は推して知るべし、である。
「こいつ、誘拐犯が飼ってるペットだったりしてね……」
何本もある触手をうねらせ、こちらを威嚇しているクラゲを見ながらリナさんが呟く。
小島に渡るには舟が必要なこの場所にはうってつけの見張りだろう。
何せ、これだけの巨体である。
触手で握りつぶされたり、叩きつけられたりしたら木の舟なんかは一溜りもない。
そうならない様に直ぐ様リナさんは呪文を唱え───
「とにかく邪魔しないでよね。火炎……ぐえっ」
「そこまでだ、リナ=インバース!」
しかし、またもやワイザーさんに邪魔をされ、呪文は中断された。
「ちょっと!? アンタも邪魔しないで!」
「仲間の化け物に自分を襲わせて、さも犯罪とは無関係の様に装うとは手の込んだ事を……しかし何度も言うがこの私の目は誤魔……うわっ」
言う内にも触手に攻撃され、言葉が途切れる。
「だから邪魔するなって言ったのに」
「どうします?」
「どうするもこうするも、ここじゃあ分が悪いわ。こうなったら小島まで一旦逃げるわよ!」
言ってガウリイさんの手とワイザーさんへと繋がれてる鎖を手にして呪文を唱えるリナさんに、アメリアさんとゼルガディスさんが続く。
私も急ぎ呪文を唱え───
「翔封界っ!」
間一髪、何とか触手が舟に振り下ろされる前に術が完成した。
風の結界を纏い、空へと舞い上がる。
この術の利点は浮遊と違い、段違いにスピードが速いという事だ。
その代わりコントロールが難しく、その為、つい最近まで使えなかった術の一つでもあった。
前回こちらに来た時に色々あり、使えた方が何かと便利だと習得しておいたのが幸いした。
いや、まぁ、本当に使う日が来るとは思ってもいなかったけど。
とは言え───
「このままじゃやられるだけだぞ」
「そんな事言ったって」
ゼルガディスさんとアメリアさんの言葉に術を制御しながら後ろを振り向けば、私達に向かって伸びあがってくる触手の群れが視界に入る。
いくらスピードが出るとは言え、このまま逃げるには心もとない。
かと言って、どうにかしようにも集中力がいる術なので、コントロールしながら他の呪文を使う事は出来ないし……。
と、思考を巡らせていた、その時。
「何かでアイツの目を逸らさなくっちゃ……って事でガウリイ」
リナさんの顔に素敵な笑顔が浮かんだ。
「え、オレ?」
「いってらっしゃーいっ!」
「おわぁーっ!?」
「が、ガウリイさんっ!?」
無情にもリナさんが遠心力をつけながらガウリイさんの手を離したことにより、彼は小島とは逆の方向に飛んで行った。
そのおかげで巨大なクラゲはガウリイさんに気を取られ、私達から離れていったのだが……。
「ありがとうガウリイ。あなたの犠牲は無駄にはしないわ」
「犠牲にした本人が言うか」
シリアス顔で呟く彼女に、ゼルガディスさんのもっともなツッコミは届くことはなかった。
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