一体どうしてこんな事になったのか……。
山の奥深く。
青々と茂った木々の切れ間から降り注ぐ、温かな光。
清々しい朝の空気。
小鳥のさえずり。
それら全てを台無しにする、血走った眼をしながらブツブツ呟く男───。
「完璧だ。ふっ、捕まえてやる。おれの手で。ポコタを! 絶対にな!」
血走った眼の男───ゼルガディスさんは満足そうに落とし穴の表面を撫でながら鼻息荒く呟く。
それを横目に見て、私は呆れと疲れから溜息を零した。
対して、興奮を隠せずにいるゼルガディスさんを、アメリアさんが悲しそうに見つめる。
「すっかり人がかわってしまったんですね、ゼルガディスさん……」
どうしてこんな事になっているのか。
それは前日の夜にまで遡る。
先日のペット誘拐事件が解決し、一段落───と、思いきや。
魔道戦車破壊の疑いは掛けられたままだったらしく、それに怒ったリナさんが「ポコタを捕まえて濡れ衣を晴らす!」と行動開始。
見つけたポコタさんを追って森へと入り、自然破壊の限りをつくす勢いで暴れまわった結果、正義の使者アメリアさんのスイッチが入った。
と言うのも、攻撃呪文での森林破壊もさることながら、その余波を受け、森の動物達が怪我をしてしまったのだ。
「罪もない動物達を巻き込まないで下さいよ! 盗賊の次は世界中の動物達を絶滅させる気ですかっ!?」
と、山小屋で怪我をした動物たちを癒しながら怒りを爆発させた。
けれどその言葉にリナさんは聞く耳を持たず、終いには、
「あたしが本気で野生の本能剥き出しにしたら、どうなるか分かってんの? あたしは求む! 動物性たんぱくっ!」
と、山に入ってからお肉が食べられなかったうっぷんを、動物達に見出す始末。
そんな彼女達のやり取りを見ていたゼルガディスさんは、「くだらん」と一蹴していたのだが……。
竜破斬を使ったり、魔道戦車や光の剣のレプリカを作ったり、只者ではないポコタさんがゼルガディスさんの知りたい情報を持っているかもしれない。
「後悔しても知らないんだから」と言うリナさんの言葉に乗せられ、ポコタさん捕獲を手伝う事になったのだ。
そうしておいて、リナさんは別の作戦を思いついたからとガウリイさんと一緒に山を下りて行き、残された私達は引き続き山での捜索となった訳なのだが……。
ゼルガディスさんの知りたい事───つまり合成獣から人に戻る方法を知っているかもしれないポコタさん捕獲に、彼の力が入り過ぎ、現在『暴走状態』と言う訳である。
「まぁ、森の破壊をやめれくれたのはありがたいですけど……こんな原始的な罠に引っかかる人なんていませんよっ!」
言ってアメリアさんが指さした先には、籠を斜めになるよう棒でつっかえ、地面に餌を撒いた状態の罠が仕掛けてあった。
おとし罠と呼ばれるそれは、主に小鳥を捕まえる時に用いるものだが、如何せん単純な罠なので、知能のある動物や力の強い動物には効果がない。
その他にも餌を入れた小さな檻や、トラバサミ、落とし穴等があるが……。
果たして、魔法を使える程の知能をもっているポコタさんに通用するのだろうか?
「そりゃあリナさんやガウリイさんなら分からないですけど、いくらあの二人でもこの餌じゃ」
「リナ? リナか……なるほど」
流石にリナさん達も、こんなあからさまな罠にかかる事は無いと思うけど……。
アメリアさんの言い分に、心の中でツッコミを入れていると、地面に餌を巻いていたゼルガディスさんが、おもむろに立ち上がり、手にしていた餌入りの籠を放り投げた。
「狙いはリナと同等の攻撃魔法を使う相手。という事は……当然、奴もリナと同じだけのカロリーを消費している訳だ。その分のエネルギーを補給しなければならない事を考慮すれば……奴もリナやガウリイ並みに意地汚く大食いである事は、容易に想像がつく」
何やら真剣な面持ちで、計算し始めるゼルガディスさん。
しかし、『竜破斬使いは大食い』みたいな言い方は語弊があるからやめて欲しい。
今のこの状況で言った所で聞き入れてくれないだろうし、この場は黙っておくけど。
「となれば、導き出される答えはただ一つ」
計算を終えた彼は着々と準備を進め、大きなテーブルを設置したかと思うと、所狭しと料理を並べていく。
骨付き肉にビーフシチュー、ナポリタンにエビフライやデザート。
あ、ワインまである。
それらを前に、自信に満ちた表情で、ゼルガディスさんは満足げに腕を組み、
「これならどうだ!」
「真面目に考えないで下さいっ!」
どげしっ!
アメリアさんのツッコミと共に放たれた蹴りに、彼は地面に伏した。
「わたしが言っているのはそういう意味じゃなくて……」
がしゃん!
「ん?」
暴走するゼルガディスさんに説得を続けるアメリアさんの言葉の途中。
近くで聞こえた大きな音に振り向けば、バナナを入れた檻の中にとらわれた影一つ。
赤いマントを羽織った、小さな体。
お腹部分にはファスナー。
耳らしきものの先端に大きな手。
それとは別に、一般的な位置にある小さな手で鉄格子をガチャつかせているその人物(?)は、紛れもなく私達……と言うか、リナさんとゼルガディスさんが探し求めていたポコタさんだった。
「うぉおおおっ!? 何だこれはっ!」
「……かかった」
「あらぁ……」
見れば中に仕掛けてあったバナナが食べられている。
どうやら『意地汚く大食い』、というゼルガディスさんの予想は当たったらしい。
だからと言って竜破斬使いがそうと言うのは認めないが。
「うん? お前ら、あの女の……な、何する気だっ!?」
私達に気が付いたポコタさんが、用心深くコチラを窺う。
それを一瞥したゼルガディスさんは、眼光鋭くポコタさんを見下したまま問いただす。
「見つけたぞ、貴様。おれの体を元に戻す方法を知っているだろう」
「はぁ? 何だそりゃ、知ってる訳ねーだろうが!」
訳が分からないと言うように、あっさりと否定するポコタさん。
その様子を見るに、しらばっくれている様には見えないが……。
そもそも、体を元に戻す方法を知っていると言うのは、リナさんの「かもしれない」という話であって、確定ではない。
まぁ、それを言った所で、人間に戻る方法の可能性に盲目的になっているゼルガディスさんには馬耳東風だろうけど。
取りあえず今は成り行きを見守ろうと二人を見れば、ゼルガディスさんは知らないと突っぱねたポコタさんに見せつける様に、すらりと剣を抜きさっていた。
「これでも知らないと言うのか」
それを見て警戒したポコタさんは鉄格子から距離を取り、
「何だ? やるってのか? 面白れぇ、お前らだって俺の力は知ってる……って、アレ? ど、どどどど、どうなってんだ?」
威勢の良い言葉は途中で途切れ、何故か突然ふらついたかと思うと、ポコタさんは地面に倒れ伏した。
その様子を見ていたゼルガディスさんは、にやりと笑みを深める。
「こんな事もあろうかと思ってな、餌に痺れ薬を混ぜておいた」
「ぜ、ゼルガディスさんっ!? そんな悪役みたいな真似をっ!?」
「流石にそれはっ」
頭を抱えるアメリアさんの言葉も、慌てる私の言葉も、もちろん彼には聞こえていない。
刃が下向きになるように構えたゼルガディスさんは、ポコタさんに狙いを定め、
「さぁ、大人しく吐けっ! さもなくばっ!」
「っ!?」
息を呑み、睨み合ったのは数瞬。
「ダメですよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ごぶぉっ!
踏み込み放ったアメリアさんの右の拳が、ゼルガディスさんの左頬にめり込み───
宙を舞った彼は、綺麗な弧を描きながら、どぐしゃ、と地面に落下した。
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