どこにでもあるような港街。
小高い丘から見えるその風景に、私はひとつ息を吐きだした。
───頭を冷やそう。
そう思っての行動が時間転移とは、我ながら突拍子もない。
自身の行動に呆れつつ、かと言って直ぐに帰る気にもなれず……。
まぁ、来てしまったものは仕方ない。
計画性も何もあったものじゃなかったので、白い七分袖のチュニックと浅葱色のショートパンツという普段着姿だが、そこに大きめのフードのついた白いマントを羽織ってしまえば違和感はそんなにないだろう。
更に黒のショートグローブと、ショートブーツ姿で、それとない旅の装いの完成である。
どの道長居するつもりは無いので、必要最低限の持ち物で十分だし。
とは言え、どうせ来たなら珍しい魔導書の一つでもお目にかかってから帰りたい。
「となると……」
まずは情報収集の為、私は眼下に見えている港街へと足を運ぶことにした。
街へと向かう途中、遠目にも大きな船が行き来しているのが見て取れ、流通の多さが窺い知れる。
そんな賑わう街中を横目に、最初に目指したのは食堂。
お昼時からずれた時間ではあるが、流石は港街だけあって、そこそこの数のお客が席を埋めていた。
入り口からほど近い席に着き、軽めの食事を頼みながら、これからの事を思案する。
一応全く知らない時代よりは良いかと、リナさん達のいる時間軸へと転移はしたのだけれど、旅を続けているであろう彼女達に会うのは至難の業だろう。
もしかしたらアメリアさんはお城に戻っているかもしれないが、それはそれで簡単に会えるとも思えない。
折角なら彼女達に会いたいが、今回の転移の一番の理由は頭を冷やす事なので、会えなかったとしても諦める事にしよう。
こればかりは仕方ない。
そう思いつつ、運ばれてきた食事に手を付けようとした、その時。
食堂の扉が軋む音すらさせず、勢いよく開かれた。
「まったく! 何であんな事言われなきゃなんないのよっ!」
怒りを隠さず現れた少女に驚き、食べようとしていたサンドウィッチの中身がぽとりと落ちる。
歳の頃なら10代半ば。
長い栗色の髪に魔道士姿の少女は、その印象的な赤い瞳をつり上げ怒りをあらわにしていた。
対して隣に居た金髪の青年は、少女を宥め───。
「まぁまぁ、そんなにヘコむなよ」
「ヘコむって言うなっ!」
何故かその言葉に反応した少女によって撃沈。
え、えぇーと……。
どこか既視感のあるそのやり取りに戸惑い固まっていると、私の視線に気づいたのか。
彼女はこちらを見て、驚きの声をあげた。
「って、あんたっ!?」
「えーと、お久しぶりです」
「おぉ、ユウじゃないか」
他に何と言って良いのか分からず、当たり障りのない挨拶をすると、早々に復活した青年───ガウリイさんが、何事もなかったかのように笑みを浮かべながら片手を上げてくれる。
いやはや、会えなくても仕方ないと割り切っていたのに。
まさか速攻再会するとは……。
運が良いんだか、何なんだか。
「取りあえず、どうぞ」
このままと言うのも何なので彼女達に相席を勧めると、ハッとした少女───リナさんは驚きのまま椅子に腰掛け、
「って言うか、何でユウがここに居るのよ?」
「家出してきました」
「家出って、あんたねぇ……」
簡潔に事情を説明すると呆れた視線を頂戴した。
いや、私もどうかと思うけど……。
「大体、いなくなる時も出てくる時も唐突なのよ、あんたは!」
「と言われましても……」
私も好きでやってる訳ではない。
「連れ戻しに来たって二人と一緒に光に包まれたと思ったら、あんた達の姿は無いし、数ヶ月も音沙汰なくていきなり現れて、あたし達がどれだけ心配したと……」
「心配してくれたんですか?」
「う、あ、当たり前じゃないっ! いきなり見知った人間が消えたら誰だって心配くらいするでしょうが! それとも何!? あたしが心配するのがおかしいってのっ!?」
「まぁまぁ、良いじゃないか。こうしてまた会えたんだし、な?」
「そ、そりゃあ、そうだけど……大体、このあたしに一言の挨拶も無しに立ち去るなんて百年早いのよっ! 百年っ!」
言って彼女はふんっ!と顔を背け、腕を組みながら椅子へと背を預けた。
それが彼女の照れ隠しである事は、リナさん自慢の栗毛から見え隠れする赤い耳が裏付けている。
その事が嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。
そんな私に、ガウリイさんは首を傾げながら疑問を口にする。
「ところで、ユウは行く当てがあるのか?」
「いえ、特には」
「じゃあ、オレ達と一緒に来ないか?」
その有り難い申し出に、未だそっぽを向いてるリナさんに確認する。
「良いんですか?」
「そりゃあね、知らない仲じゃないし? あたしは構わないけど」
腕を組んだままチラリとコチラを見るリナさんに、私はお願いしますと素直に頭を下げた。
すると彼女は居心地悪そうに視線を彷徨わせ、どこか満足げなガウリイさんを見てとると、これ幸いと話題をそらす。
「そ、それにしても、珍しく積極的じゃない。普段は誰と行動するのもあたし任せなのに」
「うん? まぁ、約束だったからな」
「約束? そんなのいつしたのよ?」
きょとんとするリナさんが私の方を見るが、覚えのない私は首を傾げ、知らない事を示す。
するとガウリイさんは何でもない事の様に、あっけらかんと答えた。
「いつって言うのは覚えてないが、夢の中で。な?」
私の頭にポンと手を置き、人好きのする笑顔を見せてくれながら。
『………………』
思わず無言になる私とリナさん。
けれどその意味合いは大きく違う。
リナさんのは呆れを存分に含んだものであるのに対し、私のはそれが意外な言葉だったからだ。
あの夢はただの夢じゃなかったのだろうか?
そんな思いを抱きつつ、私は彼の肩書を呼ぶ。
「ふふ、じゃあ同行をお願いしますね、保護者さん」
「おう!」
その言葉にガウリイさんは、任せろと言わんばかりの笑みを見せてくれたのだった。
ALICE+