冷えた夜の空気が肺を満たし、モヤモヤした感情と一緒に息を吐き出す。
致し方の無い事だったのだとわかってはいても、元地下墓地に安置されているクリスタルは見ていて気分の良い物ではなかった。
部外者の私でもそうなのだ。
当事者であるポコタさんは一体どんな気持ちで彼らを見ていたのだろうか。
そっと振り返ると、ポコタさんは今しがた私達が出てきた扉を封印するべく、無表情で呪文を唱えている。
「赤法師レゾ……まさかその名前が出てくるとはな」
「全くね。でもそれなら、冥王の技にちょっとだけ似てるってのも納得が行くわ」
「意外な名前が出てきたもんだな」
建物の封印を施すポコタさんを扉の前に残し、階段下に陣取ったリナさん達が神妙な顔で話し始めた。
それに対しゼロスはあっけらかんと「そうですか?」なんて言ってのける。
冥王と赤法師、この二人に接点なんてあるのだろうか?
そう思いゼロスを見やれば、リナさんから訝し気な声が上がる。
「ちょっと、アンタ何か知ってんじゃないの?」
「いえ、僕はこの国の過去の事とは関係ありませんから」
「ホントに?」
その意味ありげな口調に私がツッコミを入れるより早く、リナさんにジト目で問い詰められたゼロスは、あからさまに怪しい素振りを見せ、
「あ、そうだ。僕はちょっと野暮用が……」
と言いながら、手を振り姿を消した。
これはもう、何か隠していますと言わんばかりである。
「あぁ、ちょっと! 待ちなさいよっ!! 全くもう!」
「わたしはレゾっていう人、本人とは会った事ありませんけど、実際はどんな人だったんです?」
ゼロスが姿を消すのはいつもの事、とさして気にも留めず、アメリアさんが話を進める。
そんな彼女の疑問に、リナさんが世間一般での人物像を教えてくれた。
───赤法師レゾ。
伝説の賢者と呼ばれた盲目の魔道士。
その類まれなる魔力と豊富な知識を持って多くの人々を救い、各地の魔道士協会の設立にも携わっていた───と。
「じゃあ、良い奴だったんだな、その人!」
「あたし達、戦ったんだよ?」
のほほんとしたガウリイさんの言葉に、リナさんからツッコミが入る。
そうして疲れたように「ところが、よ」と続けると、今度はゼルガディスさんがその話を引き継ぎ、
「それは表の顔だ。真の顔は己の目を治す事だけに執念を燃やし、得体の知れない実験にどんな犠牲もいとわなかった男。このおれの体も、その実験の犠牲の一つと言う訳だ」
と言って長袖をめくって見せた。
そこから現れたのは青みがかった岩の様な皮膚。
彼を合成獣にした人物、それが赤法師レゾの本性。
「そんな人だったんですね」
「そして、その盲目の瞳の奥に封印されていた赤眼の魔王───シャブラニグドゥ」
「じゃあ、前に言っていた魔王を倒したって言うのは……」
「レゾの事よ」
私の問いかけに、リナさんはこくんと頷き答えた。
という事は赤法師レゾは、もうこの世には居ないという事になるが……。
「さぁ、この国の経緯は分かっただろう? さっさと出て行ってくれないか? ほんとはここには誰にも入らせたくなかったんだ」
そうこうしている内に、建物の封印を終えたポコタさんが階段を下りながら、こちらに向かって憎まれ口を叩く。
しかしリナさんはそれには取り合わず、真面目な表情でポコタさんに話しかけた。
「でもまだ聞かなきゃいけない事があるわ」
「ん?」
「まずアンタが何者なのか、それとあの魔道戦車と光の剣の事よ」
「そ、それは……」
立て続けの質問に、言い淀むポコタさん。
さらにリナさんは彼に近づくと、
「それと、隠しておけるような話でも無いから言っちゃうけど、赤法師レゾがもうこの世に居ないとしたら、どうする?」
「レゾがこの世に居ない?」
「うん、まぁね」
事の真意を測りかねたのか、おうむ返しに尋ねるポコタさんに対し、リナさんは言い辛そうに視線を逸らしながら肯定した。
そんな彼女の微妙な反応に訝しみながらも、ポコタさんは鼻で笑い、
「はっ、それこそあり得ない話だな。もしレゾが亡くなっているとしたら、この国にかけられた封印は解かれているはずだからな」
「えっ!?」
「本当なのか?」
「そういう封印なのさ。そうでなきゃ、色々困る場合もあるだろ?」
「それは確かに」
「そうですよね」
術者が亡くなっていて封印が解けません、なんて事になってしまえば笑い話にもならない。
───だが。
一体どういう事なのだろうか。
リナさん達が質の悪い冗談を言う訳がないし……。
でも封印が解けていないという事は───
「そういや、杖持った男はどうした?」
思考に捕らわれていた私はその言葉に視線を上げた。
見ればポコタさんがきょろきょろと辺りを見回している。
そう言えば扉に封印を施していた彼は、ゼロスが消えたのを見ていなかったのか。
かと言って馬鹿正直に『彼は魔族で、空間を渡って姿を消した』と言った所でそれこそ鼻で笑われてしまうだろう。
人間の姿を取れるほどの高位魔族が何でここに居るのかと。
さて、どう説明するか。
逡巡し、適当に誤魔化そうと口を開きかけた───その瞬間。
どごぉおんっ!!
突如として爆音が響き、それと同時に地面が揺れ動く。
何とか咄嗟にバランスを取り、転倒を免れたが……。
爆発音が聞こえた方向を見ると、建物から土煙が立ち上っており───
「まさかっ!?」
それを目にしたポコタさんが血相を変えて走り出す。
「あたし達も行くわよ!」
「おうっ!」
「はいっ!」
言って駆け出すリナさん達に続き、ポコタさんの後を追う。
その先で見たものは───
大きな館の門前が、火の海になっている光景だった。
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