夏の夜空に青天の霹靂

「で、そのミョウジサンて人は彼女じゃないんすか?」
 部活終わりの部室、リエーフがぐっと黒尾に詰め寄ると、着替えていた他の部員達の注目が一気に集まる。
 リエーフは空気が読めないのか読まないのか、こういう時にぐいぐい攻めていけるその鈍感さを遺憾なく発揮していた。その眼は純粋なる好奇心に輝いている。
「……彼女じゃないって。つうか、その話はおしまいって言ったでしょ」
 黒尾がそう返しても、リエーフの眼はキラキラのままだ。
「だってー、さっき夜久さんが言ってたじゃないですか。黒尾さんはそのミョウジサンって人に好き好き言われてるわけでしょ?」
「な、なんて破廉恥な……」
「山本はちょっと黙ってろ。言われてても付き合ってないものは付き合ってないの」
「言われてるのは事実なんすね。なんで付き合わないんすか? 可愛くないとか?」
「いや、普通に可愛いぞ」
 口を挟んだ海に、夜久も頷いて続ける。
「話しやすいし、性格も悪くないよな」
「え? 尚更なんでっすか? 高望み?」
「……ちげえよ」
「でも、ほんと早くくっついてほしいよ。俺としては。惚気られるし」
 夜久はうんざりした顔でため息をつく。
「だから、惚気てねぇって」
「でも、ミョウジは明らかに黒尾が好きだろ。今日だって、黒尾のプレーすきー、かっこいーって」
「まぁ、それは間違いないんじゃないか? 試合も毎回って言っていいほど応援に来てるしな」
「まじっすか!? それ完全に黒尾さんにベタ惚れじゃないっすか!」
 もはや部員の全双眸は黒尾に注がれていた。我関せずを決め込んだ研磨を除いて。
 その向けられた目が、“なんで?”と言っている。
 黒尾はもう何も聞いてほしくなかったし何も喋りたくなかったが、観念して口を開くほかなかった。
「……なんか、タイミング? 逃したっていうか……」
「なんすかそれ!」
「ううわ、かっこわりー」
「黒尾……」
「黒尾さん! なんてもったいない!」
「あーもーうるさいなー」
 山本はまた頭を抱えて天の神を仰ぎ始めたが、他三人は続けて黒尾に非難めいた声を浴びせた。
「それって、やったら必ず勝てる戦をタイミング逃したとかいう理由で先延ばしにしてるって事っすよね!?」
「よく言ったリエーフ! 女子の方からはあんなに言わせといて、男がそんなんじゃなぁ」
「黒尾、ミョウジの方は黒尾を待ってるんじゃないのか?」
「もーわっかったって! この話はおしまい! 帰るぞ!」
 黒尾は今度こそ、もう話す気はないと示すように部室を出て行った。

 こんな事があった次の週、事件は起きた。

 すっかり日が沈んだ帰り道。
 バス停の街灯が地面に映す影は二つ。
 黒尾とナマエは、バスが来るのを待っていた。
 電車通学の黒尾にナマエは「ここまででいいよ」と言ったが、黒尾は「もう暗いからバスが来るまで一緒に待ってる」と言った。
 そして、何の話をしていただろうか、その会話が、ふっと途切れた。
 もう、遠くの方にバスのライトが見えていた。
「……なあ」
 黒尾の声が、静かな夏の夜に響く。
「俺たち、付き合おっか」
 ついに、その想いを言葉にした。
 平静を装ってはいたが、視線はナマエに向けられなかったし、その心臓は乱暴なくらいに黒尾の胸を叩いていた。
 一瞬の沈黙が、何十秒にも感じられる。
 そして、意を決して黒尾がその眼にナマエの姿を映す。
 そこには、嬉しそうに微笑むナマエの顔が……なかった。
 恥じらいに頬を染めるナマエの顔、でもない。
「えっ」
「えっ」
 黒尾は驚いて、ナマエも驚いていた。
 そしてナマエは遠慮がちに、言葉を選ぶようにして口を開いた。
「えっと、ごめん……私、黒尾と付き合うとか、考えたことなかった……」

 七月十日、午後八時三十七分、事件は起きた。
 黒尾鉄朗は、ミョウジナマエに振られたのだ。





―――――
あとがき

「かっこ良いより少しかっこ悪い方が美味しい」という私の趣味のもと、こんなお話になりました。
及川さんに続き黒尾さんまでもへなちょこに……。
当初、このお話は及川さんで作ろうかとも思っていたのですが、いつも飄々としてる黒尾さんのへなちょこって良いかも……と。
今となっては良かったのかわかりません。

恋するヒロインに追いかけられているかと思いきや、立場が「Reverse」な黒尾さん。
へなちょこな黒尾さんを見守って頂けたら幸いです。

2017.03.17
みつ

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