「ど」
「ど?」
「どわああああああ!?」
彼の顔を直視して何秒か硬直した後、色気も何もない悲鳴をあげた。そして握られる手を払って後退。その際後ろにあった木に勢いよく頭をぶつけた。痛い。
「だだだだ」
「落ち着いて。怪しくないから」
「その台詞は不審者の常套句!」
「怖いことしないから」
「怖いことをする前置き!」
「優しくするから」
「何を!?」
私は今、突然目の前に現れる顔が整った男の人には最大限の警戒をするようにしている。あのとき気を弛めて会話をしてしまったせいで、今現在散々苦しむことになったから。得た教訓は活かさないと。あの少年、次あったらあの可愛らしい顔を殴ってやる。
「深呼吸、深呼吸。はい、せーの」
「すー……って、突然手を握ってくる美青年を目の前にして落ち着けるか! 去れ!」
「わあ。面白いくらいパニックになってる。しかも貶すどころか褒められた気がする」
動揺していろいろ口走る私とは対照的に、彼は落ち着いた態度と爽やかな笑顔で私を宥めようとしている。私だって女子高生、イケメンに手を握られてどきどきしないわけではない。宥められて喜ばないわけではない。が、それは時と場合を選ぶことがよく分かった。今は何を言われても不信感しか抱けない。
「俺はこの島に住んでる者だから」
「ひ、人はイッテツさんしか住んでいないという情報は既に入手している!」
「そのイッテツと一緒に住んでるんだって」
「一瞬たりとも姿を見たことがない! そんなすぐ分かる嘘に騙されるほど馬鹿じゃないんだから!」
全力全否定すると、彼は「さすがにそこまで言われると傷つくなあ」と、しょんぼりした表情を浮かべた。うぐ。綺麗な顔が暗くなると罪悪感がこみ上げてくる。でも私、負けない。
『なんかすごい悲鳴が聞こえたけどどうした!?』
「く、来るのが遅いよ!」
「あ、リオルもいたんだ」
『あ、喜緑。帰ってたんだ』
「うん。ついさっきね」
木から飛び降りたリオルは青年の足元に駆け寄る。どうやらこの1人と1匹は知り合いらしい。会話を聞く限り、どうやら青年は島の外に出ていたとのこと。うん? 青年がイッテツさんと暮らしていることが事実だとしたらリオルが知らないわけないよね。じゃあやっぱり先程言っていたイッテツさんと一緒に暮らしているというのはやっぱり嘘?
「散歩していたら可愛らしい女の子がキノコ狩りしているものだから吃驚したよ」
「かわ!?」
『喜緑たちがいないあいだにいろいろあったんだよ。今はイッテツのところにいるんだ』
「それは大変だっただろうね。気遣いが下手なイッテツのことだから苦労したでしょ?」
「え!? あ、いえ、あの……」
頭を撫でられた。美青年に。ああああ、どうしよう。ここでの生活が始まって以来、シャンプーもトリートメントもなくてお湯で地肌をマッサージしながら洗うということしかできなかったというのに。それに今まで食料の調達をするため森から山までとでこぼこした道を行ったり来たりして汗だくになったというのに。そんな頭を撫でられている。美青年に!
「大丈夫?」
「だいじょうぶ!」
何も言わない私を心配したのか、青年は私の顔を覗き込んだ。長い睫毛に縁どられた林檎色の瞳に赤くなった自分の顔が映る。恥ずかしさが増す。動く度に揺れるさらさらな新緑のような髪からはいい香りが漂ってきた。背景はサンサンとした太陽の光を吸収する葉たちが輝いており、いっそう眩しい。
……ん? 赤い瞳に緑の髪? え、よくよく考えると物凄い奇抜なセンス。顔立ちの良さがあって違和感がないけれど、それにしても凄い配色。赤と緑の種類によっては目が痛くなるカラーリング!
「えっと、リオル」
『なに』
「この間、この島にはイッテツさんしか住んでいないって言ってたよね?」
『人はな』
至近距離で美青年の顔を見るのはとても心臓に悪いので頭にある手を退けてもらって距離を置く。しばらくこの感触は忘れられそうにない。何度でも言うけれど相手は超がついてもいいくらいの美青年だ。学校の男子と比較したら失礼なくらいの。そんな人に頭を撫でられたのだから今日の夢はきっといいものだ。と、そうではなくて。
「でもこの人はイッテツさんと一緒に住んでいるって」
『うん、住んでるよ』
「え、でも今……」
『人はイッテツだけだけど、ポケモンならたくさん住んでるぞ?』
リオルが不思議そうな顔をして首を傾げる。私も同じように首を傾げた。つまりどういうこと?
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