ゆっくりと意識が覚醒する。時刻は午前8時と30分過ぎ。珍しく午前中に起きることができた。長期休みだからといって昼夜逆転してついぐうたらな生活をしてしまう私にしては珍しい。最近も朝日が昇ると眠る生活を送っていたのだ。それなのに何で、なんて。そんなものは決まっている。
今日は空条くんと水族館に行く日だ。
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昨日散々吟味して選んだ服を着てもう一度鏡の前に立つ。シンプルイズベストの精神でそんなに可愛すぎない格好にした。化粧も薄めに。と、いうか普段からガッツリ化粧なんかしていない。……いや、いつもよりは丁寧にしておこう。
そうこうしていたらそろそろ家を出る時間になった。駅に集合して電車に乗って水族館まで行くのだ。電車でおよそ30分程のところに新しく開設された水族館はある。今までであまり行く機会がなかったので楽しみだ。服に合わせたミュールを履いて、戸締りを確認してから私は家を後にした。
待ち合わせ場所に着いて辺りを見回す。待ち合わせ時間の15分前。良かった、空条くんより先に来ることが出来たようだ。彼みたいな目立つ容姿の人を1人で待たせるのは少し気が引けてたから、早めに家を出て正解だったと思う。
暇つぶしができるスマホも小説も持って来てはいなかったから、なんとなく服装を直したりしてから目を伏せてぼーっと足元を眺めた。そのまま考える。空条くんのこと、体育祭のときのこと、私のお父さんとお母さんのこと。自分の元いた世界のこと。思考が沈んでいく。すっかり馴染んできているけれど私は自分の世界に帰ることができるのだろうか。もし、戻れないとしたら?……戻れたとして、そのとき私は。空条くんは、
「赤木、」
声をかけられて、私の上に影が出来ていたことに気づく。顔を上げると私服姿の空条くんが、なんだか怪訝そうな顔をして立っていた。ふっ、と心の霧が晴れていくのが分かった。
「……なんかあったか」
「……私服だぁ」
空条くんの姿を見て、思わず言葉が漏れた。私の的外れな返答に空条くんの眉間に皺が刻まれる。何が言いたい、とでも言いたげな彼の表情に逆に私の表情は緩む。そっか、空条くんの私服ってこんなんなのかぁ。紙の上でも、一緒に過ごしている間でも分からなかった空条くんの新たな一面が見れて、新しい発見が何だか嬉しいのだ。
「だって、初めて見たんだもの。空条くんいつも学ランだし」
「そんなの、てめーもだろ」
「まぁ、学校でしか会ってないもんね。……どう?可愛い?」
ワンピースの裾を軽く持ち上げてふざけてポーズをとる。軽い冗談のつもりで聞いてみた。返事が返ってくるとは勿論思わなかったし、やっぱり空条くんは面倒くさそうに舌打ちをするのだ。
「あは、ごめんごめん冗談だよ」
「…………似合っている、とは思うぜ」
「……へ?」
間抜けな声が出た。今、空条くんは何と言ったのだろう。当の本人は既に私に背を向けて歩き出している。
「っ、ね、ねぇっ!今空条くん今褒めてくれた!?よね!」
「うるせぇ」
「嬉しいなぁ!実は頑張って服選んだんだよね。あのね、この靴もね!」
「ッ、ウットーしい!」
思わず駆け寄ってはしゃいでしまう私を、鬱陶しいと言いつつも空条くんは振り払わなかった。
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電車に乗って向かった先の水族館は、新しくできたということもあって混んでいた。人混みはそんなに得意ではない。けれど、今の私には関係のないことだった。
「うわぁっ!クラゲ!クラゲ可愛いね!!」
「はしゃぐな騒ぐなおれの腕を叩くんじゃあねえ」
隣で見ている空条くんは初めこそうるさいと怒る素振りを見せていたがあまりにもはしゃぐ私に呆れたのか、なんというか、無の表情をしている。要は諦めたらしい。
「……てめーはそんなにはしゃぐ奴だったか?」
「いや、なんか今日はテンション高いよ私。何でだろうねぇ。あれかな空条くんとお出かけしてるからかな〜」
「くだらねー」
今日の私の口から出る言葉はどこまでも軽い。何故だかそわそわして落ち着かなくて、浮ついた言葉が、態度が出てしまう。まるで子供のようにはしゃいでは珍しい生物がいると空条くんにすぐに尋ねた。そしてその質問の全てに答えられる空条くんに、感嘆の声を漏らすのだ。本当に好きなんだなぁ、海の生き物。好きなものについて喋るときの空条くんの横顔が生き生きしてるように見えて、私は何故か嬉しくなった。
しばらく大人しく空条くんの解説を聞いて、また進んではしゃいで空条くんの解説を聞いて、と繰り返しているうちにあっという間に全てのゾーンを回り終えてしまった。そのあとフードコートで昼食をとると、用事は済んだとばかりに水族館をあとにした。
「たんのしかったー!今日はありがとうね、空条くん」
「そもそも赤木が持ってきたチケットだろう」
「ん?あ、そうだっけ。…………そうだ今日ってお礼したくてお出かけしたんだった」
なのに、私ばかり楽しんでしまった。そのことに気づいて後悔する。
「ご、ごめん私ばっかはしゃいで……」
「やれやれだぜ」
空条くんはそう言って息を吐いた。
「だが、悪くはなかったぜ」
「……ほんとに?」
「夏休みが暇だったからな。いい退屈しのぎだった」
「じゃあさ、また私と遊んでくれる?」
私も夏休み、暇だから。私が続けてそう言うと、空条くんは何も言わなかった。けれど私は知っている。これは肯定の合図だ。
「何処に行きたい?私は海とか行ってみたい。泳がなくていいから海が見たいな」
「海か……。近場でいい場所を知っている」
「本当?連れてってよ、空条くん」
帰り道の間、夏休みの次の予定を立てた。他にも空条くんと行きたいところやしたいことは沢山ある。
充実した夏休みになりそうだなぁ。