最寄り駅に着いた私たちは解散、という流れでそれぞれの帰路についた。……のだけれど。
「なんか……ずっと方向一緒だね。空条くん家どこ?」
「もうすぐだぜ」
「私もなんだよね。あ、もうここ曲がれば……」
そう言いかけて突然、明るい女の人の声が聞こえてきた。声の方を見れば、買い物袋を提げた女の人がこちらに向けて笑顔で手を振っていた。恐らく商店街で買い物を済ませたのだろう。あの人は、多分……。
「じょ〜たろぉ〜!」
「…………」
「……空条くんのお母さん?」
確かホリィさんといったか、可愛らしい空条くんのお母さんはそのままこちらに駆け寄ると、舌打ちする空条くんを軽く無視して私に自己紹介をした。
「初めまして、承太郎のママのホリィよ。あなたが承太郎のガールフレンドね?!」
「初めまして。空条くんと同じクラスの赤木雪乃と申します。いつも空条くんにはお世話になっております」
できるだけクラスメイト、という部分を強調して深々と礼をする。するとホリィさんは「そんなに畏まらないで〜!」なんて言う。いや本当に世話になりっぱなしなんだって……これくらいしなきゃ示しがつかないんです……。
隣にいる空条くんが呆れ半分、気まずさ半分という風にため息をついたので早々に退散しようかと思ったときだ。ホリィさんが相変わらずの笑顔で言う。
「私承太郎のガールフレンドとお話ししてみたかったのよ〜!偶然美味しいケーキを買ってきたのよ。どう?これから家で一緒に食べない?」
「えっ」
突然のことに驚いて、そしてチラリと空条くんの方を見る。すると彼は会話に参加させるなと言わんばかりに私から視線を外してしまった。ええと、これはどうしたらいいんだろう。それと訂正を忘れていたけどガールフレンドではありません。断じて。
かくして。ここで断るのも逆に失礼なのか、とか、けれどこれ以上お世話になるのも、とか悩んだものの結局ホリィさんの押しに負けて私は空条家にお邪魔することとなった。空条家に向かう途中、結局聞けていなかったなと再び空条くんに質問をする。
「結局空条くんのお家ってどこら辺なの?こっちってあんまり住宅街って感じしないよね。あ、けど大きいお屋敷があるのは知ってる」
「それだぜ」
「……それ?」
「てめーの言う、大きいお屋敷」
ほら、という風に指をさされた先に見えるのは、私がさっき言っていた大きな和風のお屋敷だった。そこに掛けられている表札の文字は確かに"空条"で。自然に「ま、まじすか……」と口から出てしまっても仕方がなかったと思う。
**
「お、おいしい……!」
「でしょう〜?このお店お気に入りなのよね、うふっ」
そう言ってはにかむホリィさんにつられて私も笑顔になる。私は居間に通されて3人で一緒にケーキを頂いていた。ホリィさんがお気に入りということもあり私が選んだミルフィーユはとても美味しかった。ちなみに空条くんがモンブランを選んで、ホリィさんがフルーツタルトである。空条くんはティラミスを選ぶと思っていたからモンブランを選んだのが意外で、ちょっと面白い。
3人で暫く学校はどうだとか他愛のない会話……、ほぼ私とホリィさんの2人が喋っているだけだが他愛のない会話をして、話の流れはいつの間にか家族の話題になっていた。
「へぇ!空条くんのお父さんってジャズミュージシャンなんですか!」
「そうよ〜。空条貞夫っていうんだけどね。知ってる?」
「名前は何度か聞いたことが……。私はあまり音楽は聞かない方なので。父は好きなんですけどね、ジャズ」
父がジャズを好んでいるのは本当のことだった。こっちの世界に来てもそのままになっている父の部屋には、いくつものレコードやCDが積まれている。
「とは言っても暫く会っていないので……父が貞夫さんのファンかどうかは分かりませんが」
「あら。雪乃ちゃんのお父さんも忙しい方なの?」
「はい。というか、両方とも……ですかね?どっちも暫く会ってませんから」
何と言えばいいのか分からなかった。暫く会っていないことも事実。だけど、今は違う世界にいるので〜とはとても言えない。だから私は両親とも忙しくて会えていないと誤魔化した。
軽い調子で言ってみたつもりだったがそうはいかなかったらしい。ホリィさんが心配そうに尋ねてきた。
「お家に雪乃ちゃん1人ってこと?……危ないでしょう?大丈夫?」
「あー、もう慣れたので。大丈夫ですよ」
私は笑ってみせたがホリィさんは尚も不安そうな表情のままだ。……これは話題を間違えてしまったかもしれない。せっかく招いて頂いたのに、どうせならもっと楽しい話がしたい。
ここで、ずっと黙っていた空条くんが口を開いた。
「おい、アマ」
ア、アマ!?お母さんに向かってそれはないんじゃないの!?そう思ったけれどホリィさんは気にしない風なので私は口を噤んだ。
「晩飯はどうするつもりだ」
「晩?ええっと、今晩はシチューに……あぁ!そういうことね!雪乃ちゃん!」
「はい?」
「良かったら晩御飯も食べていかない?」
お家、誰もいないんでしょう?笑顔に戻ったホリィさんが私に言う。
きっと今のは、空条くんなりの気遣いなのだろう。そして私にそれを断ることはできなかった。
「……いいんですか?」
「勿論いいわよ!私、もっと雪乃ちゃんとお話ししたいんですもの」
「じゃあ、お言葉に甘えて……ありがとうございます」
誰かと食べる夕飯が随分と久し振りだなぁとふと気付き、心が少し暖かくなる。小さく空条くんにありがとうと伝えたけれど、彼は知らないふりをした。