どれほどの時間そこにいたのだろう。彼の周りにはいくつかの吸い殻が転がっていた。彼と目が遭って、心臓がきゅうっとなる。口を開こうにも呼吸がうまくできない。
「……なんで、ハァ、いるの……」
「遅かったな。やけに急いでどうした」
「遅かった、じゃ、ないよ……。来ないって言った、癖に」
「気が変わった」
言いながら彼の隣に力なくしゃがみ込む。脚がもう限界だ。ココアのプルタブに手を掛け、一気に流し込む。温かかったココアはとうにぬるくなっていた。流し込んで一息ついて、溜息も零れる。
彼の足元に目を向ければ周りには吸い殻の他に空になった紙皿や使い終わった割り箸が置かれていた。うちのクラスの綿菓子の袋もある。きっと、女の子達に押し付けられたんだろうな。女の子達に追いかけ回されて彼がここに避難したであろうことは想像するに容易かった。
いつもは心地よいはずの沈黙がどうしてももどかしく感じて、騒つく気持ちを押さえ込むようにして私は口を開いた。言葉を吐けども、乱雑な思考は中々まとまらない。
「こっちは大変だったんだよ〜?空条くんサボるから女子のやる気半減だし。お店そこそこ忙しいし。あんま喋んない女の子と回るのも緊張したしさぁ」
「それは散々だったな」
「今日なんて誰と回ったと思う?沢田くんとだよ。私と沢田くんが!体育祭以来だよ?いやまぁ結構楽しかったんだけどさ……。……なんかね、沢田くん私のこと好きなんだって。はは」
漏れた笑いは何なのか。何かを誤魔化すような、自嘲するような曖昧な笑い。何か言葉が欲しくって空条くんを一瞥すれども、彼は何も言ってはくれない。そんなこと、とうの昔から知っていただろう。なんて言いたげな眼。ごもっとも。相変わらず今日も彼はどこまでもクールなひとだった。
空条くんの周りに揺蕩う紫煙を眺める。そこらに漂う煙草の、ほんのり甘い香りが好き。空条くんがいる屋上が好き。空条くんが、好きだ。
他人から指摘されたこの気持ちは思いの外大きかったようで、私にずしりと重くのしかかる。見ないようにしていたのにだって理由があって、気付いたところで言えやしないのだ。思いを告げた時点で私の存在は彼にとっての"騒がしいアマ"に成り下がる。きっと今までみたいに仲良くはしてもらえない。……あー、私って周りの女の子のこと見下してたんだなぁ。今更気付いて、更に気持ちが沈む。それに、言えない理由はそれだけじゃない。
「煙草、美味しい?」
沈んだ気持ちを振り払いたくて話題を切り替える。何となく目についた煙草のこと。彼がいつも吸っている赤いパッケージ。
「私も吸ったらスッキリするかな?」
「…………」
「いや、告白は断ったんだけどね。なぁんかわだかまりっていうか……ね」
「…………」
「ねぇ!空条くん、私にも一本ちょうだ」
「赤木」
強請りの言葉が最後まで紡がれることはなかった。
私の首に彼のおおきな、煙草を持っていない方の手が回され引き寄せられると、そのまま唇と唇が重なる。突然のことで目を瞑る暇もない。彼の学帽のつばが私の額に押されて、妙に冴えた頭で学帽が脱げてしまわないかとどうでもいいことを思った。
たったの数秒、触れるみたいな口付け。そっと唇が離れて彼の綺麗なグリーンの瞳と視線が絡まる。ていうか、
「……す」
「にっっっっっが!!」
何かを言いかけた空条くんはそのまま静止した。ポカン、みたいな効果音のつきそうな表情。レアだ。私といえばそれどころじゃなかった。口の中がとてつもなく苦い。咳き込みたくなって空条くんから顔を逸らす。
「にっが!苦いよ!いつもこんなん吸ってんの!?ゲホッ」
「…………まだ煙草は早かったみてーだな」
ゲホゲホ咳き込む私をよそに、空条くんは溜息をひとつ吐くとまた煙草をふかした。勿論「やれやれだぜ」の決まり文句つき。
初めてのキスはマルボロの味がした。
……咄嗟に言葉を遮ってしまったことに、彼はきっと気付いている。