忘れていたもの

文化祭以降、特に大きな変化もなく時は流れていった。
いつも通り登校して、屋上でのんびり過ごして、たまに空条家にお邪魔する。そんな日々だ。

冬休みに入って、空条くんの家にお呼ばれしてクリスマスパーティをした。そのときの帰り道、プレゼントに空条くんからバレッタを貰った。刻まれる模様の繊細さが彼のセンスの良さを表しているような、星があしらわれた綺麗なバレッタだった。何だかつけるのがもったいなくて、今では私室の机の上に飾られている。彼が私のためにアレを買いに行ったのかと思うと、心がくすぐったくなった。
私が準備していたものは彼の瞳を思わせるような色のシンプルなストーンピアスで、プレゼントを交換しようと約束したわけではないのに示し合わせたようにお互いがプレゼントの袋を取り出した時はおかしくってついつい笑ってしまったものだ。

恋人ではないけれど、ただの友達でもない。
彼との距離感はつかず離れず、つかず離れずだ。


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お正月も相変わらず空条家にお邪魔し、新学期が始まる。お正月くらい家族水入らずでと思ったが、彼らは気にする素振りもなく空条家は迎え入れてくれた。

ずっと、空条家に頼りきりだったからだろうか。忘れたころにツケはやってくる。


「バレンタイン、ねぇ……」

自宅のカレンダーを眺め、ぽつりとつぶやく。どの時代でも女子というのはイベント事が好きなので。教室は近づいているバレンタインの話題でみんな浮足立っているように感じる。私のクラスの女子が他クラスよりもより一層浮足立っているのは言うまでもなく空条くんの存在のせいなのだけれど。

空条くんは、他の女の子からのチョコレートを受け取るのだろうか。

そう考えたところで、はたと固まる。他の女の子って、自分は受け取ってもらえる前提じゃん。無意識に滲み出た自分の高慢さにひとり顔が赤くなる。そもそも私だって受け取ってもらえるか分からないじゃないか!っていうか、渡してもいいの?渡したら好意が駄々洩れみたいになりはしないだろうか。いや、でも、1度キスはしてしまったのだし。きっと受け取ってもらえる?空条くんもやぶさかではない?分からない。意識しだしてから途端に彼のことが分からない。私と空条くんって、何?
ぐるぐる考えた末、私はヤケを起こしたように決意する。取り敢えず、作ろう。作って渡してからその時のことは考えよう。よし、材料買いに行かなきゃ。

そこからの行動は早かった。バレンタインまではもう目前、2日後だ。
何を作ろうかと考えながら材料を選ぶ。王道の溶かして固めたチョコも手作りって感じで素敵だけど、型選びにすごく時間をかけてしまいそうだったので却下だ。勿論、ハートの型を使うか否で悩みそうだったからである。
そもそも彼は甘すぎるものは好まないのではないか?ほろ苦いパウンドケーキとかどうだろう。作り方もよく母と作ったから覚えているだろうし、そう難しくないはず。決定だ。そうしてパウンドケーキの材料をかごに入れていく。

こちらの世界に来てからお菓子作りなどしなかったから、少し懐かしさを感じた。
気合を入れすぎて買いすぎたのだろうか、どこか重く感じる袋を手に帰路を歩く。

帰ってから早速作り始めた。失敗したものを渡すわけにもいかないのでまずは試作だ。頭の中で母に教わったレシピを思い出しなら作業を進める。


あぁ、本当に懐かしいな。
あちらの世界にいた頃は休日に母と一緒にキッチンに立ってお菓子を作ったものだ。母はタルトを作るのがとても上手で、苺と卵をたっぷり使ったカスタードのタルトがいっとう好きだった。お菓子作りは分量をきちんと計るのが本当に難しくて大雑把な性格の私はよく母のように上手く作れず、不貞腐れていたっけ。

父は仕事で忙しいひとだったけれど、作ったお菓子は必ず食べてくれていた。空になったお皿の隣に”美味しかったよ”などといつも一言なにか言葉を添えたメモを置いてくれるのだ。それがとても嬉しくって、嬉しくって。頑張ろう、って。また作ったら喜んでくれるかなって。いつも。いつも。

「あれ、?」

気付けば鼻の奥がツンとして、瞳からポタポタと何か液体が滴っていた。拭っても拭っても、それが止まることはない。やだ、お菓子、駄目んなる。止めなきゃ。止まって欲しいのに、思い出したくないのに、頭を埋めるのは”あちら”のことだった。
そこからはもう駄目だった。堰を切ったように涙が溢れ出し、立っていられなくなる。ずるずると力なくその場に座り込み、子供のようにわんわん泣きじゃくった。

「お母さん……お父さぁん……ッ」

泣けども、この家に抱きしめてくれるひとなど誰もいないのだ。
泣いて、泣いて泣いて。ついには頭がくらくらして、吐き気まで催してきた。我慢することができずトイレで嘔吐する。頭がぼーっとして、何だか頬が火照っている感覚がした。風邪、引いてたのかな。うすら寒さすら感じる。

これじゃあチョコレートなんて渡せないじゃない。

漏れた自嘲するような笑みは残念に思うからなのか、もうお菓子作りをしなくていい安堵感からなのかなんなのか。
その日は調理場もそのままに死んだように眠った。次の日体温を計るとやはり熱があって、学校も欠席した。思えば買い物帰りから身体に違和感があったように感じる。”あちら”のことばかり考えてしまうのもきっと、熱のせいだ。そう思いたかった。けれどこれは、私が空条くんたちに頼ってばかりで見ないようにしてたもののようにも思えた。彼らを頼りすぎた罰のように重く重く私にのし掛かる。


“こちら”の世界に来てもうすぐ2年が経とうとしている。
“あちら”に帰れる気配は、微塵も感じられなかった。